第21話
夕方 ハーモニーホール
ハーモニーホールは、クラシックコンサート会場みたいな所で、大きな交響楽団が来るんや。
ハーモニーホール自体、全国でも指折りの会場らしいけど……本当なんかは知らん。知っても興味ない。
今日、私は正装しとる。
スーツ姿やって。
理由は、ピアノコンサートがあるからや。
因みに明日は、菓子フェアーの……止めた。
その話は今回なし。
孝典さんとデートやし。
「久しぶりに、ハーモニーホール来たわ」
孝典さんが言うたわ。
一応、総務のあの女性おるわ。
私に笑ってくれたわ。
この前の一件から、少し距離が縮んだ感じやって。
「ゆーい! 山本優衣に興味あるんか?」
孝典さんが言うたわ。
「えっ! 私は孝典さんだけや。でも、なんか近頃、あの人が柔らかくなったような気がしたんや」
私は総務の人を見ながら言うた。
「ゆーいもな、早苗ちゃんが気に入ったって、言うてたわ」
そっ、そうかぁ。
なんか、嬉しいざ。
「さて、そろそろ開演やざ。行こうや!」
孝典さんと私の席は、ピアノの演奏者が見える一番良い席や。
別名、S席やって。
孝典さんが私と演奏聴きたいと、決めてたらしいんや。
決めてたって言うのは、実は五月に私と孝典さんのメールやりとりした時のことや。
その後にメールの話題で、ピアノコンサートの事を、書いたんや。
そしたら、孝典さんコンサートをおさえてくれたんやわ。
それも、メール送った次の日やよ。
そして、七月になるまで黙っていて、咲裕美のアレになる少し前に孝典さんからピアノコンサートのお誘いを受けたんやわ。
後々、内容を聞いて、ビックリやったわ。
ビックリやし、嬉しかったって。
今回、ハーモニーホールにくるピアニストは名前の知れた人で、福井は初コンサートらしいわ。
……正直、ピアノコンサートのメールしたけど、あんま興味はないんやわ。
話題がないから、『高校時のピアノコンサートが、感動したから見る機会があったら観たい』かな?
確かそんな内容を書いた覚えはあるんやけど、まさかコンサートを観れるとは思わんかった。
「早苗ちゃん、ピアノコンサートに正直、興味あるんか?」
孝典さんは聞いたわ。
「え?私……あんまようわからんのです。でも!」
「でも?」
「パヴァーヌ、聴きたいんや」
とっさに私口走ってたって。
「ラヴェルやな」
孝典さんが、即答したわ。
え! 知ってんか?
やっぱり、ええとこの人やなぁ。
「俺、ピアノには興味ない。だけど、『なき王女のためのパヴァーヌは好きやざ」
笑顔で孝典さんは言うた。
……うん、ええ曲や。
夜 演奏会終了
コンサートのプログラム演奏は全て終わった。
プログラムに、ショパンの文字がある。
ピアノの詩人、ショパンの演奏会やった。
歴史書や音楽の授業で、名前は聞いたことがあるけど、ショパンの書いた曲は起伏激しく、難しい曲が多いと思ったわ。
正直、曲のタイトルはプログラムで見たけど、曲は耳で初めて聴いたんや。
起伏の激しい曲が耳に離れん……感動したわ。
「よかったわ」
拍手か鳴り止まない中、孝典さんが顔を耳に近づけて私に言うたみたいや。
声に気が付き、振り向くと間近くに孝典さんいたわ!
私と孝典さんはビックリして、顔を離したって。
鳴り止まない拍手は、アンコールを意味している。
演奏者が何回も何回も顔を出したり引っ込んだりする。これも、アンコールの為の、儀式みたいなもんや。
演奏者が、再びピアノに座ると、「ラヴェルのあの曲を弾きます」そう言い、なき王女のためのパヴァーヌが始まったんや。
ぞく!
