第39話

 回想開始 ブルーベリー農家でのこと


 夕方


 太陽はまだ沈んどらん、夏至は過ぎてもひまだ明るいわ。

 さてブルーベリー農家の名前は、荒井ブルーベリー園かあ。

 なんか、まんまやな。

 ブルーベリー園をナビに登録して、ナビの言うとおりにクルマを走らせる。

 さて、ドライブや。

 本当に咲裕美のアホたれのせいじゃ!

 なんで私が、ここまでせえなあかんのや。

 はあー

 孝典さんとドライブしたいなあ。

 孝典さん、今どーしとるかな?

 ……なんて妄想していると、目的地に近づいて来たって。

 さて……少し緊急やざ


 

 荒井家 夕方 玄関先


 私はビックリしたわ。

 荒井さん、孝典さんのボディーガードしとった人やったんや。

 なんなんや?

 世間狭すぎやざ。

 「山本からは、聞いとるで」

 荒井さんは言うたわ。

 農業する服で、今日は休みとったらしいわ。

 このおっさん、強面やけど話易いわ。

 あの時はわからんかったけど、なかなか面白いおっさんやわ。

 「荒井さん、優衣さんから聞いてると思いますが、少し譲って下さい。ダメなら、売って下さい」

 私は言うたわ。

 「アハハ、売って下さいか。普通なら売りモンやで金を要求せなアカンのやけど、今回は分けたるわ」

 やったあ、私は喜んだざ。

 当たり前やん、優衣さんありがとうや。

 これも優衣さんの手がまわったと見たわ。

 やったー

 やったあー

 「荒井! 甘くないか?」

 玄関の後ろから一人の男が出てくる。

 甘くないか? この人が言うたんや。

 私はムッとしたって。

 どこのどいつや!

 足と共に見えてくる男の正体は……えっ!

 「孝典さん!」

 私は大声を上げたわ。

 「ん? あっ! 桜井早苗……さんかあ」

 なんなんや? この違和感は?

 「松浦課長や、少し遊びに来とるんや」

 「遊び……やな。興味本位で手伝い来たけど、全く約たたんかったわ」

 松浦さん笑った。

 笑い顔まで、孝典さんと同じや。

 ううん、孝典さんより無邪気な……

 あっ!

 私と優衣さんの会話を思い出したわ。

 確か孝典さんは双子で、弟がいる。その弟の名前は……

 「松浦……幸隆……さん」

 私は確かめるように言うた。

 「へえー、誰から聞いたかは知らんが、そうや」

 少しビックリしながら言うたわ。

 なんや?

 コイツ!

 ……ううん、弟さん

 色んな複雑な要素が絡み合って、私は少しめまいがしそうやわ。

 「とにかく、桜井さん。納屋に行きましょう。そこにブルーベリーを用意しましたから」

 荒井さん、言うたわ。

 そや目的をせえな。

 めまいをこらえて、納屋に行こ。

 

 太陽はようやく沈みかけとる。

 私と荒井さん、そしてモドキがついてくるわ

 「おい! モドキってな!」

 あれ、私、口でモドキ言うたんか?

 モドキから言われたざ。

 「モドキやろ? 顔も姿も、内面はちゃうからクローンではないんやざ」

 私は解説したわ。

 「面白いなあ。お前!」

 モドキが笑ったわ。

 夕日に笑顔が映えてる。

 不思議や。

 なんでや?

 「ん? どした?」

 モドキが、のぞき込む。

 !!!

 「いやー」

 私は突き飛ばしたわ。

 「ズゴイ、力やなあ」

 ヘラヘラ笑いながら、私を見とるざ。

 なんなんや? 

 本当に、なんなんや?

 「ここや」

 私とモドキのやりとりを、知らん顔しながら荒井さんは納屋に連れてきた。

 納屋とはいえ、想像より大きいわ。

 ここなはブルーベリーが収まっているんやな。

 「では私は少し用事あるんで、納屋の一番向こうにあるのが使えると思いますから!」

 「明日も休むんか?」

 「ボンはあんなんやし、夏期休暇が残ってますで今はヒマな時やし」

 荒井さんが言うたわ。

 ボンはあんなん……

 荒井さん、孝典さんは何なんや?

 「さて、荒井は行った!」

 モドキが言うたわ。

 「アンタなんでいるんや?」

 「まあまあ、手伝うで」

 「いらんわ!」

 コイツ、犯罪やぞ!

 例え孝典さんの弟さんやっても、顔が同じでもアカンのはアカンのやぞ!

 「心配ないで、俺は兄のモノは盗らん」

 いきなりモドキが真面目になった。

 雰囲気が孝典さんと同じや。

 ……言葉がないわ。

 「変なことするなや」

 ……負けたわ。

 納谷の中は意外にも暗いわ。

 電球の明かりは、心許ない。

 このブルーベリーかあ。

 よし!

