*遠き景色
「うヌう」
いくら探してもヤオーツェは見つからず、リュオシャルは集落で気をもんでいた。ふと、遠方に見慣れた影が見えて駆け寄る。
「ヤオーツェ!? 無事だっタのだな!」
「リュオシャル」
ヤオーツェは笑顔で駆け寄る仲間に、そんなに心配してくれていたのかと驚いた。
「よクぞ、無事でイてくレた」
安堵してシレアに視線を移す。しかし、その後ろに見えた姿に素早くヤオーツェを背中に回し剣の柄を握った。
「ガビアリアン!? 何故キサマが!」
「ま、待って! ケジャナルは敵じゃないよ」
「下がってイろ」
慌ててあいだに入ってきたヤオーツェを下がらせようとするが、一向に従わない彼に戸惑う。
何よりも、リザードマンの集落に足を踏み入れたガビアリアンは剣も抜かず、柄にも手を添えずに落ち着いた様子で立っている事に目を丸くした。
「私はケジャナル。ガビアリアンの戦士ダ」
「そのキサマが、何をしに来タ」
「少し落ち着け」
確かに、いかに強い戦士といえど、これだけのリザードマンに囲まれては勝ち目は無い。シレアの言葉に、リザードマンたちはようやく冷静を取り戻した。
「リュオシャル! オイラたちは仲良くなれるんだよ。いつまでも昔のことにこだわってないで、話し合おうよ」
「ヤオーツェ。しカし」
「オイラは人間に育てられた。嫌なやつもいたけど、育ててくれた人間はいい人だったよ。みんながみんな悪い訳じゃないんだよ!」
外側にいたからこその言葉は、リュオシャルの心をいくばくか波打たせる。ガビアリアンが何をしてきたか、ヤオーツェが知らないはずはない。
「オイラ、とーちゃんとかーちゃんと、ずっといたかった。ここに置いてけぼりにされたとき、捨てられたのかと思った」
でも、かーちゃんは同じ仲間といた方がいいって、泣きながらオイラを抱きしめるんだ。遠ざかる背中をどんなにか追いかけたかっただろう。
すでに人間の文化に馴染んでいたヤオーツェには、リザードマンたちの文化や表情が理解できなかった。
「オイラは、みんなが怖かったんだ」
ヤオーツェにとっては、同じ種族である仲間が警戒する対象だった。
「みんな、話がわからない人たちじゃないのに」
怖がって踏み出さず、自らの殻に閉じこもり溶け込もうとしなかった己の愚かさに奥歯を噛みしめる。
ケジャナルの決断を知って、ここまで来るあいだにヤオーツェは多くの事を考えた。
彼女の勇気はどこからくるのだろうか。それは、変化を求めた結果に他ならない。変化を怖がっていた自分は、なんと馬鹿なのだろうと思わずにはいられなかった。
自分のことを他人任せにするばかりじゃあ、どうにもならないことだってある。
「私たちガ侵してシまった過ちは消えなイ。しかし、我々は変われたのダ」
すぐに信じろというのは無理なことくらい、解っている。
「忘れてクれとも言えなイ。シかし、一歩ずつデも、歩み寄れタらと思う」
過去の凄惨な出来事があればこそいま、このときが大切なのだと理解できる。
リュオシャルは、静かに語ったケジャナルと、それを見つめるヤオーツェを見やる。
「そうダな。人は変われるとイうことを、身をモって知ったのダから」
初めて目にしたヤオーツェの強い眼差しに、自分も変わらなければならないときが来たのだとケジャナルに向き直った。
──落ち着きを取り戻した集落に、シレアたちも安心して旅を再開することにした。
「我々はこれにて」
「うム。旅の無事を祈ル」
「そちらもな」
これから長老とケジャナルを会わせて話し合うのだそうだ。
やらなければならないことは山ほどある。大変だが、やり甲斐があるとリュオシャルは彼女を一瞥し胸を張った。
「シレア」
「ん?」
「あ、あの魔法、すごかったよ!」
目を輝かせて発したヤオーツェにシレアは小さく微笑んだ。遠ざかっていく三人の後ろ姿が育ててくれた
「行っても良イのだぞ」
「えっ!?」
