◆散華-さんげ-
*猛炎のごとき
「オレたちはどうすればいい?」
二人のやり取りを空から見ていたマノサクスが降りて尋ねる。
「翼を重点的に攻撃」
「どんとこーい!」
笑顔で応え、セルナクスに作戦を伝えに飛んだ。
「で、あたしたちは何をすればいいかしら」
「人々に伝達してもらいたい」
「おやすい御用よ!」
モルシャは伝えなければならないことをしっかりと聞き、レキナたちに声をかけてコルコル族のみんなは散らばった。
ネルサの姿に動揺しつつも、それぞれが成すべき事を見つけて動いている。
これなら勝機はある。
「ヴァラオム」
[うむ]
ヴァラオムは応えて体勢を低くし、シレアを背に乗せた。
[ゆくぞ、我が友よ!]
声を張り上げ、翼をはばたかせて大空へ駆け上る。
シレアは巨大な岩のように、どっしりと地面に爪を食い込ませるネルサの体を上空から眺めた。
おおよそ、人間などが敵う相手とは思えない。それでも、抗わなければ先はない。
[長きにわたり、継がれた血の力は凝縮され。いま、まさに歪んだ形で現されている]
終わらせなければならない。どんな犠牲を払おうとも。
「この世界に生きる者の努めか」
目を眇めてつぶやく。それは、とても酷く辛い使命だ。
[虫けらどもがぁー!]
ネルサは抵抗する者たちに怒号を浴びせ、牙がずらりと並んだ口を大きく開いた。
「
口々に叫び、頭の向いている方向を見極める。
尖った巨大な口から真っ赤な炎が吐き出され、逃げ切れなかった人間のみならずモンスターもその猛炎に身を焦がした。
肉の焼けた匂いが風に運ばれ、辺りはよりいっそうと殺伐さを増す。
「くっそ!」
エンドルフは苦々しく漆黒のドラゴンを睨みつけ、戦斧を掲げて気合いを入れた。
[さて、友よ。どうするかね]
ヴァラオムは無言で見下ろすシレアに問いかける。そして口惜しげにネルサを見つめ、その瞳に憂いを浮かべた。
[
怒りと憎しみがネルサをどす黒く染め、大地までをも黒く変えてゆこうとしている。
[本来なれば、彼らの体色は美しい
漆黒のドラゴンからは、かつて備わっていたであろう神々しい輝きは失われ、ただただ呪いの言葉を繰り返す魔物と化している。
[今こそ、そなたに渡すものがある]
「うん?」
ヴァラオムがひと声あげると、シレアの胸にあるペンダントが輝きを放った。
[我の炎で鍛えた剣は、持つ者の力を増大させる]
そなたの意志と、その身に流れる血が持つ力の間に隔たりは無い。己の力を信じるのだ。
[先を示せ!]
傾きかけた陽の光に照らされた白い鱗はオレンジをまとい、シレアの手には黄金色に輝く剣がもたらされた。
剣は黄昏の陽を吸い込んだように暖かくシレアは一度、深く息を吸い込んだのち剣を強く握り、眼下に見える巨体に向かって飛び降りた。
[ぬっ!?]
ネルサはそれに気付いたが一歩遅く、頭の横をかすめて落下するシレアがその首に剣を突き立てる。
[グアッ!? きさま!?]
剣は幾本の稲妻を走らせネルサに深々と突き刺さった。
ヴァラオムは、剣を刺したまま手を離して落ちるシレアを受け止め、ネルサから遠ざかる。
[見事な一撃だ]
深々と突き刺さった剣はその巨体では抜くことが出来ず、ネルサは小さな針の痛みに悶えた。
[よくも! よくもオォォォォー!]
空気が震えるほどの怒りを吹き出し、目を血走らせて大木のような尾を大きくひと振りする。
それだけでモンスターや人間、多くの種族が倒されていく。それにマノサクスは舌打ちし、悠然と揺れる黒い翼に剣の刃を滑らせた。
「──っくぉ!? かてぇ!」
分厚い翼は、薄いミミズ腫れを起こした程度で大したダメージには至っていないようだ。
しかし、リャシュカ族たちはこぞって同じ場所に刃を走らせた。
[こざかしい羽虫どもめ!]
翼を大きく羽ばたかせマノサクスたちを遠ざける。何度も同じ箇所に走った刃は、分厚く硬い革のような翼に一線の傷を作っていた。
じわりと重い痛みは微々たるながらも、ネルサの動きを鈍らせる。
経験を重ねた
[こんな虫けらどもに、我が──]
認めぬ! 認めぬぞ!
[何をしている。我に従え。敵をことごとく滅するのだ!]
低く発した命令は、従うべき主を見失っていたモンスターたちに
「ぬあー! めんどくせえ!」
折角大人しかったのにとエンドルフが怒鳴りながら応戦した。
「くっ──また面倒なことに」
アレサは細身の剣を振るい、コボルドどもを倒していくが、その数はまるで減る気配を見せない。否、数だけではなく、さきほどよりも凶暴性を増している。
モンスターの群とドラゴンを相手にしては友軍が来てくれたとはいえ、これはさすがに厳しい。
ネルサが吐き出す炎のブレスは、かすっただけでも身を焦がし体の芯にまで痛みが伝わってくる。
仲間たちが倒されていく光景に心を痛めても、どうする事も出来ない。
「闘うしかねえだろうがぁ!」
エンドルフの声は空を震わせるほどに響き、まるで風を呼ぶように轟いた。
「おい、なんか変だぞ」
別の戦士がふと、轟音が鳴りやまないことに気付く。
耳の奥から響いてくるような、地面がのたうつような。あるいは、空から重たい雲がのしかかってくるような。
「エンドルフ、何をしたんだ」
「俺じゃねぇよ!」
──そのとき、大きなはばたきが聞こえたかと思うと、彼らの頭上に巨大な影が差しドシンと何かが降り立った。
※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます