*雷動

 ──シレアたちのいる集落より遙か北東に位置する王都ルフィルムーアから、やや北にある町ウェファサ。

 ここは王都へのいち中継地ともなっており、落ち着いたのどかな町で旅人が多く滞在する。

 そんな町の住民、王都に向かっていた者、王都からどこかに向かうために旅の準備をしていた者たちは、突然のモンスター襲来に戸惑いながらも反撃を続けていた。

「なんだこよいつら!?」

 男は叫びながらも、次々と溢れるようになだれ込むコボルドどもを大きな戦斧せんぷでなぎ倒していく。

 いくら放浪者アウトローが立ち寄る町とはいえ、休む暇もなく波のように押し寄せるモンスターに疲れも貯まりうんざりしてきた。

「エンドルフ!」

 肩までの栗色の髪を後ろでまとめた男は、両手剣を振るいながら戦斧を振り回す男の名を呼び、息を切らせて歩み寄った。

「一体どうなってる!?」

 威嚇に唸る眼前のコボルドに剣を構えて近づくなと鋭い眼差しを向ける。

 まとっているチェインメイルがモンスターの声に反応するようにこすれて微かな音を立てた。

「俺に聞くな!」

 乱れた短い赤茶色の髪を意に介することもなく、荒い息を整えながらコボルドを睨み付ける。

 かつては白銀に輝いていたであろう胸当て鎧ブレスト・プレートは、彼の強さを物語るほどにいくつもの傷を持ち、くすみを与えている。

「はあ。なんなんだ」

 エンドルフは途切れた合間にひと息ついてダークグレーの目をすがめ、遠方に見えるコボルドの塊を眺めた。

「こいつら、王都に向かってるのか」

「なに?」

 男は青い瞳を向け、いぶかしげに眉を寄せる。

「なるほど、これだけの数がいれば昼間でも充分に攻め込める」

「どっから湧いて出やがった」

 優に千はくだらないと思われる数に顔を歪めた。

「まるで大陸中のコボルドが集まっているようだ」

 どす黒い波がうねるように動く様は、吐き気をもよおす程に悪意を放っている。

「とにかく、ここは死守しよう」

「おう!」

 武器を握り直し、囲むモンスターに飛び込んだ。



 ──シレアの家のダイニングに、大きな地図が広げられた。そこに今までの経緯など書き記していく。

「ひとまずは全ての大陸を見て回った訳じゃが、そこから何か見えたかの?」

 問いかけるユラウスに視線を向けず、シレアは地図をじっと見下ろす。

「解らない」

 なんの脚色も無く率直に答えた。

「エルドシータは大気を読み、自然のことわりをその身に感じると聞いたが、おぬしはどうじゃ」

 おぬしがその民に拾い育てられた事には、何かの意味があるはずじゃ。静かに語られる言葉に、シレアはゆっくりと瞼をおろす。

「そんなところから遡って理由があるの?」

「世の中はわしらの想像も及ばぬ事がままある」

 いくらなんでも、そこまでシレアに求めるのってどうなんだろうとモルシャは顔をしかめた。

「私の中に眠る血に時折、恐怖することがある」

 噛みつぶした声は得体の知れない何かに対する畏れが現れていた。

「ふむ。一体、どれほどの種を用いたのか」

 ヴァラオムは小さく唸る。

「そういや、全部は教えてくれなかったよね」

「無理にでも聞き出せば良かったか」

 アレサは苦い表情をした。

「あやつは何かを楽しんでいるようにも見えたの」

 あごをさすって古の民が応えると、マノサクスはそれに怪訝な表情を浮かべた。

「何かって、何を?」

「それが解れば苦労せんわい」

 腕を組み、呆れるように溜息を吐き出した。



 ──ギュネシア大陸、かつてアレサがいた草原のエルフが住む集落。

「キケト様! アレサから手紙が」

「ほう?」

 若いエルフから封書を受け取り、アレサの文字に懐かしさを覚えつつ書き記された文字を読み進める。

「ふむ……」

 しかし、文字を追うキケトの表情が徐々に険しさを増していく。

「アレサ、信じて良いのだな」

 長くも短くもない文章から伝わるものに目を伏せた。

「幼少から優しく、強く、何にも目を背けない者だった」

 彼が立ち上がらねばならぬときだと言うのなら、それは真実なのだろう。それを拒む理由はどこにもない。

 キケトは納得したようにひと言唸り、側にあるデスクを引き寄せると紙を前にインクを染みこませた羽ペンを走らせていく。

 それは何通にも及び、丁寧に時間をかけて書き上げると、それぞれを折りたたみろうで封をして若いエルフたちに手渡した。

「これを長たちに必ず届けるのだ」

 一通、一通を手渡されたエルフたちは無言で頷き、足早に集落をあとにした。



 ──朝を迎えた西の辺境は、一日の始まりに小鳥が空を忙しなく行き交っている。

[これは驚きだ!]

 ヴァラオムは眼前の光景に感嘆の声を上げた。

[よもや、ケルピーまでも従えていたとは!]

 集落の近くにある小川に来てみれば、シレアが白馬を愛でているではないか。

「友だよ」

 リンドブルム山脈から流れる冷たい小川に足を浸している白馬の首をさすって答える。

 本来のケルピーは下半身が魚の尾になっている水棲モンスターで、人を食らうために馬や人間に化けて水に引きずり込む危険な存在だ。

 しかし、飼い慣らす事が出来たなら強い味方となるだろう。

[そなたはいつもそうだな。我と出会ったときも、真っ直ぐに見つめてきた]

 少しも揺らぐこと無く、ただ真っ直ぐな視線に我の方が戸惑ったものだ。

「この世界を知りたかったのだと思う」

 己のなんたるかを知り得ないもどかしさと歯がゆさは、世界を知る事で補おえるはずもなく、それでもなお知ろうと足を進める。

 そうして己を知ったいま、課せられたものの重みに戸惑いは隠せない。

[そなたがこの時代に産まれたのには、何か意味があるのかもしれぬな]

「そんなものは誰にも無い」

 ただ生まれ、ただ死ぬ──そこに意味を持たせることが良しとは私には思えない。

「意味を持たせれば、それだけのことをしなければならない重みまでをも生み出してしまう。それが生き甲斐となる者たちばかりではない」

 この世のことわりは、自然の流れを意味している。決して、重責を担わせるものではない。

「私は私のすべきことを知り、果たすべきことをやり抜くだけだ」

[実にそなたらしい]

 それ故に、我はそなたに強く魅せられる。

 ヴァラオムは喉の奥から笑みをこぼし、シレアと共にリンドブルム山脈を眺めた。

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