第8話 炎姫の誓い

 フレアスターとの戦いは終わり、アヴェンジャー、景虎は、謎の化け物の攻撃から運良く生き残っていた乾田を連れ、GOTH中国地区作戦本部を後にした。

 

 乾田は景虎と歩きながら、自分の息子にプレゼントを無事に渡せたのか、景虎に尋ねた。


「あぁ、無事に渡すことが出来たよ。夜だったから、息子さんのベッドのところに」


 ホッと胸をなでおろす乾田を見て、景虎はこれからのことについて話し始めた。


「これからどうするかだが、乾田さん。アンタは当初の計画通り、山口へ向かってくれ。俺、いや私にはまだこの地でやらなくてはいけないことがありましてね」


 景虎の話に頷く乾田であったが、彼には少し目の前の男について気になることがあった。それは、彼の話し方であった。彼の言葉遣いには統一感がなく、場面場面で口調は全く違うものであった。ほんの少しの違和感だが、目の前の彼に、もう会うことが無いかもしれないと思うと、聞いてみたくなったのである。


 そのことを聞いた景虎は少し驚いた顔を見せたかと思うと、真面目な声色で答えた。


「これは、私にかかった『呪い』のようなものなんです。怪人状態になると気分が良くなって、自分が全く別の物に生まれ変わったような気がするんです。怪人になっていることの副作用なのでしょうね、ほら。私たちが持っているE細胞は肉体だけでなく、精神にまで作用する。だから、駆除あるいは捕獲されなくてはならない、と」


 いずれ、自分も近藤景虎という男のように、ヒーローに対し深い憎悪を抱くようになってしまうのだろうか。乾田は、自分の家族を手にかける日が来ないことを切に願った。時として、怪人とは理性を完全に失ってしまうことがある、とテレビで見たことがあったからだ。


 登り始めた太陽の明るさに目を細めながら、彼らはお互いの目的地へと歩き出した。




 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 朝、目が覚め、いつものようにしばらくボーっとしていると、見知った女性看護師が病室に入ってきた。


「おはよう、智里ちゃん。気分はどう?」


「おはようございます、遠金とおがねさん。あの薬を飲んでからは身体も少しづつですけど動くようになりました」

 

 そう言うと、智里は自身の手のひらをぐっと握って遠金看護婦へ拳を作ってみせた。


「それは何よりだわ。そういえば今日はお兄さんが来る日よね」


 遠金は病室にあったカレンダーの日付を確認しながら言った。


「えぇ、そうです。ここ最近は仕事が忙しいみたいでお見舞いに来てくれなくて、でも今日は来れるみたいで、楽しみです!」


 智里は嬉しそうに言った。


「それじゃ、今から朝ごはん持ってくるわね。堅一朗君も、朝ごはん持ってくるからもう起きなさいね」


 遠金看護婦は眠っている堅一朗少年を何度か揺すった。しかし、少年は依然として寝息を立てている。そんな様子を見ていた智里であったが、そこでふと、昨晩の出来事を思い出す。


 窓から部屋に入ってきた近藤景虎という男から渡された小包、プレゼントのことを。


(そういえば、堅一朗君に渡してくれって言われてたんだ)


「あの!遠金さん、これを堅一朗君に渡してもらえますか?」


 脚の動かない智里は遠金へ精一杯腕を伸ばした。遠金は智里が持っていた小包を受け取ると、不思議そうな顔をして尋ねた。


「これ、一体どうしたの?」


「私が知り合いに頼んで買ってきてもらったんです。堅一朗君へプレゼントしてあげようかと思って」


 遠金は堅一朗少年に再び近づき、プレゼントを手にしてこう言った。


「堅一朗君、君にプレゼントがあるんだけど。起きてこないならお姉さんが貰っちゃおうかなー?」


 遠金の声に気付いたらしく、堅一朗少年は重そうな目をゆっくりと開いた。彼は遠金が持っていた小包を見た途端、起きたばかりの目を擦り、嬉しそうな声で遠金に「それ、どうしたの?くれるの?」と聞いてきた。遠金は智里からのプレゼントであると堅一朗に伝えた。


