第10話 救出作戦

 夕陽が流れる川の色を染める。学校からの帰り道、昭彦は河川敷の坂に寝転がりその茜色の流れを眺めていた。いつもの友人たちは全員がバイト、部活などで一緒に居らず、どこかに寄り道をして遊んで帰るという選択肢は無かった。


「暇、だな」


 ぼそり、と呟く。ふと彼は持っていた携帯電話を開いた。昭彦は家に帰ろうと立ち上がって坂を上っていった。


 帰り道を歩いていた彼に勇士の話がふと出てきた。


 『軍隊』と呼ばれる怪人集団、その中にいる女の怪人の話。


 (怪人は元々自分たちと同じ人間だった存在、怪人になっても人型の化け物で常にいる訳じゃない。彼らは人間として、この世界に溶け込んでいる。だから未だに見つかることもない、か)


 そんなことを考えていた昭彦だったが、突然の衝撃に思わず声を上げる。どうやら人にぶつかってしまったらしく、目の前には自分の身長を越えるほどの大男がいた。


 「すいません、ちょっと考え事してたもんで」と、ヘラヘラしながら昭彦は謝った。


 すると、目の前の男も首を少し下げ自分にも非があったと言ってスタスタと去ってしまった。この時、昭彦には何か引っかかるものを感じた。それがなんであったのか彼にはわからなかったが、去った男が少し変わっている、そう感じたのだった。



***



 その日の夜、彼はなかなか寝付けなかった。昼間に比べて涼しくなった、はずなのに彼の身体は妙な熱を持っていた。彼は外の空気を吸おうと開いていた窓に近づいた。住宅街は夜の静寂の中にあり、電気のついている家がポツリポツリと点在していた。


 だが、昭彦の目は別の光を捉えていた。


「なんだ、今の光・・・車のライトとかじゃあないよな、あれ」


 その連続する閃光の正体は昭彦には分からなかった。故に彼は確かめたくなった。あの謎の光の正体を。そして、彼を動かしていたのは好奇心ではなく、身体の妙な熱が自分を突き動かしていたということを彼は気づかなかった。



――――ここから始まるのは、理不尽な世界に投げ込まれた少年のお話。


――――彼は世界に接したもう一つの世界を見て何を思うのか。


――――もう元に戻ることはできない。




『第2章.少年ディストピア ―all for one,one for all―』





 一台のバンタイプのトラックが夜の高速道路を走っていた。この付近では怪人集団を恐れてか夜には人気がほとんど無くなってしまう。この街は2年前の事件以来、怪人に関することに対しては非常に敏感になっているのだ。


 だが、そのトラックは違った。箱型の架装の側面には『城鐘商社』と書かれている。それは関東に拠点を置く企業のマークであり、この付近を通ることは無い。しかし、それを不思議に思う人間はここにはいない。なぜなら誰も見ないから、見ることがないから。


 しかし、ソレは違った。高速道路を通る黒い車体をスコープ越しに見ていた一体の人。


 『軍隊』の一人、遠距離射撃を得意とする怪人は、とある話を聞いたときこの世界の歪みを感じた。狂っていると思った。ふざけた世界だ、と激怒した。身近にあった壁に素手で穴を開けてしまうほどに。


「同じ人間、たった一つ違うだけなのに、どうしてここまでする。そいつらが何の罪を犯した?人を殺したのか?苦しいよなぁ、辛いよなぁ・・・待っててくれ、今すぐその檻から出してやるッ・・・!」


 ビルの屋上に立つ彼はスコープから目を離し、腕に装着していた腕輪のような機械に顔を近づける。


「こちら02、ターゲットと思われるトラックを発見。捕捉しつつ目標地点への移動を開始する」


 腕輪型の機械は通信機であろうか、何者かに連絡をするその声は緊張だろうか少し震えていた。怪人はビルの屋上から屋上を飛び移っていく。


「こちら01、了解。……今更だけど、こんなことに巻き込んじゃってごめん、大和」


 通信機から聞こえてくる声の主は、謝罪をしてきた。突然のことに半分呆れたように大和と呼ばれた怪人は返した。


「別にいいってことよ。罪の無い怪人の、それも子供の人身売買なんて黙っていられる訳ないっしょ。今のご時世、怪人ってだけでこの世界から追い出される。それだけならまだしも、人体実験や見世物として死ぬことを運命づけられちまうなんて、あまりにもひどすぎる。怪人がヒーローの敵なら、怪人の味方になるのは怪人しかいない。そう思っただけだよ。ま、もしかしたら捕まってる中に俺好みの可愛い子ちゃんでもいてくれりゃいいんだけどよ!」


