*長き種族の血
洞窟の中は通路がいくつも枝分かれしていて、分岐の壁にはエルフの文字でどこに向かう道なのかが示されている。
通路は全てがつながっているという訳ではなく、各々の家族ごとに区切られており、長い年月のいたずらで壁が崩され、そこにドアが作られることもある。
基本的に物は少なく、どの家庭もすっきりとしている。長年、住み続けているにも関わらず、生活感はあまり感じられず汚れもほとんどなく綺麗である。
二人が進んでいった突き当たりの部屋には、老齢の男性が優雅に腰を落ち着けていた。冷たい床に厚手のマットが敷かれていて、幾つも灯されているロウソクが室内を明るく照らしている。思っていたほどの肌寒さはなく、丁度良い室温となっている。
艶やかなベージュの長い
長い者では一万年を生きるとされるエルフは、ある年齢を
このエルフは、ユラウスと同じくらいの歳なのかもしれない。長寿のエルフといえど、過去の混沌とした時代を生き抜けた者は多くはない。
草原のエルフは遙か昔に一度、その血が途絶えたとも言われている。
「これは珍しい。古の種族とは」
嫌味のない物言いに、ユラウスも小さく腰を曲げて会釈した。
「長老のキケト様だ」
アレサが敬意を込めて紹介すると、キケトは上品に頭を下げる。シレアもそれに応えるように同じく頭を下げた。
そうして腰を掛けるように促され、キケトを挟んだいろりの前にしゃがみ込む。
少し緊張気味のユラウスと違い、まるで知人の家にでも来たかのように落ち着いた様子のシレアにアレサはやや呆れていた。
「随分と肝の据わったお方だ」
キケトはそう言って笑みをこぼした。
「して、訊きたいことがあるとか」
その問いかけに、シレアの表情が少し険しくなる。
「私について、何か知っていることはないか」
「貴殿について? それはどういうことだろうか」
その口調から重々しさが感じられ、軽い内容ではないらしいと姿勢を正す。
「私は己が何者なのかを知らない」
そこにいた者はシレアの告白に小さく驚くと共に、いぶかしげに見やった。自分を知らないとはどういうことなのだろうか。
「精神的な意味ではない。あなたは己がエルフだと知っているように、確かに私は人間なのだろう。だが、その何たるかを私は知らない」
「我がエルフで、草原の民であると知っているということか」
キケトは小さく唸って豊かなあごひげをさすり、無言で頷いたシレアの瞳をじっと見つめた。
しばらくそうして目を合わせていたキケトは、ふいに溜息を吐いて首を振る。
「やはり解らないか」
「すまぬ。不思議と心の奥に入り込めぬ」
シレアは返された答えに、さしたる落ち込みも見せず旅人に快く接してくれた長老に感謝の笑みを浮かべた。
長く生きたエルフには、その者の心の奥を覗く力があるとされる。己にも解らない事柄も、それによって知ることが出来るのだ。
その者が持っている血の記憶とでも言うのか、それを見る力を持っている。
「己を探しておるのか」
「目的があった方が旅はより楽しめる」
「そうであるならば良い」
深く悩んでいる素振りのないシレアに発し、部屋の入り口付近にいたエルフに軽く手を挙げる。
「ごゆるりとしていかれよ」
「かたじけない」
「ありがとうございます」
飲み物が振る舞われ、金属の白い皿に乗せられた料理が二人の前に並べられる。会話している間に作ったのだろう、どれも人間の口に合いそうなものばかりだ。
草原のエルフは狩りをする傍ら、主食としている穀物を加工して食べている。クッキーに似た食べ物だが様々な味があり、人間には少々味気ないと感じるものの美味しく作られている。種族は違えど、味覚はさして変わりない。
「ユラウス殿」
長老のふいの呼びかけに顔を上げる。
「なんですかな?」
「他の者は──」
「生憎と」
ユラウスは最後まで発することなく目を伏せた。
「そうですか」
彼の表情に、キケトはそれ以上を尋ねはしなかった。彼の哀しみの全てをくみ取ることは出来ない。
いまはただ、彼らを歓迎し食事を共にして笑い合うことくらいだ。
「種はいつか淘汰される。それが自然の摂理というものよ」
薄く笑って応えるが、納得しているようには見えない。しかし、どんなに納得がいかなくても、目の前に横たわる事実から目を背けてはならない。
存在している者は、生きていかなければならない。過去に囚われていては、己自身の存在の意味すらなくなってしまうのだから。
「前に進む力があるのならば、希望はある。客人の部屋を用意した。ゆっくり休まれるとよかろう」
「それは有り難い。何せ野宿というものは、年寄りには辛うてな」
軽く腰を叩き、シレアを一瞥する。
「よくも言う」
青年は呆れたようにつぶやいた。
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