*天空の城

 ──しばらくは楽しく空の旅を満喫していた一同も、なかなか見えない目的地に暇を持て余す。そのとき前方に、浮遊する影を視界に捉えた。

「お? ようやくか」

 空中にぽつんと浮かんでいた小さな黒い影は近づくにつれて大きくなり、地響きのような音が聞こえるのではないかと思うほど目の前に広がった。

 空に浮かぶ大地──天空大陸ウェサシスカだ。

「でけえ~!」

「相も変わらず。でかいのう」

 ウェサシスカは、要石かなめいしという浮遊石で上空に浮いている状態だ。大陸の四方に建てられたモノリスが中央の城にある要石と共鳴を起こし、この巨大な大地を安定させている。

 雲は大陸の下にあり、嵐の心配もない。気をつけるのは時折、発生する稲妻くらいだろうか。雲から上に伸びる稲妻は驚異の一つだ。

 おおよそひし形をした雄大な浮遊大陸は、風任せで空を移動していく。シレアは、いくつかの監視塔を確認するようにそれぞれを一瞥し、近づく大地を見つめた。

 中央にそびえる城と、その周囲に点在する施設や街の家々は、建てられた年代を表すように様々な様式で造られている。

 白い壁で塗り固められた城の脇には、巨大な樹がさらに天を目指すように青々とした葉を茂らせている。

 点在する雑木林と、小さな森から聞こえてくる鳥の声は大陸が平穏なのだと示しているようだ。



 ──着陸する予定の場所には、幾人かの人影が見える。先にセルナクスが降り立ち、続いてワイバーンが地に足を付ける。

「久しいのう」

 懐かしむように、遠方に見える城に視線を向けた。

「ユラウス殿は以前、訪れたことがおありか」

 無表情にアレサが訪ねると、彼は口元を緩めてあごをさする。

「うむ。かれこれ千五百年ほど昔になるかの。あの頃と比べると、かなり変わっておるようじゃが」

 ウェサシスカがいつから空にあるのかは定かではない。元々は古の民がいたとも言われている。

 そのため、モノリスがどのような構造で、どのように要石と共鳴しウェサシスカを浮遊させているのか、今となっては誰一人として知るよしもない。

「こちらへ」

「どこに行くんじゃ?」

「もちろん、あそこに」

 セルナクスが示した先は、大陸の中央にそびえる城──ウェサシスカの中心を担う、評議会が行われる場所だ。

「遠いね」

「もちろん馬車で行く」

 城までの通りは広く、赤い石畳が敷かれている。いくつも枝分かれしている道には木製の標識が建てられ、様々な種族が行き交っていた。

 とはいえ、ほとんどがリャシュカ族とエルフだ。

 知識を得たい者はここで学ぶためにまず、評議会の長に許可をもらうため常に開かれている巨大な城の門をくぐる。

 学ぶための施設は城を取り囲むようにして建てられていて、誰でも自由に出入りが可能だ。

「空中に存在しているからこそ、ウェサシスカは太古から常に中立に位置してきた」

 天蓋てんがいのない馬車を選び、目的地に向かう道すがらセルナクスは誇らしげに語った。

「近くで見ると本当にでっかい木だな~」

「これは学識の木と呼ばれておる」

 城を覆うように立つ巨大な木は樹齢、数万年と言われているほど、角度によっては城がまるまる隠れてしまうほど高く大きい。

 門をくぐってしばらく進むと、城を背に丸い噴水が見えてくる。ロータリーになっており、大きな城の重厚な扉の前に馬車は止まった。

 こうして城を目の前にすると、その荘厳なまでの建造物を見上げて思わず口が開く。

 屋根や壁は積み重ねられた年月を語るように薄汚れているが、それが返って城の価値を高めているようにも感じられた。

 開かれた扉の両側に槍を持ったリャシュカ族の衛兵が立ち、シレアたちを一瞥してセルナクスに目配せをする。

 彼も同じく目で応え、ユラウスたちを中に促した。

「何が起ころうとも、ウェサシスカは揺るがない」

 自信に満ちた声は、踏み入れたエントランスに低く響いた。白い大理石の床は磨き上げられ、広い空間には多くの人々が行き交っている。

 城内には特別な書物が収められているため、それらを閲覧したい者が多く訪れている。

 高い天井に吊された大きなシャンデリアと、壁際に並べられた燭台が飾られている美しい絵画を映し出す。

