*雨の出会い

「どこのエルフに会うつもりなんじゃ?」

 続く平原を進みながらユラウスが尋ねる。

「草原の民を考えている」

 シレアは森の民には一度、会ったことがある。豊かな森に住むエルフは、とても高く真っ直ぐな木々の上に家を建て、吊り橋でそれらをむすんで行き来していた。

 身軽で気さくな彼らは、シレアを快く迎えてくれた。言い方を変えれば、楽天的ともいえる。

 しかし、彼らの明るさは人間のそれとは異なり、多少の違和感を禁じ得ない。

 エルフという特殊な種族ならではのものかもしれないが、多くの人間を見てきたシレアでも呆れるほどの楽観視を垣間見れば溜息を吐くしかない。

「草原に住むエルフか。森の民より好戦的だと聞く」

 エルフは植物だけを食べると思われがちだ。食べているものはエルフによって異なる。

 森のエルフは木の実を主食とし、ほぼ植物だけを食べている。草原のエルフは肉食が主という訳ではないものの、野ウサギを狩るとされる。どちらも小食だからこそ、成り立つのかもしれない。

 どのエルフも身体能力が高く、人間よりも多くの知識と能力を持っている。代謝の高さ故なのか、酒に強いことも付け足しておく。

「会ってみないことには解らない部分だ」

 そうして二人は、さらに北を目指した。


 ──遠方に見える山々は白い雪を薄くまとい、草原に点在する灰色の岩はまるで墓標のように、暗い空の下に映えている。

「雨が降る」

「そのようじゃな」

 空を覆い尽くして連なる雲を見やり、二人はやや足早に馬を進ませた。小さな森を見つけて踏み入る。

 そこは、木々が乱雑に立ち並ぶ雑木林といった風情だ。

「降り出した。止むまでここで足止めじゃな」

 シレアはユラウスの言葉に森の中を見回し、さして密集もしていない木々の根元に腰を落ち着ける。

 草原のエルフの集落まではすぐそこだ。慌てる事もないだろうと、二人は朽ち木を拾い集めて火を灯した。

 ──静かな森にパチパチとたき火の音が響く。

 雨の音は木々の葉に、地に当たり、心地よくシレアの耳をくすぐる。ふと、そんな自然の音色の中に何かを感じて腰の剣に手を添えた。

「ぬ?」

 ユラウスは彼の険しい表情に気がつき周りを警戒する。

 森特有の空気の中に漂うかすかな気配を見落とさぬように、シレアは微動だにせず柄を持つ手に力を込めた。

 突如、真上から何かが勢いよく飛び降りてきたかと思うと、一気に周りを囲まれる。立ち上がった時にはすでに、剣の切っ先が幾つも二人に突きつけられていた。

 その姿はスラリと細く耳は皆、一様に長く尖っていた。まさしくエルフだ。手に手に細身の剣や弓を持ち、いつでも攻撃出来るように構えている。

「この地に何用か、人間!」

 声の主がエルフたちの背後から現れた。

 薄い黄色コーン・シルクの髪は長く艶やかに背中まで伸びていて、薄紫の瞳は二人を交互に見据えている。

「草原の民か」

 シレアはさして臆する事もなく柄から手を離し、その男を見つめた。

「いかにも。我は草原を統べる者マシアスの子にして、アザレアの息子、アレサ」

 堂々とした物言いに、己の種族に誇りを持っている事が窺える。長い口上は苗字を持たぬ者がよく使うものだ。

 ミドルネームやファーストネームといったものは、人間特有のものかもしれない。もちろん、人間にもシレアのように苗字のない者も多く、ユラウスのように古の種族でも苗字を持つ者がいる。

「貴殿たちは、いかようでこの地に足を踏み入れた。ここは、我らがエルフの領域と知ってのことか」

おさに会いにきた」

 少しのためらいもなく言い切った青年に、アレサは眉を寄せた。

「貴殿らの名は」

「シレア」

「ユラウス」

 エルフの青年はユラウスと名乗った男に睨みを利かせる。人間では無いと悟ったのか、怪訝な表情でまじまじと眺めた。

 そしてシレアに目を移し、彼の言葉の意味を問いかける。

「我らが長に何の用だ」

「尋ねたいことがある」

 揺るぎのない金緑石きんりょくせきの瞳は、心の奥を覗かせてはくれそうにない。アレサは二人を交互に一瞥し、小さく溜息を吐くと口を開いた。

「いいだろう。雨もあがった。我らの集落に案内する」

「有り難い」

「かたじけないの」

 二人は荷物を抱え、馬の手綱に手をかけた。


 ──森から出ると、今まで降り注いでいた雨は止み、草の匂いと相まって、なんともいえない清々しさを感じさせていた。

 肌寒い風が頬をなでるように通り過ぎ、湿った空気にシレアは空を仰いだ。

「貴殿はどこの者だ」

 アレサは、いぶかしげにシレアを見つめて問いかける。人間も住む場所によって特徴が出るものだが、彼にはそれが見受けられずにいた。

「西の辺境に住む民だ」

「西の辺境? 流れ戦士を多く生む民か」

「拾い子を育てる民とも聞く」

「私がそうだよ」

 ユラウスの言葉にシレアは笑って応える。それに驚いた二人だが、それでもアレサには疑問が残った。

 例え拾い子だとしても、民の特徴はあるはずだ。しかし、彼の風貌から雰囲気まで全てが不思議だった。

 どの民の特徴も有しているような、どの民とも違うような。首をかしげたくなるほどに不可解だ。

 とはいえ、アレサもそれほど人間について知っている訳でもない。

「まあいい」

 自分の知らない部分があるのだろうと納得した。彼の出身など、わたしには関係の無いことだ。

 ──しばらく歩くと、草原に広い窪地が眼前に見えてきた。窪地には白い岩が連なっていて、あちこちに穴が開いている。

「集落はどこじゃ」

 ユラウスが眉を寄せてつぶやくと、白い岩の穴から人影が現れた。それはまるで断崖にある街のごとく、エルフたちが淡々と往来していた。

「こうして見ると面白い」

 シレアは発して、その不思議な光景を眺めた。

 エルフたちの立ち振る舞いはゆっくりとしていて、幻影のように揺らめいて見える。若草色の布地で統一された服を着た人々は皆、それぞれに整った顔立ちをしていた。

 さらりと流れる髪は、曇った空の下でさえ輝きを放っている。髪や瞳の色はバラバラだが、その面持ちには草原の民であることの特徴があった。

「馬はこちらに」

 アレサが言うと、他のエルフが手綱を渡せと手を差し出す。

 近くでシレアたちを見つめるエルフの中には、カルクカンが珍しいのか引かれていくソーズワースの姿を目で追う者もいた。

 そうして他の入り口とは異なり、見事な造形の施された洞窟の前で立ち止まる。細部にまで細かく美しい彫刻は、そこにいる者の高貴さを物語っていた。

「武器を」

 また別のエルフが手を出す。二人は見合い、小さく溜息を吐き出して剣を渡した。

 杖も渡せと催促されたユラウスは、これは体の一部だと丁寧に断る。一瞬、空気が張り詰めたがそれ以上は無理に奪われる事もなく、そのまま洞中に促される。

 白い岩壁の洞窟内はひんやりと涼しく、一定間隔でロウソクが灯されていた。

 壁には、絵画がかけられているように彩色がされていて冷たいイメージは無く、美しい種族に見合った図柄に溜息が漏れるほどだ。

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