*警告

 ソルデラウスには六日ほどで到着する。見渡す限りの平原に黒い岩が点在し、生息する危険な生き物もあまりいない。

 ここで最も注意すべきは空のモンスターだ。数は少ないとはいえ、上からの攻撃は脅威である。平原には身を隠せる場所もない。

 それを思えば、エルフがいる事は心強い。

「何がそんなに不満なのじゃ」

 二人の後ろからゆっくりした足取りで続くシレアに眉を寄せた。

「違う」

「ならば、どうしてそんな難しい顔をしている」

「大気がざわついている」

 それを聞いた二人も空を見上げた。雲は厚く、気流は乱れているようだが、気にするほどでもないようにも思えた。

 旅慣れているシレアの勘なのだろうか。

「嫌な予感がする」

 口の中でつぶやき、一同はソルデラウスに向けて馬を走らせる。


 ──街に到着したユラウスたちは、その足で「渡し屋」の厩舎きゅうしゃに訪れたのだが、テイマーたちが神妙な面持ちで何やら話し合っていた。

「飛べない?」

「ああ、昨日から大気がかなり乱れていてね。これではいくらワイバーンといえども、人や馬を運ぶのは無理だ」

 赤と青の羽根飾りを左耳に付けた男が腕を組んで応える。

 幾度か試してはみたものの、やはり上空の気流は激しく乱れていて、まともには飛べない。

「シレアの予感が的中したな」

「わしらの行く手を阻むという事は、ギュネシア大陸に何かあるという事かのう」

「敵の方がまだ一歩進んでいる」

 唸るユラウスを一瞥しアレサがぽつりとつぶやいた。

「すまんの」

「それで、どうします」

「海路しかなさそうじゃな」

 アレサの問いかけに、ユラウスはいまひとつ納得のいかない表情を浮かべた。ここに来る前に転送屋の件も尋ねてはみたが、百年も前になくなったそうだ。

 因みに、特定の場所を一度だけ往復出来る「転送石てんそうせき」というものも存在する。

 ウィザードが石札タリスマンに魔法を込めるもので、富裕層向けの高価な品である。シレアたちの金をかき集めても買えるような代物ではない。

 生憎、この町には売っていないが、あったとしても買えはしない。

「ザラルカへは明日の朝、出発しよう」

 シレアたちは諦めて宿を探し始めた。


 ──宿も決まり、食事を済ませた一同は部屋で話し合う。

「敵の姿はまったくなのですか」

「うむ、未だに見えぬ。青い炎をまとった影としか」

 アレサの問いかけにユラウスは神妙に応えた。

「旅を進めればそのうち見えてくるだろう」

 しれっと言い放つ青年に二人は呆気あっけにとられる。

「呑気だのう。ぬしが最も関わっているというのに」

「実感が湧かないことに不安がっても仕方がない」

 肩をすくめるシレアに、それもそうかとユラウスとアレサはなんとなく納得する。自分たちだって関わっている事は確実だが正直、実感は湧かない。

「敵の姿がちらとでも見えれば、意識も変わるかもしれぬが」

「そうなると実感どころか、まともに対峙する事になるのではないですか?」

 困惑して見合う二人にシレアは笑みを浮かべる。

「先が解らない状態で何を考えられる」

 そう言われてしまってはどうしようもない。

「とにかく明日はザラルカだ」

 ユラウスが発し、一同は眠りに就いた。


 ──深夜、眠るシレアの夢に黒い影が現れる。

[貴様など、我の前では吹きすさぶ風にまかれる木の葉に等しい]

 青い炎をまとった大きな影が、小さなシレアに手を伸ばす。

「ならば何故、私の行く手を遮ろうとする」

 少しも臆さず応える青年にその影は、伸ばした手を止める。

「お前が何者で、何を成そうとしているのかすら解らぬ私を何故、恐れる」

[恐れてなどおらぬ]

「それは本心か」

 刹那、黒い影は渦を巻いてシレアを囲み、高らかに笑いながら消えていった。

「──っ!」

 シレアは、あまりの息苦しさに跳ね起きる。

「今のは……」

 額の汗を拭い、暗闇を見つめて溜息を吐く。どうやら、自分にだけ向けられたもののようだ。ユラウスたちは何事もなく静かな寝息を立てている。

 夢とはいえ、凍えるほどの青い炎は確かに強大な何かを感じさせた。

 シレアは微かに震える手を握り、ユラウスが恐怖していた訳を知る。あんなものに立ち向かおうというのだから、我ながら無茶をすると口角を吊り上げた。


 ──早朝、シレアたちは旅の準備を済ませて宿を出る。

「なんじゃと!? おぬしの夢に!?」

 歩きながら昨夜の夢を説明した。

「それでよくも平然としてられるものじゃな」

 ユラウスは、しれっと語る青年に呆れて目を丸くした。まさかシレアに直接、警告してくるとは、敵は本格的に動き出そうとしているのだろうか。

 港町ザラルカに向け、一同は馬を走らせる。空は暗く、灰色の雲が厚く敷き詰められ、旅の始まりを心重くした。

 ソルデラウスからザラルカまでは二日ほどかかる。

 一夜を平原で過ごし、昼過ぎには何事もなくザラルカに到着した。町を囲むように建てられた塀には船の絵が描かれ、さも港町らしい門構えがシレアたちを迎える。

 ソルデラウスには簡単な木造の門しかなく、町の大きさの違いが見て取れた。

 門をくぐると、活気ある声が響き渡っていた。三人は馬から降りて手綱を引き港に向かう。大勢の人間を初めて見るアレサの表情には、驚きと戸惑いが混じっていた。

 港は漁から帰ってきた船と荷物を積み込む客船とがごった返し、活気というよりも騒がしい。

 シレアは、荷下ろしをしている男たちを指示している一人の男に近づく。

「ちょっといいか」

「何か用かい?」

 四十代とおぼしき男は、煩わしそうにしながらも覇気のある声で応えた。薄汚れた厚手の服に太い腕と、がっしりとした体格をしている。

 船長だろうか、羽根飾りのついた帽子を被り、硬い黒髪に浅黒い肌と赤茶色の瞳には自信が窺える。海の男ならではの風貌だ。

「大陸を渡りたい。予定はあるか」

 その問いかけに男はピクリと反応し、シレアを下から上まで見定めるように眺めた。

「三日後に出航予定だ。三人か?」

「そうだ」

「いくら払う」

「金貨十枚」

 青年の言葉に男は鼻を鳴らした。

「三人でか? 随分と値切るじゃないか」

「魔法が使える。航海の助けになると思うがね」

 男の片眉が吊りあがった。

「どれくらい」

「共に上級魔法を」

 海でモンスターと出くわしたとき、海中での戦闘はこちらが圧倒的に不利となる。そこで接近戦の必要が無い魔法は重宝するという訳だ。

 男はあごをさすり、しばらく考えてニヤリと笑った。

「よし、いいだろう。俺はネドガレル、ネドリーでいい。そんであれが俺の船シャーク・スピナー号だ」

 煙草でくすんだ歯を見せ、背後にある大きな船を親指で差す。

「よろしく頼む」

 交渉は成立し、差し出された手を握った。

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