第29話

 お盆 夕暮れ時


 私は部屋に一人籠もってる。

 下ではみんなが……関係ないわ。

 悔しいざ。

 みんな、家族のみんなは、知っとったんや。

 知っときながら……

 

 キライや!


 階段を上がる音がする。

 沙織やな。

 ……だから何や。

 来るな!


 「ねえちゃん、入るざ」

 ……勝手に、沙織が入って来たわ。

 「……」

 私、喋りたくない。 

 「下に来てや」

 「……」

 「今年は、家族だけや……」

 「出てけ!」

 沙織を突き飛ばしたわ。

 沙織が引っ付いてくる?

 「いやや! いやや!」

 纏わりつく沙織が、ここまでウザイ思たのは初めてや。

 コイツ!

 いや、沙織だけやない、この家のみんなが、知っとったんや!

 そしてあざ笑ってるんや。

 ……よし、私が家をでればええんや!

 私なんか!

 「ちょっ、ねえちゃん? 何しとるん?」

 ……

 「ちょっ、ねえちゃん! 母ちゃん! ねえちゃん荷物まとめてるざ」

 「うるさいわ!」

 大声を私は沙織に浴びせると、玄関まで一気に行った。

 店のクルマのキーを掴むと、クルマに乗り込んで走り出したんや。

 行き先は……

 行き先は……

 とにかく、家に居とないんや。

 同じ空気を吸いたくない!



 「かあちゃん! ねえちゃんが」

 「沙織、心配すな」

 「そやけど、お母さん……」

 「早苗のスマホ、あれが生きとるやろ。それで、行動は筒抜けや」

 「だけど、ばあちゃん!」

 「……よし、ワテに考えがあるざ。少し前にお客さんできたあの人に連絡や」

 「あの人?」

 「祥子、あの人やって! 早苗に梅進めた」

 「え?」

 「ワテに考えがあるんや」



 夜 優衣さんアパート


 「すっ、すみません」

 私は優衣さんのダンナさんに、頭を下げてるんや。

 涙拭いた顔に、赤く腫れ上がった目、ダンナさんは「気にせんでな」と言い、お茶を置いてくれたんや。

 「また、お菓子欲しいから電話かけたら……何したん? 涙声やったやろ」

 優衣さんが言うた。

 優衣さんが、リンゴを剥いている。

 私の為やな。

 優衣さんのアパートに来たのは、家を飛び出してしばらくしてや。

 いきなり、明日、従兄弟がくるとかで、お菓子の注文をしてきたんや。

 優衣さんの結婚に、良く思てない従兄弟やから「試されてるんや」と厳しい声で一気に喋ってた。

 その後、私の異変に気付いて、とにかくアパートに来てや……そうなったんや。

 因みに、春にはダンナさんの家に入るらしいわ。

 買ったんやて。

 スマホで言っとったわ。

 「家、高いわあ」

 ダンナさんが言うたわ。

 実家にいくわけではないんやな……あっ!

 「この前、梅ありがとうございます。うまくいきましたって」

 私は頭を下げたざ。

 「あんなんでええの?」

 ダンナさんは頭をポリポリ掻きながら、笑顔で言うてくれたって。

 本当にありがとうや。

 「はい、リンゴや」

 優衣さんがリンゴを置いてくれた。

 ……お世辞にも、綺麗でないんや。

 ぎこちないのが、なんかおもろいわ。

 「あっ、笑わんといてって、料理は苦手なんや」

 優衣さんが言うたざ。

 リンゴ剥くのは、料理ちゃうざ……なんては、言えんなぁ。

 ……ありがとうやな。

 少し、ほぐれたみたいや。

 「どうしたんや?」

 優衣さんが聞いた。

 少し顔が強張る。  

 「優衣さんは、知っとっとったんやろ? 孝典さんが長生きできんことを」

 強張る顔に、強張る声で言うた。

 「……まあな。それが、仕事やし」

 優衣さんは、言うたわ。

 「優衣さん……私、どう思う?」

 「どうって?」

 「……私、家族に裏切られたんや」

 お茶を一口戴く。

 冷たいお茶やわ。

 喉の渇きは、治まったわ。

 「裏切られた? どうしてや」

 「風の噂……その風が、桜井家にも吹いたんや。内容は松浦商事の三男、松浦孝典さんは大病を患い余命の宣告がある……そんな風や」

 「……」

 優衣さんの顔に、やるせなさがある。

 「優衣さんは、違うざ! 優衣さんは仕事のため、そして孝典さんが自分の余命を明かして欲しくないから、黙っていた……そう、やろ?」

 私は伺うように、優衣さんに聞いたわ。

 「……そうや、だからノリは頑張っていたわ。早苗さん見たときに、衝撃が走った言うてた」

 「衝撃?」

 何にや。

 「早苗ちゃん、アンタにやざ! 一目惚れや」

 えっ、ウソや!

 「それまでのノリな、何か生きる屍やったんや。五月の鯉のぼりをボーっと、見とったやろ? 早苗ちゃんに出会うあん時までは、あんな感じやった……」

 !!!

 「……その日を境に、ノリの顔が変わった。生きる……そう、家族に告げたらしいよ」

 自分で剥いた不格好なリンゴを、優衣さんは食べている。

 その姿を、私はただ見ていたんや。

 「あっ、このリンゴ、スカスカやわ」

 眉をひそめて、苦笑いさしとるわ。

 「なあ、早苗ちゃん。つらいかあ?」

 「……うん」

 私は目を反らしながら、小さく声を出したんや。

 「……泊まってき! 康生、今日はええやろ?」

 「え?」

 「優衣、任せるざ」

 ダンナさんが、仕方ないな……そんは表情で言うたわ。

 「決まりや! 帰る気ないやろ」

 ……

 「後で、誰でもええから、電話しとき。明日にはみんなんとこ帰るんやざ。みんなが心配しとるざ」

 優衣さん、ありがとうや。

 心に優衣さんの言葉が、情けないくらい嬉しかった。

 情けないわ。

 私、もう大人やん。

 けれど、やっとることは、子供といっしょ……

 「明日、お菓子を持ってきてな! せっかくのお盆休みがあ」

 優衣さんがため息まじりで、言うたわ。

 ……明日には、何もないようにか。

 「……なあ、早苗ちゃん。ノリは一番辛いんやざ。大病で身体の辛さ、心の辛さ……正直、アンタよりも辛いのは歴然や。折れたらアカンざ」

 !!!

 そうやった。

 一番の大変なんは、孝典さんや。

 私、一番の被害者で辛いのは、自分やと思ってた。

 違う……大きな間違いや。

 今、気付いたわ。

 そう、一番の辛いんは、孝典さんや。

 私……



 夜 睡眠中


 「康生、襲ったらアカンざ!」

 「はいはい……優衣もな」

 「ダメ?」

 「本気か!」

 「うそ! けど綺麗な娘やざ」



 ピリピリ

 ピリピリ


 「あっ、桜井さんから、もしもし……」

 「……」

 「ダメですよ! いくら、娘のスマホでも! 履歴見ちゃ!」

 「……」

 「いえいえ、早苗さん、ええ娘やざ。明日には、帰りますよ」

 「……」

 「いずれは、わかることですから……それが、今回だっただけです。不器用なんも、早苗さんの魅力やと思いますよ」

 「……」

 「はい、それではおやすみなさい……明日、どう言い訳するやろ。じゃあ、失礼します」

 「言い訳?」

 「どこへ、行っとったかの言い訳や……さて、寝ようや。お腹の子供のためにも! おやすみ」



                    つづく

 


 





 

 


 

 

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