第弐章 『少年ディストピア』

第9話 ランチタイム

 人生は何が起こるかわからない。ありふれた言葉だと、俺はそう思う。


 ある日、宝くじに当たる。朝起きると、知らない美少女がベッドの上にいる。目を開けたら別の世界で勇者になる。そんな夢みたいな、けれど誰もが一度は思うような、幻想。

 

 でも、もし世界が一瞬で変わるような『何かが起こる』というなら、


やっぱり、それは幸せな方・・・・がいい。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(今日も一日が始まる。学校に行って、帰りはコンビニによって漫画雑誌でも読んで帰るか。テストとか、嫌だな。全然勉強できてねーし)


 朝、食パンを頬張りながら今日の日程を頭の中で確認する少年。テレビにはニュース番組が映っており、お天気や占いなどが流れている。母親は台所で洗い物をしている。父親は先に会社へと向かった。ここから会社に行くには早めに家を出なければいけない。そのため、少年は父親と一緒に朝食を取ることはほとんど無かった。


昭彦あきひこ、早くご飯食べちゃいなさいな。学校に間に合わなくなるわよ!」


 台所で父親の食器を洗っていた母親が少年に向かって言った。昭彦と呼ばれた少年は呆れたような態度をとり、目玉焼きを口に詰め、一気に牛乳で押し流した。そうして、鞄を背負い憎まれ口をたたきながら家を後にした。


「ったく、あのババア。いっつもいっつもうるせぇっての。わーってるよ、言われなくてもなっ!」


 家の外に止めってある自転車に跨り、昭彦は家を出た。暑くなってきた気温に陽の光が刺さり、これでは学校に着くころには汗だくだな。そう、彼は思いながらもペダルへと足を乗せ、こぎ出した。


「アイスでも買ってくか。・・・あんまし金、使いたくないんだけどなぁ」




 昭彦が朝食を取り終え学校へと向かっていたその頃、テレビでは先週の世間を震撼させたヒーロー全滅事件についての討論が行われていた。未だに犯人は捕まっておらず、詳しく何が起こったのかもわからない状態だった。現場の監視カメラは機能を停止していて証拠の映像もなく、生き残っていたものが誰一人いないので証人もいない。数少ない情報としては、前日に2体の怪人が広島で確認されていた、ということだけであった。


 そして、中国地区作戦本部のデータベースは事件後、何者かに荒らされ、『コードネーム:復讐者』という単語だけが残されていた。


 だが、昭彦には関係の無いことだった。中国地方から遠く離れたここ、宮城県にある山河やまがわ市の高校に通う、一年生『春馬はるま 昭彦あきひこ』にとっては。


 怪人など、自分には縁の無いものだ、と。




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 学校での昭彦少年はそこまで騒ぐわけでもなく、授業はそれなりに聞いてノートをとり、休み時間は友人たちと過ごす。高校生男子の会話となればその内容は様々だ。近々公開の話題のアクション映画の話、昨日の深夜アニメの話、彼女自慢や教師に対する愚痴、クラスメイトの噂話に、


ヒーローや怪人に係わる話。


「この前さぁ、別の学校の俺のダチがさ、襲われたんだよ!怪人にさ!!」


 学食で固まって昼食をとっていた昭彦含めた5人の少年たちの内、一人の少年がそう言った。彼らが通う高校のある山河市内は怪人による大きな被害は無いが最近、同一の怪人による被害が時々出るのだ。しかし、被害といっても死傷者はゼロに等しく、ほとんどが窃盗や強盗と言ったものであった。


「どうせ『軍隊』の連中だろ。で、何を取られたんよ?それに怪我したって、軽い擦り傷程度だろ」


 昭彦は半分呆れたように聞き返した。周りの面子も「また勇士速報が始まったぜ」と、呆れた表情を浮かべながら食事を再開した。勇士と呼ばれた少年はなおも話を続けた。


 

 『軍隊』というのは最近、この山河市内に潜伏しているといわれている怪人の集団のことである。現在、4体が確認されておりそれぞれが特殊な能力をもっているらしい。だが、彼らが能力を使うことはほとんどなく、窃盗や強盗をする際には怪人の身体能力だけで事足りているためではないかと囁かれている。


