第7話

第二話 不器用な娘


 今日は五月二日、明日から大型連休始まる。

 私は、意味ないんやわ。

 はあー、仕事やって。

 やる気起きんて!

 私、何気に足羽川河川敷付近に、クルマをはしらせてるんや。

 足羽川河川敷は、駅の裏辺りにあるんやけどこの時期は河川敷にたくさんの鯉のぼりが風に棚引いてるや。

 コレをみると、端午の節句やなぁ……て、感じるんやって。

 少し遠回りしながら、クルマを走らせても別にええやろ? なあ、またにはええやろ?

 そんな気持ちに襲われてん。  

 風に靡く鯉のぼりは、気持ち良さそうやな。

 青空に良く映えるわ。

 なんか、河川敷に降りたくなったって。

 うーん……

 少しだけやで。




 河川敷にクルマを置くと、降りた。

 春の最後の風でもあり、初夏の匂いのする風が出迎えてくれたんや。

 暖かさに、どこかひんやりとした冷たさがあるわ。

 この風に鯉のぼりが、泳いでいるわ。

 元気な元気な、鯉のぼりやって


 「はしらのきぃずは……おととしのー、ごがついつかのせいくらべー」


 ん?

 どからか声がするって。

 声の出所は……あっ、あこの桜の木の下かぁ。

 わりと近い。

 近くないと聞こえんくらいな声や。

 だけど私、よう聞こえたわ。

 地獄耳なんか?

 桜の木の下の、声の主を見つけると、私は顔を見たくなったんや。だから、近くに行った……


 !


 ……びっくりやわ。

 長髪を束ねた色白で、鼻筋の通った男の人がいたんや。

 歳は私とそう変わらんくらいやな。

 デニムにスニーカー、黒いパーカーを着こなした……なんやろ? 妖精? 聖霊? つまり、そんな男がいたんやって。

 何なんやろ? 私、顔が、耳が、熱いって!



 「あの、なんです? 僕にようか?」

 福井弁やわ。

 この人、福井人なんやわ。

 「あっ、別になんでもないんや。ただ、背くらべ

が聞こえんや」

 私は言うたんやって。

 この人、童謡の背くらべを歌ってたやろ?


 はしらのぎすは、おととしのって!


 「ははは……聞こえんか? 恥ずかしいわ」

 ……笑顔やって。

 この世のモノとは思えないくらい、澄んだ笑顔なんやわ。

 私、心臓の高鳴りが聞こえるんや。

 自分の心臓が、激しく鼓動をしているのがわかる。

 ……一目惚れしたんや。

 結論やって。

 でも、間違いなく、この男に惚れた。


 ピピピッ、ピピピッ……


 男のスマホがなったようや。

 「モシモシ……わかったよ。そろそろ、迎えに来てくれんか?」

 えっ? 迎え?

 「僕、今、入院してますんや。今日、外へ出る許しが出たんで鯉のぼりを見に来たんや。本当は自分の足で歩きたかったけど、たくさんはまだ歩けんのや。情けないんや」

 ……病人なんや。

 この男は、病人……でも!

 「明日も晴れます。外出許可をもらってますから、ここに来て鯉のぼりを見ていますわ……暇なら……」

 「え? なっ、何ですか?」

 「暇なら、明日も来てくれんか?」

 ……嘘や。

 いや、嘘は困るわ。

 でも……

 「僕、待ってますよ。時間はこの時間な。暇ならやでな。忙しかったらいいでの」

 「明日も来ます。行きますって。私でよければ!」

 私、頭で考えることなく、答えを出してるって。

 心臓のバグバグが……止まらんわ。

 「僕、松浦 孝典 って言うんや」

 そう、男……違う、松浦さんは言うた。

 「私、桜井 早苗 です」

 口が勝手に動いたわ。

 私、制御不能になりつつあるって!

 ここは一旦、消えんと……

 「あ、あの、今日は失礼するでの」

 私は急いで、クルマに走ると急いで乗り込んで、クルマを発進させたって。

 心臓のバグバグは、破裂寸前やったわ。

 ……松浦 孝典さん

 忘れもられん男の名前を知ったのは、この時からやったんや。  

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