*直面した現実
──会食も終わり、
ふと、アレサの後ろ姿に目が留まる。見るからに、出会ったときの武装を解いていない。細身のエルフに相応しい薄手の
あのときも、狩りをしていたら雨に降られ、同じく雨宿りした森でシレアたちを見つけて失礼だとは思いながらも攻撃的な態度をとったと言っていた。
混沌としていた時代なら、種族間の争いで手練れもいただろう。しかし今の時代、エルフの高い戦闘能力は狩りで活かされる。
「夜警か」
「うむ」
この地も平穏という訳にはいかないらしい。ときには危険な獣が平原を駆け回り、人を襲う夜行性のモンスターも徘徊している。
森での樹上生活ならば、ここまでの警戒は必要ない。この地に定着したエルフたちはこの場所に愛着を持ち、ここから離れようとは思わない。
「己を知らないというのは、不安か」
しばらく夜の声を聞いていた二人だが、アレサがおもむろに問いかけた。
「不安は無い。ただ知りたいだけだ」
アレサには目を向けず、満天の星空のもと暗闇に視線を送る。空に浮かぶ月は細く、草原を柔らかく微かな明かりで照らしていた。
「うん……?」
「どうした」
怪訝な表情を浮かべ、腰の剣に手を添えたシレアに眉を寄せる。エルフよりも劣る人間の知覚で何に気付いたのかと周囲を窺った。
「他の者を起こした方がよさそうだ」
「なに?」
シレアに目を向けた刹那、彼の背後に黒い影が飛び込んできた。シレアは躊躇いもなく抜いた剣で影を薙ぎ払う。
「ゴブリン!?」
影の正体にアレサは驚いて思わず声を上げた。
小柄で醜いモンスターが呻き声を上げて地面に転がると、それを合図に邪悪な気配が辺りを支配した。
毛髪はなく土色の肌と尖った耳、ぎょろついた赤い目は燃えさかる炎のように異様なほど大きい。
「一体どういうことだ」
「囲まれている」
シレアの声にはっとして、慌ててバチを手に大きなドラを強く叩いた。空気を震わせるほどの重たい音は窪地にこだまして、異常が起きた事を集落に伝える。
「なんだ?」
「どうした?」
音に起きたエルフたちが口々に扉を開く。
「武器を取れ! 敵だ」
アレサの声と、地面に転がっているゴブリンの死体にざわめきたち、エルフたちは一斉に戦闘体勢に入った。
この素早い対応こそが、草原のエルフは好戦的だといわれていた由縁なのかもしれない。元来エルフとは、おっとりしたものだと思われているせいだ。
「なんなのだ」
初めての状況にアレサたちエルフは戸惑いを隠せない。そんな彼らの動揺など知ったことかと、幾つもの敵対的な赤い輝きが闇の中からこちらを睨みつけていた。
エルフたちは、ゴブリンが群れを成して襲ってくるなどあり得ないと混乱しつつも身構える。
その数は十匹──否、二十かそれ以上だ。人間よりもひとまわりほど小柄な体格で、強さもさほどではない。しかし、彼らは小柄なぶん素早く、集まれば脅威となる。
「すまない」
これは私のせいかもしれない。ユラウスの言葉を信じていなかった訳ではないが、実感はなかった。
「客人は中に」
「心配ない」
静かに応えて、戦う気でいるシレアに驚く。エルフもゴブリンも夜目が利くため、昼間と何ら変わりなく動く事が出来るが人間はそうはいかない。
それを知ったうえで戦おうというシレアに半ば呆れた。
「責任はそっちもちだ!」
アレサは声を張り上げて剣を振り上げる。開始された戦いに夜の静けさはかき消され、怒号が響き渡った。
「なんじゃこりゃ!?」
「ユラウス! 明かりを!」
「お、おお!」
騒ぎに起き出してきたユラウスは、驚きつつも明かりの魔法を唱えた。
それほど難しい魔法ではなく、すぐさま唱え終わったユラウスの頭上に、まばゆい光の球が形作られた。
ゴブリンたちは皆、その輝きに苦しみ始める。
夜行性の彼らは太陽の光を嫌うため、それに似た
いくら数が多くても、これではたまらないとゴブリンたちは一斉に退却した。それを確認しアレサは深い溜息を漏らして剣を収める。
「一体、なんだったのだ」
息を整えつつ、転がるゴブリンどもの死体を見下ろした。
「近くに棲み家はあるのかな?」
「まさか!」
ユラウスの問いかけに、アレサは「とんでもない」とでも言う風に肩をすくめる。ゴブリンは人間やエルフ、ドワーフにはことのほか敵対的だ。
とはいえ、何かがなければ群れで襲ってくることなどない。もちろん襲われる理由など思いつくはずもなく、エルフたちは皆、一様に首をかしげた。
──騒動も落ち着き、二人はあてがわれた部屋に戻る。ユラウスとシレアは、溜め息を吐くとベッドに腰を落とした。
「どう思う」
切り出した青年を一瞥し、ユラウスは視線を泳がせる。
「相手の方が、わしよりも早く先を見ている」
「やはりそうか」
苦々しく発したユラウスにシレアも眉を寄せた。
「このまま出る訳にはいかないな」
「うむ……。とにかく、仲間を見つけて説明だけはしなければならんの」
同行するかどうかは本人の自由だが、その者が集落にいる限り攻撃され続けるだろう。もっとも、集落を離れたところでその者は死ぬまで狙われ続ける可能性がある。
あれを見れば、一人でいる事がどれだけ危険かは明白だ。
「とりあえず、体を休めよう」
「そうじゃな」
二人はベッドに潜り込み、久しぶりの柔らかな感触に浸りながら意識を遠ざけた。
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