第30話

 土曜日 早朝 店


 空は見事な、土砂降り。

 お盆休みも終わり、これから! って時にまた雨が降り続きたまに曇る天気……けど、今日はひどい降り方や。

 あの日以来、なんか家のモンを私は避けているんや。

 優衣さんから帰って来た時、「店番頼むざ」のオカンの一言で何気ない時間が流れているんや。

 あの日に事、みんな聞こうとはせんわ。

 避けとる?

 まさか、知っとるからか?

 ……まあ、ええわ。

 部屋で私は、松浦さんを待っている。

 約束の日や。

 少し前なら行きたくなかったけど……

 今は……

 


 ブーン


 来たわ。

 後は沙織に任せるざ。  

 沙織さっきから、店を伺ってるわ。

 「よう!」

 松浦さん、言うた。

 洒落たカジュアルな服装で、秋の雰囲気があるわ。今年は冷夏やから、秋物でも気は早くないな。

 「惚れたかぁ?」

 !!!

 何いっとんや。

 やっぱり、コイツは孝典さんちゃうわ。

 「よう、似合ってるわ。その服、化粧もええ」

 「孝典さんに、嫌われとうないからや」

 私はバチっと、言い切ったわ。  

 松浦さん、笑てるわ。

 ……本当に複雑や。

 「松浦さん、行こうか。だから、待ってたんやしな」

 私が言うたわ。

 「その前に、イチゴ大福貰えんかぁ?」

 子供みたいな瞳で、イチゴ大福を見とるわ。

 おいおい……

 「あの、すみません」

 沙織の声?

 「松浦さん、これ母からのお土産です。イチゴ大福です。たくさんあります」

 そう言うと、大きな箱が二つ出てきたわ。

 ……ちょっと!

 「アハハハ! ええの?」

 「母からのです。お代は要らん言うてたんで……すみません、今、母は製造室を清掃中です。出てこれません」  

 沙織はいうたわ。

 ……確かに、そんな時間やな。

 「遠慮なく貰うざ。よし、行こうか」

 たくさんのお土産を手に、松浦さんは笑顔やった。



 午前中  海


 「どこ行きたい?」

 松浦さんの一言に、「海」と短く言ったんやけど……

 本当に海に来たわ。

 とは言え、砂浜やない。

 海の見える無料駐車場や。

 近くの砂浜に行こうとしても、ここからは時間が少し必要やわ。

 まあ、この雨なら行けんけどな。

 松浦さん、目的までにはまだ時間が有り余るとかで、私を連れ回すつもりらしかったんやけど、雨に全てパーになった言うとった。

 だから、私のリクエストらしいけど、それが「海」やったんや。

 「え? それデートコースやわ」

 松浦さんが驚き、笑っとったなあ。

 雨は相変わらず、波の激しい海や。

 元々、福井の海は観光の海が少ない。

 それに従い、泳ぐ場も多くないし地形も悪いんやわ。浅瀬があまりなくて、いきなり深くなるんやざ。

 まあ、豆知識や。

 とは言っても、もし晴れてたとして、こん男に肌は見せんわ。

 ……見せる値打ちがあるんかは、わからんけど松浦さんにはない!

 「今年は、水着に縁がないな」

 松浦さんが、言うた。

 私と松浦さんはクルマから降りて、傘を差している。

 激しい雨に、傘は激しいパッションで応えてるわ。

 「ただ……」

 「ただ、何やの?」

 私が聞く。

 「福井の海や、その物の姿や」

 松浦さん言うた。

 ……全くそうや

 これは、賛成するわ。

 人に優しくない激しい感情を表に出す福井の海に、なんやろか……訳わからん落ち着きを感じてまうわ。

 


 ぐー



 「……あっ、あのこれは、お腹の虫が」

 ……って、まんまやん。

 松浦さんが変な顔して、私を見とるわ。

 「確かに昼前やしな。腹も空くやろ。クルマに乗れや、ええとこ知っとるけ」

 松浦さん、笑いながらクルマを指差す。

 トホホやって。

 はあー



 カフェ  ポートハウス


 松浦さんが連れて来た所は、小高い丘にある一件のカフェやった。

 白い壁と大きな窓を基調にしたカフェで、大きな窓から海を一望できる。

 海から少し離れているけど、小高い丘やからよう見えるわ。

 中に入ると、白髪でロングヘアーのオーナーと、同じくロングヘアーの歳を取った店員さん。

 おそらく、夫婦かな?