 エントランス中央には、数百本の蝋燭を連ねた巨大な燭台を飾るように敷かれた、金糸の縁取りがされている四角い真紅の絨毯を照らす。

 両側に広がる、上へと続く階段には鮮やかな赤い絨毯が敷かれ、ここが特別な場所なのだと自然に理解出来た。

「二階は知識の間で、多くの書物が並べられておったか。三階は要石の間だったはずじゃ」

 城に保管されている書物はかなり古いものが多く他の施設にあるものとは違い、読むには許可が必要となっている。

「よくご存じであられる」

 壁や柱には彫刻も数多く見られ、複雑で多様性に富んだ見事な造りを眺めつつセルナクスのあとに続き階段を上る。

 ──書物を読みあさる多くの影を遠巻きに見つめてさらに上へと進む。

 階段を上りきった先にたどり着いた二枚扉を見上げたセルナクスが両手に力を込めると、それは何の抵抗もなく静かに開いていく。

 申し訳程度に灯されている蝋燭の炎は室内をほとんど照らすこともなく。そんな薄暗い部屋の中央には、しずく型の巨石が淡く青白い光を発して浮遊していた。

「要石じゃ」

 その不思議な光に、誰もが言葉を失う。手に触れなくとも微かに伝わる脈動は、心を落ち着かせる響きだ。

 左から右に曲線を描くように造られた階段の中央辺りに要石へと続く踊り場があり、そこから要石に接近できる。

 要石を横目にしてさらに上を目指し、突き当たった扉を開くと広い通路が一同を迎える。赤い絨毯の敷かれた通路を進むと、再び大きな扉が見えてきた。

粗相そそうの無きように」

 セルナクスは神妙に発し、赤と青で彩られた金箔の扉を重々しく押し開く。

「ワオ! すげえ~」

 ヤオーツェが口笛を鳴らすと、セルナクスは戒めるように睨みを利かせた。壁一面に収められている書物は、ウェサシスカで最も貴重なものなのだろう。

 禁書もあるのだろうか、鎖で厳重に保管されている書物もある。

「なんと素晴らしい」

「評議会の会議室としても使用される場所だ」

 無表情に口を開いたエルフに応える。

 ウェサシスカの全てを担う機関、「評議会」──よわいを重ねたリャシュカ族の数十人からなり、最終的な決定権は評議長である、現在はレイノムスが勤めている。

 部屋の中央には五角形のテーブルと上座には一際、豪華な椅子が設置され、そこに一人のリャシュカ族が腰掛けていた。

 五十代ほどの男性の背中には折りたたまれた立派なブラウンの翼があり、その両脇には護衛だろうか武器を携えたリャシュカ族が二人立っている。

 中老の男性は近づいてくるシレアたちを見やると、ゆっくりと立ち上がり小さく会釈した。

「ご足労をかけて申し訳ござらぬ」

「構わない」

 それだけ発した青年を席に促し、一同が腰を掛けたことを確認する。

「シレアというのは、そなたか」

「用件は」

 険があるでもなく尋ねたシレアに、レイノムスは物々しい面持ちを向けた。

「実は、魔導師たちの先詠みで貴殿が危険な人物だと出たのだ」

 その言葉にユラウスたちはざわめく。

「シレアが? どういった内容が出たのですか」

 アレサの問いかけにレイノムスは溜息混じりに首を振る。

「明確には記されなかったそうだ。しかし、先詠みが出た以上、調べない訳にはいかぬ」

 魔導師とは、ウェサシスカの魔導的部分を支えている特殊な種族だ。北の大陸に住み、魔法力に長けた者のみがウェサシスカに招かれる。

 外見はエルフと酷似しているが、背丈は低く浅黒い肌をしている。遠い昔に、極寒の地に移り住んだエルフの末裔だとも伝えられている。

 さして関心も無いように反応を示さないシレア本人を見つめ、少し戸惑いつつ話を続ける。

「貴殿を調べさせてもらいたい」

「好きにするといい」

 やはり、落ち着いた口調で応えられ眉を寄せる。ひとまずの確認に、セルナクスに視線を移した。

「彼らに部屋を」

「解りました」

「順番が逆になてしまったが、ようこそウェサシスカへ」

 レイノムスはゆっくりと立ち上がり、歓迎するように両手を広げた。

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