*やさしいひと

「あたしが? あんたたちの仲間?」

 神妙な面持ちで聞かされた内容にモルシャは顔をしかめる。シーフでコルコル族の自分が何かの役に立てるのか、はなはだ疑問でしかない。

 一人前のシーフになって戻ってきたと胸を張ってはみたものの、村のみんながそれを喜ばないのは知っている。

 解っているんだ。このなかでは自分が異質だということくらい。

 放浪者アウトローに憧れるのも、戦士に憧れるのも、どんなに熱く語ってもこの想いは誰にも伝わらない。

 でも、レキナだけは馬鹿にしないであたしの話を聞いてくれた。それが嬉しくて、大きくなったら絶対に旅に出るんだと決めていた。

 なのに、大人になるにつれてレキナはあたしの話をよくないと言うようになった。あんなに応援してくれていたのに、どうして?

 あたしは人間じゃないから、どんなにあがいても強い戦士にはなれない。けど、シーフならきっとなれる。そう思ってレキナが止めるのを聞かずに村を出た。

 初めて歩いた外の世界は魅力的で、残酷だった。そんな世界を旅している放浪者アウトローに、あたしはますます憧れた。

 師匠から一人前のお墨付きをもらって村には戻ってきたけど、すぐに旅に出る予定でいる。

 だって。ここは、あたしのいる場所じゃないから──

「何か兆候はないかね」

 ユラウスの問いかけに、レキナが記憶を辿る。

「最近になって、危険なモンスターが集落の周辺をうろつくようになりました」

「そうなの?」

 眉を寄せたモルシャにレキナが頷く。

 危険とは言っても肉食動物に毛が生えた程度の危険度なのだが、コルコル族にとっては大きな驚異だ。

「見張りを増やして対応していますが、畑も荒らされたりして困っているんです」

 なるほど、それで集落に近づいたときに沢山のコルコル族がいたのか。

「相手は、天候すらも操れる力を持っている可能性が高い」

 重々しくアレサが口を開くと、モルシャは険しい表情を浮かべた。

「それよりも──」

 モルシャは吊り上がった目でユラウスを見つめる。

「あなた、古の民なの? ホントにロデュウ?」

 甲高い声をあげてユラウスを見つめる彼女に、一同はがっくりと肩を落とした。彼女は遺跡など古いものが特に好きなようで、先の種族であるユラウスにいたく興味を示している。

「実感が湧かないのも無理はありませんね」

「彼女は鋭い勘を持っている。ある程度は我々の感情を察しているのだろう」

「そうでしょうか……」

「どのみち、焦ったところでどうにもならない。彼女は充分に肝が据わっている」

 シレアの言葉に、アレサは溜息を吐きつつモルシャを見つめた。他の大陸や種族についても知っているのは有り難いけれど、いざというとき彼女を守り通せる自信はない。

「あの、モルシャがその敵と戦うってことなんですか?」

 レキナは不安げに口を開いた。

「そういうことよね」

「君は、自分の立場を解っているのかい?」

 少しきつい口調に、モルシャはまた機嫌を悪くする。

「何が言いたいの」

「どんな敵かも解らないのに、彼らの仲間になるんだよ!? 僕たちが敵う相手だと思うのかい!?」

 声を荒げたレキナにユラウスたちは目を丸くした。しかし、モルシャはそんなレキナを意に介さず、面倒そうに耳をかく。

「あのねぇ……。ちゃんと聞いてた? どこにいても一緒なの」

「モルシャ、でもっ」

「どこにいたって、逃げ場なんか無いのよ」

 だったら、あたしは戦うわ。

「モルシャ!」

「ただ黙ってやられるのなんていやよ。戦える場所があるのなら、願ったりだわ」

 これほどに強い精神が宿っていようとは──その勇ましい姿に今までのコルコル族へのイメージを恥じ、改めて驚かされた。

「長らく生きておるが、コルコル族がここまで強かったとはのう」

「何よそれ? 失礼しちゃうわね」

「いやいや、すまぬ」

 ──そんな和やかな雰囲気から一変、重たい空気が辺りに充満する。

「なんです?」

 ユラウスたちだけでなく、モルシャまでもが身構えているのを見たレキナは首をかしげた。

「ひっ!?」

 しかしすぐ、眼前の空間が黒く染められていくのを目の当たりにして身をすくめた。

[そうまで我にたて突くのか。弱き者どもよ]

「ようやく敵のお出ましか」

 強気に発したアレサだが、浮かぶ黒い影に背筋は凍り付いていた。

「おぬしの目的はなんじゃ」

[この世は我に支配されるべき]

 カデット・ブルーの瞳だけが闇のなかで輝き、問いかけたユラウスを睨み付ける。

「何故だ」

[この世界はあまりにも曖昧に歩みを進めている]

 威圧的な瞳がシレアに向けられたとき、ほんの少しだが柔らかくなったようにも感じられた。

[我がそれを正し、この世界を上位に導く]