「わぁい!智里お姉ちゃん、ありがとうっ!!」


 堅一朗少年は包装紙をびりびりと手でちぎっていく。すると、中から出てきたものは、


野球ボールだった。


 その野球ボールを見た堅一朗少年は思い出したように言った。


「ねぇ、看護婦さん。お父さんは?お父さんはお見舞いに来ないの?」


 遠金は少し戸惑った様子を見せたが、不安にさせないように堅一朗少年に言った。


「お父さんはね、お仕事で忙しいの。もう少し、いい子にしていればきっとすぐに来るわ」


 堅一朗少年の父親である、乾田番がお見舞いに来るのは毎週木曜と決まっていた。毎週訪れるその日は、堅一朗少年はよくソワソワとしていた。


「でも、お姉ちゃんはすごいや!僕が欲しいと思ってたものを当てちゃうんだもん!」


 それを聞いた智里は真実、かもしれない近藤という男から聞いた話を思い出してしまった。


(彼の父親は、本当に?)


 そんな疑問がふと頭をよぎった。しかし、目の前の彼は喜んでいる。それで良いのではないか。近藤という人間が誰であれ、父親の真実がどうであれ。目の前の少年は喜んでいる。


 未だに寝ぼけているのか、頭が妙にスッキリとしないまま、智里は言った。


「お姉ちゃんはエスパーだからね、それぐらい簡単に当てれるんですよ!えっへん!!」



 病室の賑やかな朝。いつも通り、何も変わらない。そう、思っていた。



 朝のテレビから聞こえた、ある一つのニュースを聞くまでは。


 それは、この中国地区だけでなく、日本中を震撼させるニュースだった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それは突然だった。


 テレビを見ながらの朝食。あまり行儀は良くないが、堅一朗少年は朝のアニメを見るのが日課でこうして朝食の時はテレビを見るのがこの病室の日常になっていた。





「では、次のニュースですが――――たった今、情報が入ってまいりました!中国地区のヒーローを統括するGOTH中国地区作戦本部にてヒーローの遺体が数多く発見された模様です!!繰り返しますッ、GOTH中国地区作戦本部にてヒーローの遺体が発見されたとのことですッッ!!」




 

―――6月の雨が物音をかき消してしまうような、そんな夜の出来事だった。


 その日、智里の元に兄は見舞いに来なかった。連絡もつかず、両親にも居場所が分からなかった。ただ、昨日の朝、両親へ電話がかかってきたという。兄である新堂透から、


「もし、俺に何かあったら智里を支えてやってくれ」


と、一言。



 兄の無事を祈る智里の携帯端末に、一通の通知が届く。送り主はヒーロー協会。怖くなりながらもその通知を開く、




 ―――新堂透、22歳。職業:ヒーロー、死亡。なお、遺体は確認されていないが、当時、中国地区作戦本部にて勤務していたため事件に巻き込まれた可能性は極めて高く、遺体が消滅したと推測される。





 そう書かれた書類の画像が中には添付されていた。


 智里の視界がぐにゃりと歪んでいった。


 『死亡』、その二文字は、新堂智里という一人の娘を壊すには充分過ぎた。


 兄との思い出が走馬灯のように流れた。


 兄が死んだせいなのか、それとも自分が死んだも同然だったせいなのか。智里には分からなかった。否、考えなかったのかもしれない。思い出が、記憶だけが、愛する兄と自分を繋ぐ唯一のものだったのかもしれない。


 堅一朗少年が眠りにつき、振り続ける雨が外の音を消し、闇色に染まった病室の天井が智里の視界に映っていた。その目にはずっと泣いていたのか、赤く腫れ、頬は涙で濡れていた。


 

 次の日、彼女のベッドには誰の姿も無かった。そう、彼女自身も。


 彼女は死んでしまったのだろうか。あまりの悲しさゆえに兄の後を追うように。


 屋上から身を投げ出したのか?手首を切ったのか?首を吊ったのか?劇薬を口にしたのか?


 


 そんな悲劇を嘲笑うように、愚かだと蔑むように、無様だと憤怒するように、


赤黒い炎を纏った怪人が、どんよりとした曇り空をビルの屋上から見上げる。怪人には何が映っていたのだろうか。


 女性のようなフォルムのその怪人は、ハイヒールの独特の音、揺らめく炎と共に、ビルの影へと消えていった。その背に呪いとも・・・・呼べる誓い・・・・・を背負って。




 ―――第一部『最速の星』編、完

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