◆第十二章-対峙する勢力-

*空からの使者

 次の朝──シレアが外に出ると、ユラウスたちが遠方の空をいぶかしげに眺めていた。

「どうした」

「あれ」

 ヤオーツェの指差す方向を見やると、なにやら大きな黒い影が空に浮遊している。

「この時期に?」

 シレアは目をすがめ、浮かぶ大陸に眉を寄せた。

「やっぱり変だよね。いつもあっちから見てるからよく解らなかったんだけど、この時期にここは通らない」

 マノサクスは小さく唸り、小首をかしげた。

 一年に一度は四大陸の上空を通過するのだが、頃合いは大体決まっている。途中に気流の激しい場所でもあったのだろうか。

 それにしたって、そんな事が長く続かなければこの季節にリンドブルム山脈の上空近くを浮いているなんて事はあり得ない。

「もしかすると、上空の気流が全体的に強くなっているのかも」

 何十年かに一度は変な気流があるのだとマノサクスは説明した。ほとんどを風任せにしているウェサシスカは、何百年も前から天候の記録を丁寧に記している。

「シレアは気付いておったのか」

 ユラウスの問いかけに、シレアは怪訝な表情を浮かべた。

「知っているのかと」

「なんじゃとう!?」

 集落では住人たちが各々、そんなことを話し合っていた。

 当然、シレアはそれをユラウスたちも聞いているのだと思っていたため、あえて口にはしていなかった。

「なんたる不覚じゃ」

 エルドシータの中にいるというのに、こうも気がつかないものなのかと自分に呆れてしまう。

 彼らは息をするように、常日頃から自然について話している。そのせいか日常の会話と勘違いしていた。

「何かこっちに来るよ?」

 ヤオーツェの言葉にウェサシスカを仰ぐと、多きな翼をはばたかせてこちらに向かってくる影が見えた。

 様子からしてリャシュカ族だろう。何かを抱えているのか、えっちらおっちらと少しふらつきながら降りてくるではないか。

「セルナクス?」

 親友の姿にマノサクスは目を丸くした。浮遊大陸はまだ遠い、さすがにあの距離から飛んでくるのは無理がある。

「はあ、疲れた」

 集落にようやくたどり着いたセルナクスは大きな溜息を吐き出し、抱えていたものを降ろして軽く肩を叩く。

「一体どうしたの」

 降ろしたものを見下ろして久しぶりの友に問いかけた。

「元気そうだな」

 セルナクスも久々の友の顔に口元を吊り上げる。

 そして黒いローブをまとい、フードを被っている小ぶりの影を示し、

「お前の手紙が届いてから魔導師たちが騒ぎ出してな。どうしたのかと尋ねてみたら、驚きの内容だった」

「へえ」

 そんな二人の会話を頭の上で聞いていた影は、目深に被ったフードをゆっくりと脱いで周囲を見回した。

「あれ、ミレアじゃん」

「直接聞いた方がいいと思ってな」

「え、もしかしてウェサシスカを動かしたの?」

「評議会で話し合って決定した。大変だったんだぞ」

 ウェサシスカは大気の流れで移動をしているが、有事のときは意図的に移動させることが出来る。

 膨大なエネルギーを必要とするため、評議会での決定が不可欠なのだ。

 魔導師たちの騒ぎようは尋常ではなく、このままにしては置けないと慎重な話し合いが評議会のうえに行われた。

「動かしはしたが、大気自体も早くなっているからここに着くのは思っていたよりも早かった」

「お久しぶりです」

 少女はシレアに軽く会釈し、一同を一瞥していく。

「魔導師、直々じきじきのお出ましとは。何かあったのですか」

「大きな黒い影が姿を現し始めました」

 その言葉に、シレアは眉を寄せる。

「黒い影とな?」

 ユラウスは慌てたように割って入った。何故、自分には何も見えなかったのかと驚きを隠せない。

 自分については見えない事が多いとは昔に聞いていたけれど、やはり巨大な流れのただなかにいるせいなのか。

「それはすでに、強大な力を得ています」

