第8話
帰宅
「遅かったなぁ、何をしてたんや?」
オカンが眉をひそめてるって。
「……たまには、ええやん! 鯉のぼり見てたんや」
半分、本当を言うたわ。
半分は……めんどくなるから、黙っとこ。
「全く! 職場放棄やで」
「ごめんや」
ここは素直にやわ。
「……」
「どうしたん?」
「はよ、店番しいや」
オカン、いきなり静かになったわ。
まあ、変に詮索されるよりはましやで、ヨシとしとこう。
夕方 ご飯時
いつものように、スーパーの惣菜やって。
メニューは、筍の煮付け、白身魚のフライ、トンカツや。
テーブルには、いつもの顔ぶれ。
一人は県外にいるは、説明済みやな。
今日はいつもより、言葉数が少ないわ。
なんやろ?
牽制しとる感じやって。
そして沙織は、チラチラと私を見とるし。
オカズ狙とる……ことは無さそうやけど。
「早苗、男出来たんか?」
ばあちゃんのいきなりの一言に、飲みかけの味噌汁を吹いてもたって!
「あー汚いって、ねーちゃん」
沙織が眉をひそめて、オカズを両手でブロックしてるやん。
コイツ、失礼な。
「早苗、相手の勤め先は?」
オカンが目を光らせて、聞いてるって。
「どうしたん? 私、知らんざ」
みんなに、大きな声を出してもたって。
変なこと言うんやから、当たり前やな。
「早苗、あんたが素直に謝る時は、なんかあるんやって。今日、素直に謝ったやろ」
オカンが言うたわ。
なんかある……あるな。
鯉のぼりの男や。
確か……松浦 孝典さんやったっけ?
心臓が、激しく鼓動を打ち始めたわ。
顔が熱うなって来たって!
「何にもないわ! 変なこと考えんといてーや」
私はご飯を胃袋にかき込むと、部屋に戻ったわ。
もう!
「なんかあったなぁ、香奈や」
「はい、陽一郎さん」
「ねーちゃん、嘘つけんなぁ」
「早苗の良いところや、なあ祥子」
「相手は……ええとこの男やろうな!」
部屋の中
私の部屋は、いえの一番隅の日当たりが良くない部屋なんや。
少し前までは三姉妹がいっしょに、違う部屋やったんやけどオカン達がケジメと言う理由で、隅に追いやらたんやって。
一人の部屋を最初は喜んだけど、しばらくしたらどこか物足らんのに気付いたんや。
だから事あることに、沙織の部屋におじゃましているんやけど……今日は大人しく一人でいるわ。
沙織は結構なスピーカー娘やで、広まるのが怖いんやって。
「ねーちゃん、入っていいか?」
沙織の声や。
断る……止めた。
変に断ると、ますます変になりそうやわ。
「なんや、入ってええざ」
私は了解をしたわ。
沙織は、すげすげ入ってくる。
ニヤニヤしいなや!
しいなや! は、するな! のことやざ。
「ねーちゃん、居るんやろ?」
沙織、いきなりの言葉やって。
タレた目が、ますます下がっるわ。
「沙織、目がタレてなくなってまうざ」
私、真顔で言うたわ。
「あっ、失礼な! ネーチャン、目が大きく見開いてるざ。ネーチャンの目が開く時はいつも隠し事があるんやってのぅ」
……あのオカンに、この沙織や。
よう似とるわ。
私はこんなんではないざ!
「はいはい、部屋に帰った帰った!」
「ちょ、ネーチャン!」
言いたげな、沙織を追い出したわ。
今の沙織は、疲れるんや。
「早苗、風呂はいらんか?」
オトンの声や。
……ここは素直に、入っておこっと。
「わかった、入るわ。沙織、先に入るで」
私、部屋を出たって。
「早苗、風呂入っとるな」
「陽一郎さん、娘の風呂やで!」
「わかっとるわ」
「……沙織や、うまくいったか?」
「うん! ばあちゃん、早苗ねーちゃんのスマホ」
「ヨシ、ちょっと貸してな」
「お母さん、どうするんや」
「……よし、戻しといて、沙織、はい小遣い」
「ありがとう、返しとくでの」
うーん、いいお風呂やったわ。
お風呂の実況はないざ!
疾しいことを考えたらあかんでな。
さて部屋に入って、髪を乾かすとしますわ。
……あれ?
スマホの位置が、少し違うような……
うーん、違和感があるんやけど……
まあ、気にせんとこか。
明日、松浦さんいるかな?
……行ってみよ。
また、変な詮索はイヤやけど、松浦さんが頭から離れられんのや。
あの優しい笑顔、哀愁感漂うオーラ……
アカンアカン、また顔が熱うなって来たって。
早よ、髪乾かさな。
明日が待ち遠しいって。
つづく
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