 袋に詰めれるだけ、ブルーベリーを入れる。

 ほのかな甘酸っぱさが、鼻腔を擽るわ。

 「美味い!」

 ん? 隣を見る。

 おい!

 モドキが口いっぱいに、ブルーベリーを食ってるって。

 「アンタなあ!」

 「ただ、袋詰めやで手伝う必要ないやんけ。少し味見しとるでな」

 モドキが、悪びれる様子なく食ってるわ。

 ……えらい差やな。

 孝典さんはこんなに、滑稽でないざ。

 コイツ、ええ大人が!

 子供がそのまま大人になったみたいやって!

 まあええわ、袋詰め終わったわ。

 ……ようかん考えたら、袋詰めに手伝いなんていらんざ。

 私はコイツに何を見たんやろ?

 孝典さんか?

 それとも……?

 

 バタン!


 ん? なんの音や?

 モドキが戸まで行く。

 暗い明かりは、いっそう暗くなった。

 私も恐る恐る付いていく。

 その時、何かにぶつかり「キャ!」となった。

 「大丈夫かあ?」

 鋭い声がした。

 モドキからや。

 「心配ないわ」

 心強く、言い返すわ。

 心強くや……怖いわ。

 モドキが戸をガタガタさせとる。

 強くガタガタさせとる。

 開かない……みたいや。

 私、閉じ込められたあ!

 ……そや、スマホ!

 ……あれ?

 ……クルマに忘れたぁ

 「アカンわ! 携帯、携帯……あっ、ないわ」

 モドキも言うたわ。

 えーっ!

 私、私、モドキと閉じ込められたあ!

 「おい! モドキ! 何もするなや!」

 私、モドキと距離を空けた。

 「……少し話相手になってくれ。やましいことはせん、したら俺がひどいことになる」

 そう言うと、納屋で腰を落とした。

 納屋には椅子があったわ。

 作業用の椅子なんやろか? それもちょうど二つや。

 「座ってようや。荒井も気づくわ」

 モドキが言うたわ。

 確かにや、立ってても疲れるだけやわ。

 座ろう。

 「なあ、桜井さん」

 「なんや?」

 このやりとりから、私とモドキの会話が始まったんや。

 会話は何気ない会話やった。

 孝典さんとの会話と違い、どこか気が気でない。

 当たり前、場所と夜の暗さとやはり暑さや。

 モドキ……ううん、松浦さんへの警戒感は、少しずつ外れたわ。

 松浦さんとは、孝典さんの話もしたわ。

 松浦さんは孝典さんの事をどう思っているんかを、聞いてみたかったからや。

 だけど……なんやろ? 会話はしてくれたけど、なんやろ?

 なんやろ? ばっかり、そんな会話やったわ。

 「なあ、桜井さん」

 「はい」

 「俺はノリちゃう、幸隆や。ここまでにしてくれんか?」

 松浦さんが言うた。

 そや、この人は孝典さんやない。

 嫌がられて、当たり前かもしれん。

 何でもかんでも、孝典さんでは面白くないかもや。

 沙織、咲裕美の話ばかりでは、胃もたれしそうなんは私も同じや。

 ……とは言え、そとは真っ暗、助けは来ない。

 「ちょっと、閉じ込められたあ!」

 私は叫んだわ。

 「ん、こんな時間か」

 松浦さん、何かを取り出した。

 取り出したのは……スマホ!

 どこかに電話をしとる。

 「荒井、悪いけどさっきから閉じ込められとるんや、納屋に来てくれや」

 「……」

 「いつになったら、気づくや! コイツは」

 「なあ、松浦さん、携帯持っとらん言うたやろ? まさか!」

 「うん、携帯ないけと、スマホあるざ!」

 「……ドアホ!」

 


 回想終了 ドライブ中


 「どないしたん? ため息ついて」

 宮本さんが言うた。

 「大丈夫です」

 私は言うた。

 愛した男とのやりとりに疲れたなんて言えん。

 けど、これが幸隆さんとの出会いやった。

 こんなもんや、もっと劇的なのを期待したやろけど、実際はこれくらいの出来事や。

 これくらい……ようやく、そう思えて来たんや。

 荒井さんのブルーベリー農家に、興味本位で遊びに来ていた幸隆さんはその時、夏休み中らしくて遊びに来たらしいわ。

 ……社員とこに遊びに来るとはなあ。

 今考えても、幸隆さんは変わっとる。

 何で心が、惹かれるやろ。

 「さて、そろそろ、松浦商事の本社や。心を決めや」

 宮本さんがからかいながら言うたわ。

 ケラケラと笑ってる。

 ……心を決めやか

 うん、決める。

 さて、幸隆さんに会おう。

 幸隆さんに……


                 つづく 


 

 

 

 




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