第7話 流星
フレアスターの前面を覆っていたドリルは外れ、両腕両足に付いていたブースターも無くなっていた。
その姿は、ただ身軽になっただけのようにアヴェンジャーには映った。
しかし、周りのヒーロー達はざわついていた。彼らは焦りを感じ始めていたのだ。この戦況に不安を抱くもの、フレアスターをここまで追い込んだアヴェンジャーに対する恐怖、徐々に空間の空気が淀んでいった。
フレアスターにとって、それは最終手段とも言うべき形態へと昇華したからである。彼の身体は今、自身にダメージを与えるまでに能力を使い戦闘力を上げている。そのため、長時間の変身は自身を殺してしまうことにも繋がる。
彼は最速のヒーローであるが故に、その形態での戦闘に多少の恐怖を抱きつつも使うことに抵抗はほとんど無かった。だが、他のヒーローからしてみればフレアスターの最終形態とは時限爆弾のようなものであったのだ。
最速であるからこそ使える技、最速にこそ許される権利。彼の最終形態『コスモドライブ』はその強大なエネルギーをフレアスターの関節部から放出していた。身体自体が燃え始めているその姿は、流星。彼は己が身体が燃え尽きる前に、心の奥で大切な者へ誓うのだった。
(智里、俺は無事でいられないかもしれない。けど、必ず。這ってでも目の前の悪を倒して見せるッ!)
彼の身体を包む炎が徐々に大きくなっていく。その色は赤から青へと変わる。
「俺は、大切な人を守る。そのために戦い続けてきた・・・。日本全国、全員を守るなんてこと、出来はしない。そんなのはわかっている。けど、身近にいる奴らを守るためならッッ!!俺の命、全て燃やして守り通すことはできるッッッ!!」
彼の心臓に、魂に、火が灯る。
「GOTHが一人!最速のフレアスター!!悪の心をッ!!焼き、切るッッッ!!!」
フレアスターの速度がそれまでとは比べ物にならないほどにまで上がる。最早、彼の速度は光速に近い速さにまでなっていた。周りにいたヒーローだけでなく、アヴェンジャーまでもがその速度に翻弄される。
フレアスターの燃え盛る拳と高速移動により、アヴェンジャーの身体はどんどん焼け焦げてき、羽根はぼろぼろになり原型を留めていなかった。アヴェンジャーはただ耐えていた。まるで何かを待つように。攻撃を受け続けた彼の手足は、炭のように一部が崩れていき、彼の身体は再び地面に倒れる形となった。
「この怒涛のラッシュ!防ぐことしかできないか!だがお前の身体はもう少しで完璧な灰となる!!この一撃で、一瞬にして消し炭にしてやるッ!!」
地面に倒れているアヴェンジャー目がけてフレアスターはジャンプし、右足を突き出し叫んだ。
「必殺!!シューティングゥッ!スタァァァァァ!!!!」
彼の身体はメテオドリルの時よりも遥かに高い熱量を持って飛び蹴り、俗に言うライダーキックを繰り出した。炎が彼の右足を中心に広がり、あまりの熱に演習場の床が溶け始める。
その場にいたヒーロー全員がフレアスターの勝利を確信した。アヴェンジャーの身体が消滅する、と誰もが思っていた。
だが、現実は非情であった。
アヴェンジャーの頭部、口が開いていた。フレアスターがジャンプをした、その時から。
そして、吠えた。
その音を聞いた誰もが、動くことが出来なくなった。周りにいたヒーローも、怪人である乾田も、当然、フレアスターでさえも。その音は、聞いたもの全てに恐怖、目の前の怪人に対する恐怖を与えるものだった。恐怖とは、時として人を殺す。
フレアスターはまさに、その一瞬の恐怖により、落ちた。
彼は体勢を崩し、必殺の技は不発へと終わってしまった。フレアスターは、そのまま地面に着地する。
ハズだった。
ドンッ、と自分の胸に衝撃が走る。フレアスターは自身の身体を見ようと、視線を下に向けると、
穴が開いていた。大きな穴が、胸。
心臓の位置に。
「あ、あ、あぁ。ご、が。ぐばぁァ・・・」
フレアスターは地面へと叩きつけられ、血を吐き出す。パワードスーツを貫通したその穴は、アヴェンジャーが開けたものであった。アヴェンジャーは吠えた後、喉の奥から蠍の尻尾のようなものを伸ばし、貫いた。
床に倒れたフレアスターを見たアヴェンジャーは、特に喜ぶ素振りも見せず、変わらず地面に倒れたままであった。その身体は徐々に再生しつつあり、隙を見て逃げ出すつもりだろうか、その視線は乾田へと向いていた。
フレアスターが身に纏っていた炎が弱まり始める。それはまるで彼の肉体からも熱が失われていることを差すようであった。
(俺は、こんなところで、死ぬのか・・・。智里を救ってやれなかった。大事な、大事な家族を、たった一人の妹すらも守ってやれないのか)
(い、やだ。いやだ。嫌だいやだいやだいやだいやだ!!!!俺は、まだ戦える!!俺の身体は死んでなんかいない!例え魂すら燃え尽きても、肉体が燃え尽きない限り俺は戦う!!動け、俺の身体、ウゴけぇぇぇぇぇ!!!!!)
