◆第三章-美しき種族-
*滅びと繁栄
「して、どこへ行くつもりじゃ」
ユラウスは
「そうだな」
思案しながらシレアは、彼がまたがっている見事な黒い馬を見つめる。
森を出て馬を捕まえろと言われたときはどうしたものかと思ったが、幸運にも馬の群れが二人の眼前を横切った。持っていた馬はバシラオのおかげで逃げてしまったらしい。
カルクカンは馬ほど胴体が長くはない。大人二人が乗るには無理がある。でかい鶏だと思えば解りやすいかもしれない。
とはいえ、一人で捕まえるのにはそれなりの苦労をした。当のユラウスはそれを解っているのだろうか。
今後の旅が面倒になりそうだと嫌な予感が過ぎる。
「このまま北へ」
「エルフの領域か」
ユラウスと同じく、古くからの種族で他種族との交流は薄いものの、敵対的ではない。
「エルフは恵まれた種族だ」
ふと、ユラウスは馬を進めながらつぶやいた。
「美しい容姿に秀でた技術。そして長き命を持つ。我らより遅く誕生した種族じゃが、なんと羨ましい事か」
彼ら古の民は、最も精霊に近い種族といえる。それ故なのか、種族としての特徴はこれといってあまり見られない。
「古の民にも良いところはあるだろう」
「魔法と先詠みの力くらいじゃな。まあ多少、鍛冶はこなしておったが」
皮肉を込めた物言いに青年は小さく笑う。ユラウスが言うほど、古の民に優れた技術や文化がなかった訳じゃない。
彼らから社会性というものが生まれ、そこから沢山の発明がなされた。それらは他の種族に広まり、発展してきたものが今も多く存在する。
彼らの前にあるのは人の形ではない種族や精霊といった類のもので互いに集まり、群れを成すこともあったけれど社会性は見られない。
「容姿においてはエルフは最も美しいとされているな。しかし、古の民ほど長寿ではないだろう」
「そうじゃな。長生きは心を豊かにしてくれる。さりとて、どちらにも緩やかな滅びが待っているだけじゃよ」
目を伏せて発した声に少しの憂いが見て取れた。
「わしが本当に羨ましいのは人間じゃ」
人間は最も新しい種族だが今も繁栄を続けている。
「我らは普通に暮らしていれば死ぬ事は無い。それが感情の起伏を緩やかにする。人間のように、強い欲望も持ち合わせていないため大きな争いもない。しかし、それは種族の繁栄を妨げるものに他ならなかった」
子孫を残す事にあまり執着しない。かつて大地を支配していた古の民は、気がつけば今やユラウス一人となっていた。
「種の存続が脅かされる危機感すらも、長きにわたる命によって失われていた」
暗雲の時代を生き延びた先には誰一人、仲間はいなくなっていた。この世の
「古いものが、いつまでもしがみつくものではない」
それでも、種としての悪あがきくらいはあって然るべきだったのではないだろうか。なんともあっけなく世界から去ってしまったものだ。
「千年ほど前には、仲間を探す旅に出た事もあった」
だけれども、それは己の孤独を確かめるだけに過ぎなかった。どうして己だけが生きている。何故死ねなかったのか悔やまれてならない。
「わかっておるよ。我らは淘汰を受け入れていた」
悪あがきなど到底、考えられなかっただろう。生き残った者だからこそ、今はそう思える。
「そうか」
ユラウスの言葉を耳に、シレアは遠方を眺めた。
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