第32話

 二階 カフェ


 本日二回目の、カフェに来たわ。

 県立病院のカフェは広いわあ。

 土曜日で雨やのに、人はそこそこいるんや。

 みんなお見舞いの人やろな。  

 私と幸隆さんは、コーヒーセットを頼んだざ。

 コーヒーセットは、日替わりで簡単なお菓子を付けてくれるらしいわ。

 ……で、コーヒーに付いて来たのが、ヨモギ大福やったんやわ

 私、ヨモギ大嫌いなんや。

 真っ青な顔しとったら、幸隆さんも固まってる。

 「ヨモギ大福嫌いかあ」

 一応、聞いてみたって。

 「これは、食いもんちゃう! 餅が可哀想やあ」

 幸隆さん、半泣きやわ。

 あはは……気があうわあ。

 あれ? 

 ……ううん、そや今日は孝典さんのお見舞いや

 お母さんにも、許しもろたんやった。

 「どした?」

 幸隆さんが言うた。

 ……言う、た。

 カフェのドアが開くと、お洒落な服装のみたまんま! マダムがいるわ。

 お供のヤギを従えて!

 高そうな服やわぁ。

 「あっ、母さん、仕事終わったんか?」

 「ああ、上がったざ」

 結構短い時間やなぁ。

 「奥様の熱心さに、病院の方々が感動されたのでしょう、他のアルバイトの方々から、ご奉仕いただけました」

 ヤギが言うてる。

 ……メエメエ、違う。

 ヤギな。

 丁寧な喋り方なんやけど、福井弁のアクセントがはずれんわ。

 それにみんなが、アレはさせられないと病気側が、総動員されたんじゃあないんか。

 普通はそうやろ。

 ……私をビックリさせるための、一日だけの事やろしな。

 「明日のアルバイト時間は?」

 「今日と同じで御座います」

 へ? 今日だけの、演出ちゃうんかぁ!

 ん? 幸隆さんが変な目で、私を見ている。

 幸隆さんも、わかっとるんやな。

 ……あれ?

 ……何でもないわ。

 「あら、ヨモギ大福かあ。孝典が好物やなあ」

 お母さんが言うた。

 うそ!

 私、軽い衝撃や。

 「あの子、ヨモギ大福好きでな。家族の他は、一切アカンのにやざ。そうそう、改めるざ、私は孝典と幸隆の母、奈緒子です」

 椅子に座っていた私は、いきなり起立して背筋を伸ばす。

 「私、桜井 早苗です。ごめんなさい、最初は私から挨拶しないと……」

 「ええざ、ええざ、気にしとく」

 ……どう、言えばええんや。

 「母さん、悪ふざけはダメやぞ」

 幸隆さんが呆れて言うたわ。

 「お喋りここまで、行こうかぁ」

 お母さんが、言うた。

 よい、行こう。

 会える!

 ……

 「どした?」

 「ん? 何でもない」

 ……うん




 最上位 特別個室


 本来なら、この部屋の豪華さ説明せなあかん。

 ……ごめんや、出来んわ

 大きなベットに、孝典さんが体を沈めていたからや。

 近くにお世話する専属看護士がいて、「寝てます。もうしばらくこのままで、自然に目は覚めます」とだけ言われたんや。

 立派な病室、立派なベット、痛々しい点滴が全てを汚している。

 だけど、汚されないと、孝典さんは生きていけんのやろぅ。

 孝典さんは点滴台から落ちるクスリに、どのくらい、汚されんとあかんのやろ。

 孝典さんの病気は、それ以上に汚れている。

 同じ汚れたモノ……孝典さん、本当にクスリ効いとるんかあ。

 「綺麗な寝顔やわ」

 お母さんが、言うた。

 優しい顔や。

 そして、やるせなさが見えるんや。

 今、部屋は私とお母さんだけや。

 幸隆さんは忘れ物とかで、一度クルマに戻っている。

 ヤギは外で待機、看護士はこの際は居ない人扱いにしとく。

 看護士さんには悪いけど、居ないこと扱いのままで欲しい。

 「桜井さん」

 お母さんが、呼んだ。

 「はい」

 「孝典なアンタと会って、目の色が変わったんや。以前はな投げ遣りになってなあ、ただ生きているだけやった」

 この話は、優衣さんから聞いた。

 けど、お母さんが言うから、確信がとれた。

 ……だから、なんやろ

 取れたら、孝典さん良くなるんか?