 そして、愛嬌いっぱいな太った白猫がカウンター席でお座りしてるって。

 「猫ちゃん、何たのんだんや?」

 冷やかしながら、猫の頭を撫でたった。

 猫ちゃんしばらく無視しとったけど、しつこく撫でてたら「迷惑な奴」と言うたかはわからんけど、ニャーって鳴いて店の中に消えたわ。

 「嫌われた! 嫌われた!」

 松浦さんが冷やかすざ。

 ええ歳こいて、子供みたいやざ。

 私も、猫ちゃん撫で過ぎたけど……

 「おう、ボンボンか」

 マスターが松浦さんに言うた。

 「マスター、ボンボンは止めてや! 俺には立派な名前があるんやで」

 松浦さんが、ため息まじりで言うたわ。

 「あら、今日は可愛い娘といっしょやな。恋人ですか?」

 店員さんが言うた。

 「いいえ、違います」

 ここはビシッと言うたった。

 「あら」

 意外そうな声や。

 「奥さん、そうしといてや」

 松浦さんがニタニタしながら言うたざ。

 「アンタとは、なんもないざ!」

 


 ぐー



 ……こっ、これは

 松浦さんが私を冷やかすから、お腹の虫が松浦さんに味方して……文法になってないやんけ。

 みんなに笑われたやん。

 



 二人掛けテーブル席


 外見からはわからんかったけど、お店は横に長く席もそれなりにある。

 マスターと雑談できるカウンター席、海を一望しながらのんびり出来る一人テーブル席、カップルや夫婦のための二人用テーブル席……私は二人用テーブル席にいるんや。

 本当は一人で海を見たいんやけど、松浦さんにあかんぞ! と却下されたわ。

 やれやれ……

 「おい」

 「桜井です、名前で呼んでや」

 「早苗!」

 「下の名前呼ぶなや」

 コイツ! 孝典さんやて、早苗さんなんやぞ。

 「怒るなや」

 松浦さんが笑ってる。

 ……悔しいけど、いい笑顔や。

 孝典さんの、笑い方といっしょやざ。

 「どうした?」

 松浦さんの優しい言葉に、どこか胸がいたくなる。

 「孝典さん、保つんか?」

 確信を言うた。

 「聞いとるやろ、残念なんや」

 節目がちに松浦さん言葉を返す。

 なんとも言えない表情や。

 よう考えたら、私と孝典さんの出会いは四ヶ月程度や、生まれてからいっしょの時間を過ごした松浦さんとは比べて勝てるはずがないわ。

 「はい、ボンボン、ぐーちゃん」

 マスターがご飯を持ってきたざ……って、ぐーちゃん?

 「ボンボンはカレー、ぐーちゃんはワカメのしゃぶしゃぶね」

 マスターが言うた。

 わ、私、ぐーちゃんにされたあ。

 「マスター、乙女やざ」

 松浦さんが呆れて言っとる。

 一応、フォローしてくれるんかぁ。

 「あはは、ゴメンね、お嬢さん」

 「そうやぞ、一応乙女なんやで!」

 ……男って、奴は!

 「アナタ、そこまでやざ。ゴメンの家の人、興味ある女の子には口が悪くなるんやわ」

 店員さん……ううん、奥さんが困った顔で私に謝罪するわ。

 「いえ、ええです。それより、ご飯です」

 私は言うたざ。

 目の前に美味しそうな、ワカメのしゃぶしゃぶがあるんや。

 さて、いただきまーす。



 店内は私達の貸切状態や。

 他のお客さんはおらん。

 この雨の影響らしいけど、今日は土曜日やん。

 大変やなあ。

 なんて、話はここまで!

 ワカメのしゃぶしゃぶ、美味しいわ。

 昆布と鰹節のダシの効いた漬け汁に、ワカメをさっと湯がく。

 ワカメの鮮やかな緑色が、だし汁に湯がくことで一段と綺麗になるんや。

 それをパクパクと口に運ぶ。

 付け合わせの煮物、漬け物も美味しいわ。

 そして、五穀米のご飯があうわあ。

 「……良かったわあ」

 松浦さんが言うた。

 私の顔を見とるわ。

 「な、なんや」

 「ここ、美味いやろ」

 笑いながら言うたざ。

 「うん、美味しいわ」

 はじめて松浦さんを見直したざ。

 ちなみに松浦さんのカレーは、マスター自慢のカレーで店の一番人気らしいわ。

 私はカレーよりも、ワカメやけどな。

 ご飯が食べ終わりそうになった時、マスターが何かを持ってきたわ。

 「はい、ぐーちゃん! 〆やざ」

 ……ぐーちゃん

 もうええわ。

 ん? 蕎麦?

