*手がかりを追って

 ──朝

「すまぬ!」

「構わない」

 平謝りするユラウスに、シレアはいつものことだと許した。

「よもや寝てしまうとは。なんたる不覚」

 悔しそうに発するが、彼が寝ることは予想がついていた。一度、馴染んだ生活習慣はそう簡単に抜けるものじゃない。

 ユラウスが早く旅慣れすることを祈りつつ、旅の再開のためカルクカンに荷物を積んでいく。

「このまま北に進めば、小さな集落があるとのことです」

 アレサは港町で聞いた話をもとに北を指す。

 リザードマンは大きな街は作らず、小さな集落に別れて暮らしている。エルフや人間のように平原や海沿い川沿い、山岳地にと広く散らばっている。

 大きく違うのは、住んでいる場所によって外見が異なるところだろう。港町にはあちこちのリザードマンたちが集まるため、多くの特徴を見ることができた。

 エルフとリザードマンはこれまで相容れない存在だったため、アレサにとって彼らの外見はかなり衝撃的だったようだ。

「あれはトゲトカゲ。こちらはウロコトカゲ」

「これこれ、失礼なことを言うでない」

 港町でアレサのつぶやきにユラウスが呆れながらも軽く戒めていた。男女の違いは、同じく胸の膨らみなどで確認が可能だ。

 そして人間やエルフと変わらず、女性は着飾っている。

 ──そうこうしているうちに集落が見えてきた。丸太を地面に突き刺した囲いはモンスターや危険な獣避けだろう。

 簡単な木造家屋に獣の皮で出来たテント、おそらく名のある家なのかレンガ造りのものもある。

 ふと、木彫りの人形らしきものが軒下につり下げられている家があった。この土地、特有の風習なのだろうか。

「死者の霊を鎮めるものじゃよ」

 不思議そうに眺めているアレサに答える。この集落では、死者の霊を弔うのに人形ひとがたが用いられる。

 彼らの伝承では死者は死んだのち、しばらく現世に留まる。そのあいだに大切な者の不運を払う。

 それから百日後に天国に向かい、そこで魂の秤に掛けられて行き先が決まるとされている。

 そのまま天で暮らすか、再び現世に生まれ変わるか、地獄に墜とされるか。そのなかでも細かく道は分かれているが、大体はそういったところだ。

「確か、魂をはかりに掛ける神がおったな」

「良識の神メジャナウ。溢れた水の量で魂の行き先を決める水先案内人だ」

 魂の乗る土台の下には水があり、乗って溢れた水の量で魂の重さが決められる。

 彼らは火葬でも埋葬でもなく、そのまま放置され自然に還っていく。いわゆる風葬というものだ。

 そのため、彼らに墓はない。その代わり、家族や大切な者を護るために死者の魂の一部が入り込むとされる人形が軒先のきさきに吊される。

 そういったことから、人形が吊されている家には不幸があったのだと解る。

「止まれイ!」

 集落を突っ切るように歩いていた三人の馬の前に、一人のリザードマンが立ちふさがった。

「貴殿たちは、いかようでココに来た」

 戦士だろうか片手には槍を持ち、オレンジの瞳は勇ましい。肌には微かな凹凸があり、その色は艶のない青みがかった緑色をしている。

 ソーズワースの肌よりもやや濃いめの緑だ。

「旅の途中だ」

「名はなんとイう」

「わしはユラウス」

「わたしはマシアスの息子にしてアザレアの子、アレサ」

「シレア」

 ぶっきらぼうだがけんのない物言いでさらりと名乗った人間に、リザードマンは少し驚いた。

 まじまじと眺めて、腰に提げた剣から剣士なのだろうと窺える。しかし、あまりもの軽装に魔法もかじっているのだろうかと推測していた。

「失礼シタ。我が輩はリュオシャル。我らの守護神である偉大なドラゴン、リュオシュから名付けられタ」

 自慢であろう長い尾をゆっくりと揺らし、小さく頭を下げた。彼の服装は人間ほど厚着でもなく、その強靱な肌ゆえの軽装であるのだろう。

 厚着はバランスをとるための尾の邪魔にもなる。

「何モない所であルが、のんびりとされヨ」

 リュオシャルが手で先を示すと、他のリザードマンたちが馬の手綱に手をかけ厩へと連れて行く。

「小さイ集落ゆえ許されヨ」

「もてなしに感謝する」

 シレアが返すと、リュオシャルは彼を一瞥し口の端を吊り上げたように見えた。

「彼は雄じゃな」

 耳打ちするユラウスに、シレアは若干の睨みを利かせた。

 案内された先は長老の家のようで、他の建物と違い一際ひときわ大きく、柱には威厳のある彫刻が施されていた。

「何かあるのですかな?」

「こちらの所用ダ。気にナされるな」

 ユラウスが問いかけると、彼はそう言って扉を叩く。彼が気づいたように、集落は少し慌ただしかった。

「客人をお連れしましタ」

 ドアを開き、中にいた人物に会釈する。

「うむ。入られヨ」

 少し、しわがれた声のリザードマンが白い髭をなでながら三人を一瞥していく。中心に暖炉が置かれ、その周りに敷かれている毛皮に一同は腰を落とす。

 壁には見事なタペストリーが飾られ、集落が長く続いている事を示していた。少々、室内が暑いようにも思われるが人間と変わりない生活のようだ。

「ほほウ……? 人間ガこの集落に訪れるのハいつ振リか」

「ユラウス殿、アレサ殿、シレア殿です。こちらは長老のリュクシェル」

 リュオシャルが丁寧に手で示しながら紹介した。

「よクぞ来らレた」

 たどたどしい人語でニコリと微笑む。おおらかな性格に見合った首飾りは、色とりどりの鳥の羽と金や銀を薄くのばし楕円形にした板をつなげて作られている。

「訊ねたいことがある」

 シレアは一切を包まない物言いで長老を見据えた。ここにきてもこの態度とはと、リュオシャルは驚かされてばかりいる。

「シレアと申しタか」

 赤茶けた肌をさすり、ゆっくりとした口調で確認するように見やった。

「あなたが人間を見たのはいつだろうか。この集落にいる者にも訊ねたい」

「長老ハあまり外にお出にならなイ。集落の者ならば、最近でも放浪者(アウトロー)を見ているハズだ」

「二十四年前はどうだろう」

「そのようナ前に何カあるのかナ?」

「己の何たるかを探している」

 シレアの言葉に反応を示し、その瞳を見つめる。しばらくの沈黙ののち、長老は小さく溜息を吐き出した。

「記憶を辿ってハみタが……。赤子の記憶は無いよウじゃ。三十年ほど前ニ、人間の錬金術師が訪れタくらいカのう」

「錬金術師?」

 シレアは多少の残念さを見せつつ、錬金術師が何の用でこんな所にまで足を運んだのだろうかと怪訝な表情を浮かべた。

「あまり愛想がよいとは言えぬ者であっタが。今宵は楽しんでいカれるガ良い」

「かたじけない」

 ユラウスが深々と頭を下げると、もてなしの料理が運ばれてきた。

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