*目的地
──朝、シレアとユラウスは早々に旅立つ準備を始めた。
突然の話にアレサがすぐ我々を信じるとは思えないが、それを待ってもいられない。ユラウスの時とは違い、大勢のエルフたちがいるのだから敵の目を集中させる訳にはいかない。
信じる気になれば追いかけてくる可能性に懸けようと昨夜二人は話し合った。
装備を整えて外に出ると、何やら騒がしい。来訪者か旅発つ者がいるのか、一頭の馬の周りにエルフたちが集まっていた。
「なんじゃ?」
いぶかしげに眺めていれば、シレアたちの姿を確認したエルフたちが道を分けるように移動していく。
導くように開かれた先には、馬の手綱を握るアレサが二人を待っていたように視線を合わせた。
「おぬし──」
「ひと晩、じっくり考えた」
「いいのか」
「全てを信じた訳ではない」
かと言って、全てを嘘だとも思えない。ならば、共に進み確かめればいい。
二人はそれに無言で頷き、白に近い
ふと、エルフたちの目が一斉にある方向に集中した。振り返ったシレアは、初めて外で見るキケトの姿に驚く。失礼とは思うが、彼が歩く姿はあまり想像出来ない。
「シレア殿。アレサのことをよろしく頼む」
頷きで応えると、キケトは顔を近づけて耳元でささやいた。
「我が子のように接してきた」
アレサは強い。しかれど、何があるかは解らぬ。
「万が一の事があったとしても、そなたたちに罪はない」
外の世界は
かつてのアレサの父を思えば、それも当然かもしれない。
「私にはどうにもならない力の前で、気安く任せろとも言えない」
そう返したシレアに小さく笑みを浮かべた。
旅立ちを前に、アレサは集落と仲間たちを見回した。束の間そうして、心を決めたのか軽やかに馬にまたがる。それを確認したユラウスとシレアも、それぞれにまたがった。
目線が高くなった事で視界がさらに開け、いよいよ故郷を離れる刹那に父の姿を思い浮かべる。
アレサはその背中を追うように、馬の腹を蹴った。遠ざかる故郷を惜しみ振り返る。
何故だろう──今までいた場所なのに、それが酷く遠く感じた。今、こうして旅に出る事が自分にとっては、とても自然で決して成り行きだけの旅立ちではないのだと実感させられる。
引きずる想いはすぐに消え、先の見えない道程に心は微かに高鳴った。
「次はどこに行くのじゃ」
馬の足を緩めて尋ねる。このまま北に行っても残るのは人間の港町が大小二つあるだけだ。どちらも、他の島や大陸との交易が盛んで賑わっている町である。
「そうだな」
少し考えて、
「北の大陸に渡りたい」
「ギュネシア大陸にか」
エナスケア大陸の北に位置しているギュネシア大陸に住む種族は、人間やエルフたちとは異なる容姿をしている。
「あの地に行っても、おぬしが何者か知っている者がいるとは思えぬが」
「可能性が無いとは言い切れない」
「どうやって行くつもりなんじゃ」
「うむ、海路、空路、転送とあるが」とアレサ。
シレアはソーズワースの首をさすり、しばらく思案した。
「海路だ」
「本気か!? わしは反対じゃ」
「では、貴殿はどの道がよろしいと?」
「決まっておる。転送魔法じゃ」
鼻を鳴らして発したユラウスに二人は顔を見合わせる。
「
「ぬう!?」
シレアの言葉にユラウスは顔を引きつらせた。
転送の魔法は一度、その場所を訪れていないと成功しない。その場所にある魔法円を視界でまず捉え、確認する事で成立する魔法なのだ。
「五百年ほど前にギュネシア大陸には渡った事がある! 地図を見せろ」
ユラウスの言葉にシレアとアレサは馬から降り、荷物の中から地図を取り出す。ユラウスは記されている町を見やり、眉間のしわを深く刻んだ。
「なんたることか。わしの知っている街がない」
「五百年も前の記憶なら、同じ場所にあるとは限らない」
アレサは無表情に告げた。大きな街ならいざしらず、集落や小さな町はいつモンスターの襲撃に遭ってもおかしくないし、集団で住む場所を変えている可能性がある。
とはいえ、持っている地図が正しいとも限らない。
「もっとも、お前が知っていたとしても成人二人は運べないぞ」
「うぬぬ」
この魔法で運べる量は限られている。さすがのユラウスでも、成人二人と馬二頭を一度に運べはしない。
街を知らないシレアとアレサがギュネシアの街に飛ぶ事は不可能だ。
「な、ならばわしが往復すれば──」
そこではたと気がつく。
「知っている町があるならな」
そうだったとシレアの言葉に悔しげに唸った。
「待て待て、転送屋がおるじゃろう!」
「ふんだくられるぞ」
転送を得意とする
「三人と三頭ならいくらになるか、考えただけでも目眩がする」
「ぬううう」
「空路と海路。どちらにするか」
「私は海路をと考えている」
アレサとユラウスの二人は互いに見合い、眉を寄せた。
「何故、海路なんじゃ。空路の方が安心じゃろう」
空路はワイバーンというドラゴンの眷属を調教した
他にも空を飛ぶモンスターは存在するが、大陸から大陸への移動にはそれなりの体力が必要だ。
ドラゴンの眷属ではあるが知能は低く腕は無い。人間でもどうにかすれば飼い慣らせるモンスターである。
とはいえドラゴンにも強さや姿はそれぞれで、人間が飼い慣らせるものから神に近い存在まで様々だ。
ワイバーンで移動する場合、馬などは網やカゴに入れ、後ろ足で掴んで飛ぶ。
「特に意味は無いよ。ただ海路を選びたいだけだ」
「荒れ狂う海に飛び込むか」
ユラウスは半ば呆れて肩をすくめた。
大陸と大陸の間を流れる海流はすさまじく、経験を積んだ船乗りでさえ航海の度に命を賭けた旅路となる。
「とにかく、まずは空路を検討しようではないか。もちろん、転送屋がいればそっちじゃ!」
そう言ってユラウスはシレアの持つ地図の港町を指し示した。
エナスケア大陸の北には大きな港町と小さな港町が二つある。一つは大陸を渡る船のあるザラルカ。もう一つはその東に位置し、飛竜を使った渡りを生業としている港町ソルデラウス。
シレアは二人の顔を交互に見つめ、仕方がないと溜息を吐いてユラウスの案に従いソルデラウスを目指した。
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