ふいにかけられた言葉に振り返ると、ケジャナルとリュオシャルが並んで見下ろしていた。
それはまるで昔からの仲良しのように、それが当然であるかのように違和感もなく並んでいた。
「な、なに言ってるんだよ。オイラは──」
「お前はアウトローに育テられタ。五歳までだっタとはイえ、そレが今のお前を作り出しタ」
リザードマンの成長は人間と比べると数年ほど速い。青年期が長く、老年期は短い。ヤオーツェの人格を固めるには、充分な年月だったろう。
「お前の目は、イつも外に向けらレてイた」
知っていたのだ。知っていて、知らないふりをしていた。
「リュオシャル」
覚えているのは大きな手──いつも頭をなでてくれたゴツゴツした手だった。とーちゃんも、かーちゃんも、綺麗な服は着ていなかったけど、笑顔は綺麗だった。
彼らと会うことは二度とないだろう。もし会えたなら、ありがとうと伝えたい。
「本当なラ、人間を憎んでもおカしくはなイというのに」
「そんなの、無理だよ」
ヤオーツェが生まれた集落がどこかは解らない。まだ赤子だったとき、人間によって連れ去られた。
見世物小屋に売られ、そこで見世物にされていた。それを見た
ヤオーツェを連れて旅を続けていたアウトローだったが、彼らが旅をしていた理由はヤオーツェをリザードマンたちの元に戻すことだった。
歳を取っていた彼らは、ヤオーツェをリザードマンたちの元に帰したあと、どこかに腰を下ろすと言って去って行った。
過酷な旅を続けることは難しい。リザードマンに人間の年齢は解らないものの、とうに五十は超えていたのだろう。
「彼らト共に行きたいのデしょう? 感情の赴くままに行動すルとイい」
彼らは身体能力からいっても戦士向きで、小難しいことは苦手だからだ。
「オイラがいなくなったら、種族同士の架け橋は?」
詰まりながら発した言葉にリュオシャルが鼻を鳴らした。
「フン、我が輩を誰ダと思ってイる。お前が架けてくれタ橋をむざむざ壊すモのか」
本当かなあ……。リュオシャルはときどき、勘違いで突っ走るところがあるんだけど。
「待ってイる。お前ガ成長し、戻ってくる日を」
そう言ってリュオシャルに向けた瞳を見て、ヤオーツェは少し寂しくなった。彼女の瞳はもう自分ではなく、目の前の屈強な戦士に向けられている。
戦士同士、どこか通じ合うところがあるのかもしれない。二人のあいだには、すでに見えない絆が生まれているようだった。
女性が持つ庇護欲に、ヤオーツェはそれが愛情だと思い違いをしていた。しかし、ヤオーツェは確かに彼女に恋をしていた。
守ってくれる相手に憧れを抱くのは、至極当然なことだ。
二人を見ていると、色々考えている自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。案外、すんなりと仲良くなっていくんじゃないだろうか。
楽観的な見方に苦笑いが浮かぶ。それでも、やはり二人を見ていればそんな考えにもなる。
二つの種族が肩を並べて笑い合う姿は、それほど遠い景色でもない気がする。
「帰ってきたら子供が出来てたりして」
「何か言っタか」
「なんでもない! じゃあ行くよ」
留まるか、旅をするかを秤に掛けたとき、シレアたちと共にある自分の姿がしっくりときた。問題は、追い返されないかだ。
「お前ガ無事であルように」
ケジャナルは腰に
「ありがとう」
もう一度二人を見上げて、もっと強くなって戻ってくると心に誓った。
「うま、もらっていくね!」
強ばる声を張り上げて、厩舎に駆けていくその背中を二人は見つめた。別れは哀しいけれど、やりたいことを止めることはもっと苦しい。
「あの子には、コこは窮屈ダ」
「彼の瞳は、いつも私を通り過ぎてイた」
願わくば良い旅路であるように──空を見上げて、ヤオーツェの無事を祈った。
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