背筋になんか電気みたいな衝撃が走ったわ。
いつもこの曲が流れると、こうなるんや。
初めて聴いた時から、この曲は今でも忘れられん。
視線に気付いて、横を見る。
孝典さんが、私を見ているわ。
恥ずかしい……私は俯きながら、曲を聴いた。
綺麗なメロディーに反して、切ない曲……やっぱり胸が熱くなるんや。
ええ曲やわ。
ピアノ演奏が終わり、会場を出てホールの待機場に私と孝典さんはいたわ!
近くに、総務の……
「優衣って呼んでくれんか?」
……はい。
優衣さんがいるわ。
優衣さん、知らん顔して、大きなガラス張りの建物の外を見てるわ。
近くに大きな道路があり、クルマのライトが流れているんやけど、気付かんフリして無言で見とるんや。
「どうやった?」
孝典さんは言うた。
「ええ演奏やったって。始めは緊張したけど、最後は楽しめたざ」
私は言うた。
「よかったわ、本当に!」
孝典さんが笑たわ。
良かった。
笑ってくれたわ。
この顔が見たかったんや!
演奏会良かった、やけど孝典さんの笑顔には勝てんて。
帰り道 クルマで孝典さんが送ってくれるわ。
……とは言っても、運転は優衣さんや。
私と孝典さんは、後ろに静かに座ってる。
「明日は、菓子フェアーの打ち合わせかぁ」
孝典さんが言うたわ。
メールで詳細を伝えたるから、この話題には私は驚きはないわ。
「ほや、明日や。次女付きや」
「そうか、二人でかぁ?」
「なんか、高塚屋の息子が妹と関係あるらしいんやわ」
「?」
孝典さんの顔に、なんやそれ? が書いてあるわ。
「真ん中の妹、咲裕美って言うんやけど、高塚屋さんの息子見てから変でな、ポーッとするわ耳まで赤くなるわ、変なんやざ。ひょっとして、病院なんかぁ!」
そや!
これは、病気や!
咲裕美のあの変なんは、病気に間違いないって!
「桜井さん」
ん? 優衣さんが半笑いしながら、声をかけてきたわ。
「病気はアナタや! 病名 鈍いでしょうや」
そう言うと、大笑いしたざ!
「孝典さん、私鈍いんか」
「鈍いわ。早苗ちゃん、俺のこと好きかあ」
孝典さんが聞いてきたわ。
えっ! そんなん決まっとるやん。
す……す……
アカン、顔が熱いわあ。
ややわ、耳まで熱いって、真っ赤になっとるに違いないわ!
……
……
……
「ええ! 咲裕美、アンタまさかぁ」
いきなりの大声に、孝典さんと優衣さんビックリしてるわ。
ごめんや、やけど、咲裕美がぁ好きな男ができたんかぁ!
「……気付いたようやな」
優衣さんが言うたわ。
「はい、わかりましたわ。でも、私の孝典さんを……孝典さんを……」
「俺を? なんや」
「孝典さんを愛する気持ちには、勝てんざあ」
……
……
……言ってもたぁ。
私、言ってもたあ。
「早苗ちゃん……」
孝典さん?
「早苗ちゃん……いや、早苗」
孝典さんが私を引き寄せたって!
距離はううん、距離はない。
孝典さんの心臓の音が……
「桜井さん、ここまでやざ。着いたわ、残りは後のお楽しみやざ」
そう言うと、孝典さんは私を離した。
「早苗、サヨナラや。また、今度な」
私、呼び捨てにされとるわ。
これは、近づいたんやろうか?
うん、近づいた……そう、思いたいし思ってええやろ。
「じゃあ。またな!」
孝典さんの言葉を残し、クルマは走り去る。
やったー!
また近づいたざ。
私、偉い!
偉いざあ!
「ゆーい、俺、彼女にまた近づいたわ」
「……八月からは、また入院やざ」
「わかっている。けど……」
「早苗ちゃんのためなら、別れないとな」
「俺のために、早苗を手元に起きたいんや。いい娘や! 勝てる気がしてな」
「……」
つづく
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