*もてなし

 ──その夜

「ホントにすいません」

「いやいや、気にせずともよい」

 謝るレキナにモルシャは申し訳ないと思う事もなく、木の上で機嫌を悪くしている。そんな彼女をよそに、ユラウスたちは歓迎のもてなしを受けていた。

 それぞれの前に差し出された料理からは、食欲をそそる香りが漂っている。野草の炒め物や彼らが育てて収穫した野菜のスープなど、こぢんまりとした食器に盛りつけられ、見栄え良く木の芽が飾られていた。

「これヒャノ? すげえ!」

 大皿で運ばれてきた料理にマノサクスが声を上げる。

「ほほう? 町ではあまり手に入らない淡水魚じゃな」

 巨大な魚の丸焼きを見やる。

「コルコル族の村の近くに大きな湖があるんだよ」

 工芸にでも使うのだろうか、鱗は綺麗さっぱりはぎ取られている。焦げた皮の色から推測するしかないが、元は綺麗な色をした魚だったのかもしれない。

 最長で二メートルにもなる銀色の淡水魚で、尾に近づくにつれて美しい虹色の鱗を持つ。その白身はほろほろとして塩焼きが主な食べ方だ。

 気性は荒く、激しく暴れるので釣り上げるのはなかなか難しい魚なのだが、客人をもてなす時には数人かがりで捕りに行く。

「とても美味しいですよ。是非、食べてください」

「かたじけない」

「オレ、これ大好き!」

 リャシュカ族とは交流が盛んなためか、コルコル族の子どもたちはみんなマノサクスの周りで遊んでいる。

 彼はそれに怒るでもなく、一緒になって遊んでいた。幼なじみだというセルナクスとはまったく逆の性格に、二人が仲良しだという事がおかしくもあり納得もした。

 シレアはここに到着するまでのあいだに、セルナクスが話してくれたことを思い起こす。

「オレは、あいつみたいに強くないから」

 それは腕前という意味ではなく、精神という意味で語ったのだろう。敵を目の前にして逃げるということではなく、日常における厳しさを意味していた。

 セルナクスは弓に長けている。空中の大陸において、弓を扱える者は衛兵としてとても重宝される。

 しかし彼の場合、性格に難があった。

「規則とか、苦手なんだ」

 規律を重んじる兵士には不向きなことを本人が一番、理解していた。

 どうして一緒に近衛にならなかったのだと時折、不満を漏らすセルナクスに、この性格ばかりはどうしようもないからと繰り返す。

「ああ、オレはなんでこんなにだめなんだって思ってた」

 あいつみたいになれなくて、あいつにあんな顔をさせて──息巻いて近衛になったって、あいつに迷惑かけるのは目に見えている。

「あいつは、オレの誇りだよ」

 いつか、嫌われるかもしれないけど。あいつの期待に添えないのだからそれは仕方がない。

「正直さ、あんたたちの仲間だって聞いて、少し嬉しかったのもあるんだ」

 オレにも何か出来る。オレも、なにかの役に立てるものがあった。

 マノサクスは早々に、評議会からの命令をユラウスたちに暴露して彼らを呆れさせた。隠し事が嫌いだからという訳ではなく、そのつもりだからよろしくねということらしい。

 なんとも温厚で憎めない。それが彼の特性なのだろう。



 ──楽しい晩餐を終え、レキナが食後の酒と飲み物を一同に振る舞う。

「確か、コルコル族には魔術師メイジがおったな」

 酒を口に含み、美味いなと顔をほころばせて問いかける。

 コルコル族の魔法は儀式めいたものが多いため、人間の魔法使いウィザートとは区別される。

 魔法においても、この大陸の平穏な環境と、彼らの温厚な性格が如実に表れている。

「はい。何人かはいます」

転送魔法円ポータルもあるじゃろう」

「もちろんあります。我々には使えませんが」

「なんで?」

 コルコル族に慣れてきたヤオーツェは首をかしげた。

「転送の魔法は、双方の場所を見聞きしていないと無理なんじゃよ」

「我々は他の大陸に行ったことが無いので──」

放浪者アウトローはいないの?」

「コルコル族はあまり旅をしないんじゃ」

「ふ~ん」

「幸い、我々の三人が魔法を使える。それだけいれば、全員を連れてエナスケアに戻れるわい」

「シレアが使った魔法は? ここまでひとっ飛びだったじゃん」

「馬鹿を言うでない。あれは運が良かっただけじゃ。そもそも、あれは重さを操るもので移動の魔法ではない」

「制御もまだのようでしたしね」

 ちくりとした視線がシレアに向けられる。つい好奇心で使ってしまった手前、何も言えない。

 運良くコルレアスに飛ばされたとはいえ、次はどうなるか解らない。多用するのは控えた方がよさそうだ。

「もう発たれるのですか?」

「うむ、ちと急ぎの用があっての」

「そうですか……。旅のお話が聞けると、みんな楽しみにしていたのですが」

「すまんのう」

「そんなに急ぐって、どんな用事?」

 モルシャは身を乗り出して尋ねた。

「それは言えん」

「なんか変なのよね、あんたたち」

 意外と勘が良い。シーフとしては優秀だ。

「種族がバラバラ過ぎるのよねえ」

 長年の仲にはほど遠い一同の距離感を実に見事に感じている。

「なんか隠してるわよね?」

「なんの事じゃ」

 ばれそうでいてもこちらは隠し通す他は無い。

「それは?」

 ユラウスは、鋭く睨みつけるモルシャの胸元に光るものを見つけて思わず問いかけた。

「これ? 一人前になった時に師匠がくれたの」

 何かの金属で出来た星形のペンダントを示す。銀色をしたそれには細かな文字が刻まれているが、かすれて何と記されているかは解らない。

「これがどうしたの?」

「ああ、いや。珍しいものだと思っての」

 ユラウスの表情にアレサたちはピンと来た。彼女が仲間だ。

「とにかく、特には無いんじゃよ。怪しいと言われてもどうしようないわい」

「ユラウス」

 シレアに振り返る。

「驚異は確実に迫っている。我々が対抗せざるを得ない流れにあるというだけで、知らされない事が良しという訳ではないだろう」

「ユラウス殿、彼の意見は正しい」

 黙っていようとみんなで決めてはいたものの、そうすることに躊躇いがなかった訳じゃない。

 対抗出来る機会があったのに、知らされなかったことでただ荒れ狂う嵐のなかでもがくしかなくなってしまう。本当にそれでいいのだろうか。

 ユラウスはしばらくシレアと見合ったあと、長い溜息を吐いて彼女を見据えた。

「モルシャと申したか。これから話す事は事実じゃ。信じるかどうかは、おぬしが決めればよい」

 前置きに念を押し、ゆっくりと語り始めた──

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