 アカン、私が投げ遣りになったら。

 「嬉しいです。そう、言っていただけると」

 「聞いていいか?」

 お母さん言うたわ。

 「はい、なんですか」

 「孝典のどこに、桜井さんは惹かれたんや?」

 少し厳しい口調で、お母さんが言うたって。

 惹かれたところ……

 うん。

 「五月の足羽川に泳ぐ、鯉のぼりを見ている孝典さんに胸が高鳴りました……一目惚れです」

 「それだけか?」

 「まずは、外見からでした。一目惚れで性格と心はわかりません。だから、メールとたまに合わせてもらい内面を教えてもらってました」

 「……で、答えは」

 「……私、孝典さんが好きです。正直、孝典さんが無理して合わせてくれる場面もあります」

 「……」

 お母さんが、黙り込んだ。

 今のやり取りは私の出方をうかがい、解答を判断しているんやろう。

 ここで結論が出るんか。

 「孝典、聞いとるやろ。寝たふりすなや」

 お母さんが孝典さんに言うたわ。

 え? 起きてるか?

 孝典さんを見ると、目が開いている。

 私の視線と、孝典の瞳が合う。

 弱々しい笑顔に、孝典さんは酷い状態なんやと悟った。

 「早苗さんか、堪忍やざ。こんな姿で」

 私は首を横に振る。

 ……気の利く言葉がないんや。

 私、弱いわ。

 「よう、待たせたな!」

 ええタイミングで、幸隆さんが来たわ。

 ……ありがたいわ

 心強い。

 ……うん

 「幸隆、何しとった?」

 「早苗さんの、お母さんからのお土産持って来たんや」

 そういうと、沙織が朝渡してたあれを持って来たわ。

 それ……イチゴ大福の!

 コイツ、何考えてとるんや!

 まして、孝典さんの前で……

 「後で、看護士さんらに食べて貰おうや」

 そういうと、離れた場所にある机に、それを置いたんや。

 「早苗さん、ここで俺が開けて食べると思たか? 顔に出とるって」

 幸隆さんが呆れて言うた。

 ……人が悪いわ。

 どうして、こんなデリカシーないんや。

 孝典さんは……

 孝典さんは……

 うん、あんなんじゃあない! そう思うんや。

 「幸隆、少し出よか。早苗さん」

 お母さんが言うた。

 「はい、なんですか」

 「少し二人で話しすればええざ。私自体は、桜井さんの出入りは許可するざ」

 そう言うと、お母さんと幸隆さんは退室したって。

 少し時間くれたんや。

 そして、許可も。

 ありがとうございます。



 二人…… 

 さっきも言うたけど、本当は三人や。

 看護士さんは、今、ベットを起こしてくれているんや。

 私と孝典さんの目の高さが、ほぼ同じになった。

 デートしてる目線と違うのは、やはりここが病室で孝典さんが……

 「ごめんや、こんな姿で」

 「ううん……」

 「痩せたやろ」

 「食べる?」

 「コレ」

 孝典さんが、点滴を指さす。

 「少し食べなあかんざ」

 「……ふっ、はは」

 「どうしたんや?」

 「堪忍! 母さんに似てた」

 「え?」

 「なんやろ、雰囲気が似とるんや」

 「……マザコン」

 「ちゃいます」

 孝典さんの笑顔が見られたわ。

 見られた……弱々しい笑顔や。

 「聞いていいですか?」

 私、どうしても聞きたいことがあったんや。

 「どうぞや」

 「一つになりたい……この意味や」

 「……いっしょに居たい。その意味や」

 「そうか、ありがとうやあ」

 ……なんやろ? 複雑やわ。嬉しくないんか私。一体、なんで? そやけど、どこか……

 



 コンコン……



 「入るざ」

 お母さんの声がしたわ。

 なんやろ? ホッとする。

 「はいはい、お二人さん!」

 お調子者みたいに、幸隆さんが顔を見せるわ。

 アンタ何なんや!

 「さて、桜井さん、今日はここまでや、病室に来るときは一日前くらいに、ここに電話やざ」

 お母さんはメモ紙くれた。

 そこには、携帯番号がある。

 まかさ!

 ええの!

 私はとっさに、顔を上げた。

 お母さん、大きくうなずいた。

 「私のつながるか、後でテストやざ」

 「ありがとうごさいます」

 「よかった……幸隆、お前も教えてやらんのか?」

 孝典さん、今は……

 「くれるのを待つわ」

 幸隆さんは、静かに言うたわ。

 アンタに……あげん、多分。

 「さて、帰ろうや。俺、先帰るざ」

 「わかったわ幸隆、イチゴ大福残しときや! 美味しいやん」

 お母さんが笑たわ。

 桜井の和菓子は、心掴んだようや。

 心掴めんのは私だけ……

 今日は帰ろう。

 次が、あるから!



 退室後 母 孝典


 「いい娘やわ。アンタにはもったないわ! 不思議な娘やわ」

 「あの不思議に、俺は惹かれたんやと今、思うわ」

 「幸隆も、あの娘に興味あるみたいやざ」

 「……負けてられんわ」

 「あはは、また兄弟喧嘩やな、がんばれがんばれ……さて、帰るわ。看護士さん、後でイチゴ大福食べな! 他の分もあるで!」

 「ありがとうや……イチゴ大福かぁ」



                 おわり

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

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