 「だし汁に鰹節、昆布、ワカメのエキスに合わす最高の相手やざ」

 へえ、このご飯まだ続きがあるんかぁ。

 マスターが蕎麦を入れたわ。

 そして、蕎麦を食べるための茶碗と、だし汁を掬うお玉を置いたわ。

 一度湯がいていたから、そのまますぐに食べられそうやざ。

 よし!

 蕎麦を茶碗に運ぶと、お玉でだし汁を掬う。

 ……こんなもんか 

 さて、いただきまーす。

 ……!

 美味しいわあ。

 このお蕎麦と、だし汁が絶妙やわ。

 蕎麦は硬めで、だし汁はワカメも主張しとる。

 それにしても、ようこんなしゃぶしゃぶ考えたなあ。

 



 ご飯後  

 私と松浦さんは、コーヒーを飲んでいるんや。

 コーヒーは食後につくサービスで、これもメニューの中にある。

 今の時期はアイスコーヒーなんやけど、今年は冷夏ということで、ホットも出してるらしいわ。

 松浦さんはアイスコーヒー、私はホットにしたわ。

 コーヒーにミルクたくさん、角砂糖二つ入れる。

 「……さすが、和菓子屋の娘やなあ」

 松浦さんが呆れている。

 「苦いの苦手なんや」

 睨みながら、言うたわ。

 なんや自分はブラックやからって!

 


 「美味しかったか」

 マスターが言うたわ。

 今、私はレジでお金を払っているんや。

 「はい、美味しかったですわあ。ワカメのしゃぶしゃぶなんてよう考えましたざ」

 私は言うたわ。

 「あはは、あれは真似ですわ」

 「真似?」

 「ネットで、ワカメのしゃぶしゃぶしとる店があるんやけど、それが結構あるやって」

 レジをしながら、マスターは言うたわ。

 「へえー、そうなんかあ。考えた人はアイディアある人やなぁ」

 私、感心しとる。

 「その人がな、負けたくない一心で作ったらしいざ」

 ん? 負けたくない? 

 何にや?

 「ライバル心燃やしたモノなんやと思う?」

 お金を済ませた松浦さんが、言うたわ。

 アンタなあ……って、松浦さん知っとるんか。

 「何ですか?」

 松浦さんに聞いたわ。

 「お土産、たくさんありがとうや」

 松浦さんが笑ながら、言うたざ。

 子供の笑顔になっとるわ。

 全く、この人はイチゴ大福のことになると……

 ん? まさか!

 「イチゴ大福なんかあ」

 私は驚き声が出たわ。

 「ぐーちゃん、頭回転速いなあ」

 マスターが笑いながら、びっくりしとるわ。

 「イチゴ大福を考えた時な、こんなんは邪道と変な目をした連中が多かったんや。でも、今では当たり前の世界になっとる」

 ……確かにや、聞いた話やけど当時イチゴ大福は白い目で見られてた。

 そのためかは知らんが、誰が作ったかは知らんのや。

 作成者不明なんやわ。

 だけど今では、当たり前にある。

 「出よか」

 松浦さんが言うたわ。

 「またな、マスター」

 「はいよ、ぐーちゃんサヨナラ」

 ……もう、諦めよう。

 


 クルマの中


 「そう言うことや、イチゴ大福は最初は受け入れられんかったんや」

 クルマを運転しながら言うたわ。

 「……私、受け入れられるんか?」

 私は俯きながら、言うたんや。

 今からが、このドライブの本番になるんや。

 「……とにかく、今は行くぞ」

 松浦さんは、優しい顔や。

 「桜井 早苗は弱虫なんか?」

 「うるさいわ!」

 松浦さん、あははって笑てる。

 ……私は弱虫じゃない。

 ……そうや、弱虫なんかじゃ。

 クルマは市内に入った。

 雨は相変わらず降っとるって。

 よし! ここからが、勝負や!


                   つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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