暗闇を漂うフレアスター、透の声は誰にも届くことは無い。
彼の声を聴く人間はここにはいなかった。
しかし、一つの声が彼に問いかけたのだッ!
不思議なことにそれは、聞き覚えのある声であった。
「ヒーロー、フレアスター。戦闘行動を続行しますか」
それは各ヒーローが身に着けているパワードスーツの機械音声。無機質なその問いに、暗闇を漂う彼は考える間もなく答えた。
(俺は、こんなところで負けていられない!!妹を守る!決めたんだ!約束したんだ!!だから、智里を救うためなら悪魔にでもなってやる!!それが俺の、ヒーローだから!!)
「・・・つ、勝つまで、勝つまで!俺は戦い続ける!!」
機械音声が放った言葉は、今まで聞いた事の無い単語が含まれていた。
「戦闘続行の意志を確認、疑似E細胞の投与を行います」
戦いを見守っていたヒーロー達は、全員が戦闘態勢を取ろうと変身し始めていた。彼らは明確な敵意を持ってアヴェンジャーへ視線を向ける。フレアスターの安否を確認するため、電磁バリアの制御盤に一人のヒーローが触れようとしたその時だった。
「GGGGGGGGGuAAAaaaaaAaAAAaaAaaaaaaa!!」
人のものとは思えない叫びが空間に響き渡る。まるでこの場所が揺れているように感じるほどであった。
何事かとヒーロー達は視線を電磁バリアの内側へと向ける。アヴェンジャーは相変わらず地面に倒れたままで、それまで床に倒れていたフレアスターが消えていること、そして、その代わりにそこに居たのは、
全身が蒼い炎に包まれた、四足の獣、狼のような化け物の姿であった。
ヒーロー達は突然の化け物の出現に驚きを隠せないでいた。
「新たな怪人?」
「それとも新種の化け物か?」
「あれはなんだ、なんなんだ!?」
「一体、どこから入ってきた!?」
その蒼い獣は大きく開いた口を閉じたかと思うと、もう一度口を開き、吠えた。すると、身体の一部が、まるで火の粉のように飛んできたのだ!
(智里・・・ともり・・・トモリ!!俺ガ守る守ルマもる守る、オ兄ちャんが守ってヤる!!守ル守るマもる!お前ヲ悲しませナい!!苦シい思いにもサせない!!お前ノ笑顔は俺が守リ続ケるッッ!!)
放たれた身体の一部は電磁バリアに衝突し、消えていくが、全方位に向け射出される身体の一部は炎の塊であり、広い範囲から衝撃を受け、電磁バリアの防御を超えようとしていた。
その攻撃の最中、アヴェンジャーは目の前の化け物を見て呟いた。
「すでにお前は俺と同じになってしまったのか。お前は、ヒーローとして死ぬことよりも、大切なものを守るために死ぬのか。ク、カ、カカ、クカカカカカカ!!」
身体の再生が終わったのか、アヴェンジャーはゆっくりと立ち上がった。その時だ、電磁バリアが破壊され、空間全体に炎の塊が射出され、その場にいたヒーロー達は防ぐすべなく皆、燃え、溶けていった。その中をアヴェンジャーは臆することなく進む。
「ヒーローを辞め、怪人にもなれなかった哀れな、男よ。せめて、同じ化け物。俺の手で、安らかに眠れ」
アヴェンジャーの胸部が開き、中から緑色の球体が現れる。その元へエネルギーが溜まっていき、徐々に球体の光が強くなっていく。
「ヒーローであった時の方が、お前は
化け物の開いた口の前で立ち止まったアヴェンジャーは憐れむように言った。彼は見たのだ。口の中、舌の部分にあたるところに、フレアスター、新堂透の肉体がそこにはあった。
「ヒーローよ、永遠なれ」
真っ白な光が、その大きな身体を包んだ。かの化け物は新堂透の肉体と共にかき消されたのだった。
最速の星はその名の通り、灼熱の流星となり大地に落ちる前に、燃え尽きた。
彼のその後を、死の瞬間を見たものは誰一人としていなかった。彼の最後がどうであったのか、それを知る由は、ヒーローにも人間にも、妹でさえも無い。
化け物と、怪人だけが真実を知る。
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