◆第七章-橋のあいだに-
*終わりに至らず
──長老のリュクシェルは食事のあいだじゅう、熱心に旅人の話に耳を傾けていた。
人間のこと、エルフのこと、それらは彼らにとってとても興味深く、身を乗り出すほど楽しげに聞き入っていた。
そうしてようやく解放されたユラウスたちは、やれやれと背を伸ばし宿に向かう。
「ふう、大変じゃったわい」
「シレアの話は興味深かった」
このなかで長く旅をしているのはシレアだけだったため、ほとんど彼が話をしていた。そのことに苦はなかったが、最も楽しんでいたのはアレサであることにシレアは苦笑いを浮かべる。
「それにしても、落ち着かんの」
見回りのリザードマンたちは感情のうかがい知れない顔立ちだが、ぴりぴりとした緊張感が肌に伝わってくる。
「ええ。尋ねても旅人には関係ないと言われてしまいますし」
「気にはなるな」
そのとき、
「ヤオーツェ! こんナ時間にドコに行く!」
声に振り向くと、一人のリザードマンが見回りの兵士に呼び止められていた。
「散歩だよ」
「家に入ってイろ」
「でも」
声からして男だろうか、兵士に目を合わせず、どこかよそよそしい。
「夜は危険ダ」
「わかったよ」
仕方なく家に戻ろうとしてふと、シレアたちと目が合った。
「おお、怖がらなくてよい。ただの旅人じゃ」
優しく発したユラウスに体を強ばらせて上目遣いに三人を一瞥する。しかしその態度は、異なる人種に対しての警戒とはまた違った感じがした。
その様子と身長に、
「まだ子どものようですね」
「子どもじゃない。オイラはもう十八歳だ」
他のリザードマンたちとは違い、明らかによどみのない人語を話している。
「失礼した。彼らから見れば、私も子どもと大差ない。許してやってくれ」
皮肉交じりのシレアの言葉にユラウスとアレサは肩をすくめた。そんな三人のやり取りに緊張も和らいだのか、ヤオーツェは体の力を抜く。
「なんでもないよ」
初めて会った人間に警戒するのは当然だろうと、ぶっきらぼうに答えて遠ざかる背中を見つめる。
「いカがなされタ」
未だ見分けがつかないが、おそらく声を掛けてきたのはリュオシャルだろう。彼も見回り役なのか、長い槍を手にしていた。
「随分と警戒しているようだが」
「近頃、ガビアリアンどモを集落の周辺で見かけルのダ」
リュオシャルはオレンジの瞳を険しくする。
「対立しておるのか?」
「今は休戦協定を結んでイる。しカし、いつそれが破られなイとも限らなイ」
あ奴らを信じられるほどには、我らはおめでたくはない。憎らしげにつぶやく。
「どういうことです?」
「種族間の対立だよ」
シレアは、過去の凄惨な出来事を聞き知った限りで思い起こす。
百年以上の昔──リザードマンとガビアリアンは大きな戦争を起こした。もちろん、遙か昔には人間とも対立していた訳だが、数十年前までこの二種族は小競り合いを繰り返していた。
ガビアリアンの容姿は攻撃的で、まさにガビアル──顔の細いワニといった面持ちの種族だ。
リザードマンよりも好戦的な性格をしており、事あるごとにガビアリアンから戦いを仕掛けられていた。社会というものを形成していなかった時代には、彼らはリザードマンを捕らえて食料にしていたとも言われる。
しかし数十年前に広範囲で大干ばつが起こり、それを機に休戦協定が結ばれ今に至るという訳である。
村はここ最近、そのガビアリアンの姿をよく見かけるようになり、見回りを増やして警戒していた。
リザードマンは人間やエルフよりも強靱な肉体ではあるけれど、ガビアリアンの硬い鱗状の肌には及ばず、武器の扱いも彼らほど上手くはない。
ガビアリアンとはまさに、戦いのために生まれた種族ともいえる。
唯一の救いなのは、その数が少ないことだろう。十数あるリザードマンの集落に比べれば、ガビアリアンの集落は一桁だ。
まとまれば根絶やしにすることは可能だが休戦協定を破り虐殺を行うことは、過去の歴史そのままではないか。
否、ガビアリアンにはまだ食料として殺していたという理由が少なからずあった。しかれど、脅威を取り除くためという理由は大義に見えて、ただの殺戮でしかない。
「我らはもう、争いタくはなイ」
多くの血が流れ、命が奪われるようなことはまっぴらだ。
「交流は無いのか」
「双方が必要とする資材や食材のみ交換してイる程度ダ。そレも役目が決まってイる」
シレアの問いかけに、それすらも断ちたいというのが正直な気持ちだとリュオシャルは舌打ちし、苦い表情を浮かべる。
「そういえば先ほどの、ヤオーツェといったか。彼はずいぶんと人語が上手いの」
「あイつは五歳まで人間に育てラれてイた」
「ほう?」
「そのせいで我らの言語を理解デキず、
仲間を思い遣る感情が彼の声から見て取れる。
いつまでもここの暮らしに馴染めないヤオーツェは一人でいる事が多く、長老も心配しているのだとか。
とても大人しい性格で頭は良く、いつも人間の本を読んでいる。
「あイつをふぬけと言う者もイるが、文字を読めぬ我が輩にはとテも出来ぬことダ」
「いじめられたりはしておらぬのか」
「そこマではなイ。そうとなれば我が輩が全力であいつを護る所存であル」
胸を張って発した彼に、一同は強い正義感とたくましさを感じた。
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