「そのために他者を傷つけるというのか!」

 それはあまりにも理不尽だとアレサは拳を強く握った。

[我が理想の前では意味を成さぬ]

「勝手な!」

 ヤオーツェは怯えながらも自身を奮い立たせて怒りを吐き捨てる。

[これ以上、我の前に立ちはだかるならば、覚悟しておくがいい]

 影は一度、脅すように大きく膨れあがったかと思うと、音もなく四散して消えた。

 一同は喉を詰まらせ、しばらく互いを見合った。そして、初めて目にした敵に吹き出た汗を拭う。

「なにあれ。今のが敵?」

「──の親玉じゃろうな」

 未だ夢から覚めやらぬモルシャに答える。とはいえ、ユラウスも冷静に答えているようでその実、手の震えは収まっていない。

「なんか、怖かった」

「皆、そうだ」

 ヤオーツェもアレサも微かに声が震えている。

「影だけであの威圧……。かなりの強敵だね」

 マノサクスもさすがに冷や汗を垂らし、苦笑いを浮かべた。本当に自分が何かの役に立てるのか、今更ながら考え直す。

「宣戦布告。でしょうかね」

「おそらくな」

 敵は確実に力を付けてきている。それがじわりじわりと感じ取れてユラウスたちは呆然と立ち尽くしていた。

 ところが、シレアだけは何事も無かったように消えた影を追うように、その場所を静かに見つめていた。



 ──気も休まることなく一夜が明け、ユラウスたちは次の行き先を話し合う。

「さて、どこに向かうかの」

「次の仲間は見えないのか」とシレア。

「生憎とな」

「オイラ、エナスケアに行きたい」

「あ、オレも!」

 ヤオーツェの希望にマノサクスも手を上げた。

「ふむ……。そうじゃな、それも良いじゃろう」

 次の仲間がどういった種族なのかは解らないのだから、とにかく行き先だけは決めておくにこしたことはない。

「あの」

 そこに、レキナが戸惑いながら現れてモルシャは溜息を漏らした。

「なに? まだ何かあるの」

 昔から気弱なのは相変わらずで呆れてしまう。

「その、無事でいて」

 おずおずとペンダントを差し出す。

「これ……」

 それは彼らコルコル族のお守りらしく、集落のあちこちに同じような彫刻が見受けられる。

 使われている木は香木だろうか、そこに彫られているドラゴンはコルコル族の守護神だ。

 本当なら三日はかかるシロモノなのに、急いで彫ったのかレキナの手にはあちこちに切り傷があった。

「手、大丈夫?」

「え。あ、うん」

 レキナは照れ笑いを浮かべて手を隠す。

「ばかね」

 レキナはいつも優しかった。喧嘩も、揉め事も嫌いで怒った顔を見た事が無い。だけど、自分が間違っていないと思うことは決してまげなかった。

「ありがとう。あなたも、みんなを守ってね」

 いつ敵が襲ってくるか解らない。でも、レキナなら大丈夫。長老の息子なんだもの。

「うん」

 二人は互いに手を握り、やるべきことをやろうと決意を新たに見つめ合った。



 ──旅の準備を済ませたユラウスたちは、集落の奥深くに立ち入る。雑木林を抜けた先に、コルコル族の魔術師メイジが住んでいるのだ。

 相変わらずの可愛い姿だが引きずるほどのローブを羽織り、その手にはそれぞれに長い杖を持ち神妙な面持ちでシレアたちを見上げた。

 首には宝石が下げられており、ルビーだったりサファイアだったりと様々だ。

 建物は他の家屋と変わらず丸太で造られているけれど、飾られているものは魔術的なものが多い。

 レキナが事前に話をつけてくれていたのか、メイジたちは無言で建物の裏手にある魔法円に案内した。

「行き先は?」

 ユラウスが尋ねる。

「私のいた村で構わないか」

 シレアの言葉に一同は怪訝な表情を浮かべた。

「村に魔法円があるのですか?」

 町ならまだ解るが、集落にあるのは珍しい。それほど魔法が盛んな村なのだろうか?

「旅に出る前に私が描いておいた」

 なるほどちゃっかりしているなと感心する。

「長老に会っておきたい」

「ぬしを拾ってきたという?」

「何か聞き出せるかもしれない」

 それにみんなは賛成し、魔法円に入る。思っていたよりも大きめの転送魔法円ポータルとはいえ、馬二頭にスワンプドラゴン一匹というのは、なかなかに窮屈だ。

 本来なら、行った事のある者にしか使えない転送の魔法だが、シレアとユラウス、そしてアレサの三人が同調することにより、なんとか可能となる。

 古の民がいることも少なからず助けにはなっているだろう。それでも、かなりの体力は消耗するが大陸間を渡ることを考えれば仕方がない。

「いってらっしゃい、モルシャ」

「ちょっと行ってぶっちめてくるから」

 ウインクしたあと、一同はゆっくりと消えていった。

「どうか、無事で──」

 モルシャは強い。だけど、無茶をすることがあるから、どうか。どうか、彼女を護ってください。

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