 軽い調子で答える大和と呼ばれた怪人だったが、今日は妙な違和感を感じていた。確かに、捕らわれた怪人を救出するというのは今までやったことが無かった彼らだったが、場数だけは踏んでいると自負していた。それでも、得体の知れない何かがあのトラックの近くにいる。そんな気がするのだ。


「そうすけ……01、変だ。何か感じる、トラックの近くにだ。もしかして警備のヒーローか何かか?」


 道路を走るトラックを捕捉しながら彼はその違和感を通信機の向こう側へと伝える。


「こちら01、警備のヒーローはいるだろう。どんな手段を取っているかはわからないがトラックと共に行動しているのか。攻撃されたら一旦離脱してくれ」


「こちら02、了解した。こちら側は視界の利かないビル群だ。一度高さの低いビルに移動できれば簡単に捕捉はされないだろうさ」


(それにこの距離。あいつらから見ても米粒か何か、ましてや夜だ。姿なんてほとんど見えないさ)


 走るトラックを追いかけていた大和が追跡を開始して5分が経った頃、突然立ち止まりその異形とも言える右腕をトラックの走る方向へと伸ばした。


 その右腕には本来人でも怪人でもあるはずの腕はなく、銃のようなものが肩から繋がっていた。その銃腕に顔を近づけた大和の右目が不気味な光を放つ。大和のいるビルからトラックまではすでに4kmも距離が空いている。普通の銃、狙撃銃の類でも十分な威力を発揮することができない距離、それどころか普通の人間ではまず当てることすらも不可能だろう。


 大和の右目が一際赤く光ったその時、奇怪な銃腕から一筋の光が放たれた。それは、風の影響を受けることなく直進していき、


走行していたトラックの運転手の額を貫いた。瞬間、大和がいる場所まで衝撃音が響いてきた。光の弾を発射した後もジッとトラックを見ていた大和にはその音の原因がすぐにわかった。原因は4mもあろうという巨大な怪人がトラックを受け止めた際に起きた衝撃音だった。


「こちら03、目標の確保に成功。これより第2段階へ移行する」


 その声の主は巨大な怪人であった。巨大な身体は像のようで、六つある瞳のようなものが緑色に光りトラックの貨物である箱を見つめていた。トラックの運転席は衝撃で潰れているが、巨大な怪人の腹部には傷一つ付いていない。その金属の塊のような見た目と大きさからして、装甲も恐ろしく堅いのだろうか。すると、巨大な怪人の背から人間と大きさの変わらないもう一人の怪人が姿を現した。灰色の軍服のような衣装に尖った頭部が特徴てきなその怪人は、左腕に装着されている通信機から命令を送った。


「こちら01、積荷の輸送を開始する。02はこの付近に近づく警察を足止め、03は付近の警戒を頼む。04、聞こえているか。そちらへ積荷を送る、輸送を頼んだ」


 巨大な怪人から飛び降りた灰色の怪人はトラックの貨物部分へと近づいて行った。その時だった。どこからともなく手を叩く音が聞こえてきた。まるで、よくやったという称賛のような拍手が、トラックの貨物の影から姿を見せたのだ。



――――それはそう、敵だ。明確な殺意を怪人たちに向ける敵。



――――人々を守る希望の象徴、一方で怪人であれば理由なく抹殺する地獄の使者。


――――ヒーローだ。


「よぉ、ご苦労さん、怪人の諸君。さすが、この辺りで有名な集団だ戦い方が違う。各々の特徴を生かしたいい作戦だ。うむ、実に素晴らしい。中々どうして、ただのゴミだと思っていたが、これはガラクタだな。人間の言う事を聞かなかったガラクタ。捨てられて当然だ。なぁ?」


 そのヒーローらしからぬ物言いと振る舞いに彼ら怪人たちは焦った。ヒーローはこの状況に全くの緊張感を覚えていないのか、怪人たちに一歩、また一歩近づいていく。


「怪人を見つけたのなら駆除しないといけないなぁ、それに。この中身は人間にだって見せられないんだよねぇ。うーん、やはり貧乏くじだったかな」


 怪人たちを警戒せずに独り言を続けるヒーローに、彼ら怪人たちは今まで出会ったヒーローとは何かが違うという違和感を覚えた。しかし、目の前のヒーローがヒーローであるなら、やることは一つだけ。



「02、03、目の前の障害を排除する。戦闘だ」




「高括ってやがるその鼻を・・・へし折ってやるぞ」



「「了解!」」

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