第33話

 自宅 幸隆と会話 夜


 「だから、これは私の仕事や! 帰ってや」

 「お茶出されとるけど……」

 「関係ないわ!」

 近頃、幸隆さんが家をよく訪れる。

 事件があったんや……あの孝典さんの病室にお見舞いに行った次の日やった。



 第六話 あの子にもお菓子を(前編)


 回想 孝典見舞い 翌日 


 「スミマセン!」

 私、大粒の涙を流している。

 ガラスケースを挟んだ先に、孝典さんのお母さんがいたんや。

 「これはこちらが悪いんや。アンタが泣くことはないざ」

 優しい顔、優しい声、それがすごく痛い。

 私の心が、すごく痛いんや。

 あの日の夜、孝典さんに異変があった。

 緊急事態になったんや。

 そして、異変の理由が……イチゴ大福やったんや。

 人目を盗んで、食べたらしいんや。

 吐いて、楽になり終わった……

 そして、今日やお母さんから聞いた

 悪うない言うても、事情を明かすあたり、私も一枚あるざと言うてるのと同じや。

 「桜井さん、アンタは感がええ。だから、一部始終を打ち明けた。何回も言うたる、アンタは無関係や! ……ところでや、ここからは一人のお客様として聞いてほしいんや」

 優しい口調から、いきなり強い口調に変わった。

 「はい、なんですか?」

 「あの子な、美味しそうに食べとる、イチゴ大福を見て一つ欲しくなったらしいんや。俺も食べたい……そう思ったらしいわ。そこでや……」

 「はい」

 「孝典が食べれる、菓子を作ってくれんか?」

 「え?」

 私、驚いたって。

 これは……

 「制限が多いし、とても難しい注文かもしれん。せやけど、お願いするわ」

 「……はい、わかりました」

 私は受けたわ。

 これは私の落ち度もあるんや。

 オカンに説明して、製造室に入れてもらう。

 私、作る!

 「頼んだざ、期限は……あの子の時間が終わる一ヶ月前辺りや、つまり、十月半ばくらい……アカン、絶望すること言うと、涙もろくなってきたわ……桜井さん、お願いします」



 

 

  自宅 幸隆と会話 夜


 「だから、これは私の仕事や! 帰ってや」

 「お茶出されとるけど……」

 「関係ないわ!」

 近頃、幸隆さんが家に来るんや。

 理由は、兄さんのこと。

 「お前の落ち度や!」

 そう言われて、お母さんにひっぱたかれたらしいわ。

 「手伝わせてくれ!」

 少し前に頭を下げられた。

 断ったわ。

 幸隆さんも仕事がある。たから、無理させられないと……しかし、や

 この男は、しつこいざ。

 「幸隆さん、アナタは昼の仕事に専念やって! 私が信用ならんかあ」

 「……手伝わせてくれ」

 伏し目がちに、幸隆さんは言うた。

 悔しいくらいええ表情や。

 けど表情で、菓子は作れん。

 砂時計はひっくり返らんのや。



 夜 布団の中


 結局、今日も答えなしや。

 布団に入って、メエメエ数えてる。

 ……寝れんわ 

 あの日以来、あんまり寝れないんや。



 ピロ

 ピロ

 ピロ


 

 ん? 孝典さんからや、珍しい時間にメールや。

 病院生活になり、メール時間は夕暮れ時くらいが多くなってるんやけど、今日はこの時間や。

 回数も一日一回以上かは、二日に一回、三日に二回、少し間隔が空いてきとる。

 今日は、ないと思ったのに……嬉しい誤算やわ。

 


 『寝とったらゴメンや。

 太陽の日入りが早くなり、なんかセンチになっとるんや。センチな時のメールはどこかやるせないから、今日はこの時間にしたんや。

 話題は……ないわ。

 病院生活は、まるで山籠もりみたいやわ。

 便利な山籠もりや。

 いつも、早苗さんのことを想うんや。

 やっぱり、好きなをや……うん。

 今日も、意味なしやな。意味あるのは……まだ、生きとるわ』



 生きとるわ……

 何やろ、この「生きとるわ」って。

 孝典さん……


                  つづく


 

 

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