 そして、彼らが軍隊と呼ばれる由来になったのは数か月前に起こったある事件がきっかけだった。



 二年前、この山河市を含めたいくつかの都市を股にかけ、恐怖に陥れていた怪人がいた。名を『ギュウキ』と言った。かの怪人は幹部クラスの能力を持ち、多くの手下を使って、誘拐、殺人、強盗と言った多くの犯罪を犯した。名の通りまさに『牛鬼』といった振る舞いで、残酷で獰猛な怪人であった。ヒーローたちは彼に何度も挑んだが、並のヒーローでは歯が立たず、人々もヒーローも消耗するばかりだった。そのことに危機を感じたヒーロー協会は日本の各地区ごとに守護者と呼ばれるヒーローの中のヒーロー、正義の頂点に立つ者たちを派遣することを決めた。それが今のGOTHと呼ばれる組織になったのである。


 そして、最恐の怪人であった『ギュウキ』駆逐のため駆り出されたのは、同じく二本の角を持ち、大弓を背負った、いくつもの機械獣を従える誇り高き獣の王。


 現GOTH東北地区守護者『ケルヌス』であった。


 山に砦を作り拠点としていたギュウキであったが、ケルヌスは数万にも及ぶ矢をギュウキの居る砦へと打ち続けた。身の丈ほどもある大弓が一度に五発もの矢を打ち、その矢による攻撃は丸一日続いたという。矢の形に成形されたエネルギー弾は、砦の岩やコンクリート、鉄骨を溶かし、ギュウキの部下たちを打ち貫いた。


 次に、ケルヌスは自らの犬、蛇、山羊、鹿のそれぞれを模した機械獣を砦へと向かわせた。様々な攻撃を仕掛けてくる機械獣たちの猛攻に、疲弊していたギュウキは機械獣たちを残った部下に抑えさえ、本体を殺すべく真っ直ぐにケルヌスのいる地へと走った。崖を駆け下り、川を飛び越え、木々をなぎ倒すように走り、ギュウキはケルヌスが陣取っていた丘へと着いた。


 頭に血が上り、冷静さを欠いていたギュウキの前にあったものは、


空間を埋め尽くす勢いで浮かんでいた『矢』だった。おびただしいほどの矢が、眩いまでの光を放ち浮かんでいた。ギュウキは恐怖した。それまで自分を脅かすものなど一つとして無かった彼が一度だけ恐怖した。


 こうして、人々を恐怖に陥れていた怪人はこの世から消え街には平和が訪れた。


 けれど、怪人は消えてなどいなかった。


 

 それが、『軍隊』と呼ばれるギュウキ残党の怪人たちだ。確かな証拠は存在しない。しかし、彼らは確実にこの街に潜伏し犯罪を働いている。


 彼らを駆除するために数名のヒーローが派遣され、作戦は実行された。


 だが、誰一人として駆除どころか捕獲すらも出来なかったという。


 四方を山に囲まれ、街の中央には川が流れているここ山河市の地形を利用し、軍隊という怪人の集団は、一体を指揮官とし、遠方からの狙撃、地下からの強襲、森林部でのゲリラ戦などでヒーローたちを苦しめた。その統率のとれた戦い方から彼らは軍隊と呼ばれるようになった。





「それがよぉ、聞いてくれよ!実はさ、軍隊の中にがいるらしいんだよ!」


 それを聞き少し驚いた昭彦たちだったが、


「いや、でもよ勇士。女っつたって怪人だろ?怪人を好きになんてなるわけねぇだろ、好きになるとか、お前相当ヤバイぜ」


 別の少年がそう言った。勇士は慌てて首を横に振り、


「ちげーよ!たださぁ・・・怪人って日本の法律から外れるらしいじゃん?だからさぁ、何しても・・・・許される・・・・らしいんだよ・・・ちょっとそれで、な?」


 そう言うと、勇士は急に顔を俯いたかと思うと、身体をもぞもぞとさせた。


「バっ、おめぇこんなとこで興奮してんじゃんかよ!この発情期野郎が!」


 そう勇士に昭彦たちは言い、笑いながら、昼食を終えた彼らは食堂から立ち去った。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 昭彦たちの下品な会話は、他の学生の喧騒に混ざって他人に聞こえることは無い。


 一人。そう、一人だけがずっと彼らの様子を眺めていた。


 その一人には、昭彦たちの下品な会話が聴き取れていたのだろうか。


 『軍隊』の一人である、彼には。

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