◆第八章-暗闇からの影-

*天空の大陸

 ──寒々とした荒野にそびえる岩山の中腹に、石造りの建物が粛然しゅくぜんと佇んでいた。

 冷たい岩を削って造られた壁に違和感を覚えるほど、その部屋には見事な玉座が窓を背にして置かれている。

 壁に灯された明かりは部屋の全てを照らすこともなく、無骨にくり抜かれた窓から滑り込む風が小さな炎を揺らしていた。

 金銀細工に宝石の散りばめられた玉座に腰をかけている男の顔は、薄暗い中ではハッキリと確認する事は出来ない。

 その男を讃えるものなのか、玉座が映えるようになのか、石畳に敷かれた毛足の長い真紅の絨毯にぼやけた影が揺らめく。

「失敗したか」

 低く、くぐもった声が薄暗い空間に響いた。男は、重厚な鎧をまとっている訳でもなく、かといってみすぼらしい身なりということもない。

 その存在感に相応しいとでも言うのか、どこか闇を思わせる風合いだ。

 そんな男の前には、無言でひざまずく三つの人影があった。同様に、薄暗い中では性別の判別は出来そうにない。

 男は氷河を思わせる青い瞳を眼前の一人に向け、肘をかけたままの手を軽く振る。その影は頭を小さく下げて立ち上がり、音もなく部屋から出て行った。

「さて、今度はどう出るか」

 嬉しそうに目を細め、背後にある外の風景にやや頭を傾ける。

 深淵に浮かぶ月は、全ての光を飲み込んで輝いていた──揺らめくたまが照らし出すのはこの世の欲望か、はたまた希望か絶望か。

 絞り出すように漏れる男の笑みは、暗闇の先に吸い込まれて消えていく。


 ──夕暮れ時のギュネシア大陸は、あかね色に染まっていた。かすれた雲はこれから訪れる夜を告げるように、映し出す色を変化させながら流れていく。

 ユラウスは、背後の足音に溜息を漏らして振り返る。

「本当について来る気かの」

「あたりまえだろ」

 六本足のトカゲにまたがるヤオーツェは鼻息荒く応えた。

 緑がかった褐色の肌をした六本足のトカゲは、スワンプドラゴンと呼ばれるモンスターだ。主に湿地帯に生息するドラゴンの眷属だが、知能は低く凶暴性もさほどない。

 僅かに飛び出た翼は、遙か昔には空を飛んでいた名残りだろう。すらりとしている割には俊敏とは言えず、性格は図太く植物以外に虫も食べる。

 人によく馴れるので、こうして乗り物としても利用している。ギュネシア大陸には馬が少なくそのため、リザードマンたちは代わりにスワンプドラゴンに乗っている。

「仕方がないのう。話すか?」

 思えば、あの騒動で長老たちにヤオーツェのことを話すのをすっかり忘れていた。それに気付いて説明に戻るかと思案していたところに、ヤオーツェがシレアたちを追いかけてきた。

 ついてきたのなら、本人に話すべきだろう。

「なになに?」

「実はの──」

 そのとき、大きな生物のはばたく音に一同は振り返る。眼前に舞い降りてきたのは、二匹のワイバーンと翼のある三人の人間だった。

「リャシュカ族? 何故こんなところに」

 アレサは眉を寄せてその様子を眺めた。

 有翼人リャシュカ族──天空大陸ウェサシスカに住む、翼を持つ長身の種族だ。「知識の宝庫」と呼ばれる天空に浮かぶ大陸には、あらゆる英知が集められている。

 彼らは下界にはあまり降りてこない。浮遊大陸は北半球を主に巡っており、南半球では年に数度ほど見かける程度だ。

「この中にシレアと言う者はいるか」

 一人のリャシュカ族が一歩、前に出て問いかけるとシレアは静かにカルクカンから降りた。

「おまえがシレアか」

 青年の前に立ち、その男はブラウンの翼を折りたたんで周りの気配に気を配るように赤い目を少し泳がせる。

 肩までのダークグレーの髪が湿気を帯びているように落ち着いていた。

「俺はセルナクス。評議会のめいでおまえを連れに来た」

 腰には剣がげられている。どうやら剣士のようだ。他のリャシュカ族は空の狩人に相応しく、弓を装備している。

「なんじゃと? なんだって評議会がシレアを」

「俺も詳しくは聞いていない。理由は評議会で聞け」

 発して、後ろの連中に軽く手を挙げ合図するとワイバーンを引っ張ってきた。どうやら仲間の同行が許されているらしい。

 馬をつなげる準備をしていると、シレアはカルクカンを草原に離した。ソーズワースは一度、シレアに振り返って戸惑うこともなく駆けていく。

「連れていかないのか」

「ああ」

 セルナクスの問いかけにそう応え、ワイバーンを見上げて体をさする。

[グルルル]

 ワイバーンは気持ちよさそうに喉を鳴らし、頭を下げてシレアの胸にすり寄せた。いくら調教されているとはいえ、まるで慣れ親しんだ主人のように振る舞うワイバーンに一同は驚きの表情を見せる。

 ──二頭の馬とスワンプドラゴンを革紐で固定し、ワイバーンのくらに接続した。二人のリャシュカ族が手綱たづなを握り、その背にシレアたちがそれぞれ乗ると翼竜は大きくはばたき、ゆっくりと舞い上がる。

 セルナクスも翼をははだかせて空へ──しばらくして、雄大な大地が眼下に広がった。

「ほほう。こいつは絶景じゃわい」

「風に気をつけろ」

 上空の風は穏やかとはいかない。突然の突風にワイバーンが煽られることがある。目指すウェサシスカは雲の上にあり、とうぶんは空の旅となる。

 空は近く、大地は遠い──シレアはその光景に目を細めた。

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