 身を隠すこともせず、堂々と我らの目を見つめ返している。

「魔導師の監視すら意に介さなくなったのか」

 アレサは苦々しく舌打ちした。

 敵は思ったよりものんびり屋ではなかったらしい、これほど急速に動き始めるとは予想外だ。

「イヴィルモンスターの動きは最終確認だったのか?」

「そうなんじゃない?」

「オイラ心の準備出来てないよ」

「場所は」

 不安のなか、シレアは静かに問いかけた。

「北の大地──そこに、闇の軍勢が集まりつつあります」

 同じく静かに答えたミレアに一礼をして山脈を見やる。

「行くのか」

 尋ねたユラウスに無言で頷いた。

 怖じ気づくことのないシレアに驚いたが、今更なことに口の端を吊り上げる。初めから散々煽っておいて何を言っているのかと己に呆れる他はない。

「わしらも準備を始めよう」

 後戻りは出来ない。腹をくくれと自分に言い聞かせた。


 ──セルナクスとミレアを見送り、通り過ぎていくウェサシスカを眺める。

「ミレアのおかげでシャグレナ大陸に行きやすくなるね」

 ヤオーツェは嬉しそうにミシヒシを撫でた。

 異変に気付いた彼女は、すでに魔導師たちに移動魔法円ポータルの設置を頼んでいた。

「いつ出発する」

 アレサの言葉にシレアは目を細める。

 ポータルの設置は魔導師たちの集落とマイナイの家、他に数カ所ほど頼んでいると言っていた。

 マイナイの家の設置にはしばらくかかるとの事だ。彼らは体力がない故、急ぐことは出来ない。

「三日後の朝に発つ」

 その言葉に一同は、いよいよだと互いに見合い頷いた。



 ──その夜、アレサは寝付けずに集落の広場で星空を仰いでいた。

[眠れぬのかね]

「ヴァラオム殿」

 現れた白いドラゴンを見上げる。

「敵の正体が未だに掴めないのです。不安にもなりましょう」

[多少の予想はしていよう]

 その言葉に、アレサは目をすがめる。

「シレアに関係している者か、もしくはシレアと同じ──」

 最後まで言い切らずに言葉を切った。

[うむ、皆がそう考えておる。当然、シレア自身もな]

「しかし解りません。敵は、本当にシレアの旅を阻止したかったのでしょうか」

[それは我にも計りかねる処だ]

 本気で阻止しようと思えば出来たのではないだろうか。それはまるで、シレアがどうするのかを見定めているようにも、どこか楽しんでいるようにも感じられた。

 自身の持つ力の余裕からか、別の理由があるのか──

[なんにせよ、対峙すれば解る事だ]

「そうですね」

 考えていても始まらない。

 ただ真っ直ぐにぶつかることだけが、その理由を知る近道だろう。

[さあ、体を休めようぞ]

「はい」

 シャグレナ大陸に何が待っているのか──シレアたちは不安の中で、そこに向かうしかない。

 これから起こるであろう戦いは、全てのものを巻き込み、他人事ひとごとにしてくれはしない。大地はことごとく血を流し、壮烈な戦いに空は叫びを上げるだろう。

 そんな予感が、明けゆく空からひしひしと伝わってきた。



 ──シャグレナ大陸

「何をしている」

 マイナイは顔をしかめて問いかけた。

 家の周囲が何やら騒がしいと思ったら、魔導師たちが忙しなく何かの作業をしていた。

「マイナイ様、ご機嫌麗しく」

 一人が彼に歩み寄り、丁寧に腰を折る。

「何が始まるんだね」

「マイナイ様も大気の異変にお気づきかと思われますが、それに対処するべく、とある一同がお見えになります」

「それで何故、私の敷地なのだね」

「マイナイ様の知る方だそうです」

「む、そうか」

 全てを聞かずに遠い地平線を眺める。

 寒々とした空には厚い雲がたちこめ、いかにもこれから何かが起きそうな様相を呈している。

「面倒な」

 つぶやいて、けだるい空を一瞥したあと扉を閉じた──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る