*奥底の闇
──結局は何も決まらずに再び夜が来る。
シレアは集落から出てほど近い岩に腰を落とし降り注ぐ輝きに目を細め、ゆっくりと何かを噛みしめるように
シレアは集落にいた頃、何か考え事があるとよくここに来ていた。そのため、集落の周囲を巡回する男たちは久しぶりの光景に懐かしく笑みを浮かべる。
[眠れぬのか]
背後からの声に目を開く。
[思う処を言うてみよ]
ずしりと重たい足取りで歩み寄り、シレアの隣に腰を落とす。そうして、彼の前にあるすっかり火の消えた焚き火のあとを見やり、ゆっくりと息を吹きかけた。
たちまちに火はつき、その炎に照らされたヴァラオムの体は暖かな色をまとう。
「ずいぶん前から感じている視線の正体がわからない」
[ほう?]
黄金色の瞳がシレアを見下ろす。
「突き刺さるようでいて、時に柔らかさが垣間見える」
その視線が敵のものであるが故に、覗く柔らかさは何なのかと考えずにはいられない。影の言葉が真実なら、決して相容れぬ壁がそこにある。なのに、どこか気分は晴れない。
「私が何者なのかは理解した。しかし、己の持つものが何なのかがまだ解らない」
造られた存在というだけで狙われるものだろうか。原因の一つである事は明白だが、それだけで相手が危機感を持つというのは、いささか妙な話だ。
[うむ、確かに]
いくら考えても解らない事は深く考えないシレアだけれど、そうも言ってはいられない状況ではある。
[そなたが造られた方法のなかに、奴らが危惧する何かがあるのやもしれぬ]
マイナイ本人がいれば詳しくも聞けるのだが、早々に立ち去ってしまったユラウスたちの口から窺い知れる事柄はあまりにも少ない。
[そうだな、少々気になっていることがある。その──あ~]
なかなか次が出てこない。言葉をかなり選んでいるようだ。
[時折だが、そなたから奇妙なものを感じるのだ]
「奇妙なもの?」
[なんというかだな。この我が、やや恐怖を覚えるというか、強いものを感じるというか、懐かしささえある]
よく解らない説明にシレアは眉を寄せた。
[いや、すまぬ。気にしないでくれ。我もよく解らぬのだ]
「そうか」
それなら仕方が無いと諦めて、シレアとヴァラオムはしばらく星空を眺めた。
──暗く、冷たい部屋で赤毛の女は男の前にひざまずく。
石を削って作られた空間は、ロウソクの灯りにゆらゆらと不安定に存在しているかのような錯覚を導き、その部屋には相変わらず不釣り合いとも思える絢爛たる玉座が男の
「どうして殺さないのです」
問いかけられて男は、カデット・ブルーの瞳を細めた。
「奴は俺と同じ。いざという時にその力を発揮しかねない」
女をしばらく見つめたあと、ささやくように発した。
「失礼ながら、奴があなたと同じ力を持っているかどうか、解らないのでは」
言ってすぐ、鋭い視線が女を射抜き、女はびくりと体を強ばらせた。苛つきを感じた女が萎縮すると、男はそれを和らげるように口角を緩めて右手を差し出した。
「余興だと思えばいい」
「御意に」
頭(こうべ)を下げたあと、立ち上がって部屋をあとにする。
四角くくり抜かれただけの窓から吹き込む風はもの悲しく甲高い音を鳴らし、月光が連なる岩山の姿を黒く塗り込んでいる。
「ククク」
女が去ったあと、男は揺らめく炎を見つめて嬉しそうに喉の奥から笑みを絞り出した。
肩に掛かる鈍い銀の髪は湿り気を帯びたように落ち着きを保ち、男の心の奥を隠すようにロウソクの灯りに照らされていた。
「シレア、楽しみだ」
小さく紡がれた言葉は石の壁に吸い込まれるように消え、男のこぼす笑みだけがその空間に不気味に響き渡った──
寝床に戻ったシレアは、天井を見つめて未だどことからとも知れない視線を感じていた。
それはまるで、「思い出せ」とでも言っているようにも思われ、どうにももどかしく苛立ちは増すばかりだ。
何を呼び覚まそうとしているのか、どうしてそこまで執着しているのか。解らない事ばかりで、シレアは眉間にしわを刻む。
「見えない相手と走りあいをしているようだ」
つぶやいて、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます