第6話 灼熱の星、輝いて

 それまで暗闇に等しい通路を歩いてきたアヴェンジャーだが、通路の先、光がどんどん強くなっているのがわかる。その光の先こそ、目的地であるヒーロー演習場であった。


 徐々に強くなっていく足音、自分の身体が震えているのか、それとも強敵、宿敵との対面に歓喜しているのか。違う、彼はただヒーローを殺す、ただそれだけであった。


 今の彼は体内のE細胞の作用により強力な力の代償として、人間性を失いかけている。しかし、かの化け物には恐れはなかった。自分が自分でないものに変わろうとしているこの状況もとうに慣れてしまった。それがE細胞のせいであったのか、それとも彼の復讐という感情がそうさせているのか。

 

 彼自身にも定かではなかった。


「来たな、怪人。俺たちの仲間を殺したお前を野放しにしておく訳にはいかない。どんな理由であれ、悪は、この俺が、フレアスターが滅却してやる・・・ッ!!」


 演習場の広さは、縦横数100mもあろうかという巨大な空間であり、フレアスターとアヴェンジャー、両者を囲むように電磁バリアが張られ、その外側ではヒーロー達がフレアスターを見守っているかのように立っていた。

 

 その外側には拘束具をはめられた乾田が複数のヒーローに監視されながらアヴェンジャーをじっと見ていた。


「これは、何のつもりだ?」


 フレアスターと一騎打ちの形となっていたアヴェンジャーは不服そうに言った。


「見てわかるだろう。お前と、この俺の一騎打ちだ。サシでの勝負・・・・・・だ。誰にも邪魔はさせない」


 フレアスターは右手を強く握り、その手をアヴェンジャーの方へと向けた。そして、彼は『変身』した。その名に恥じぬほどの強い輝きを持って。アヴェンジャーへと向けられた拳に火が灯る。その炎はやがて全身へと右腕から伝わっていく。


 フレアスターの身体が全て炎に包まれ、目が眩むほどの輝きと共に、正義の言葉が紡がれる。


「チェェェンジッ!フレアスタァァァーーーー!ゴーーーーー!!」


 通常のヒーローと違い、GOTHのメンバーであるフレアスターは変身の際に協会の許諾を必要としない。そのため、彼は通常形態であってもヒーローとしての能力を扱うことができ、その一部を変身の際に相手からの攻撃を防ぐ手段として炎をその身に纏うのだ。


 正義をその身に宿した彼の身体は先程のシンプルなパワードスーツから一変して、赤と黄を基調とし、その姿はまさに太陽や隕石を思わせるものになっていた。しかし、何よりも目を引くのは胸部から腹部を覆う大きく突き出たドリルのようなものである。腕、脚にはそれぞれブースターのようなものが付いている。


「復讐者、この俺、フレアスターの戦い方を知っているか。ヒーローはあらゆる現場に派遣される。それも並大抵の数じゃない。そのたびにお前たちのような怪人と戦闘になる。怪人たちには色々な種類が存在し、行動パターンや攻撃方法も違う」


 フレアスターが突然、話し始めた。その隙をつくようにアヴェンジャーはその脚力を持って床を蹴り上げ、フレアスターの直上、腕から生えた鋭い刃を振り下ろす。


 その刃は、何かを切断・・・・・することなく・・・・・・地面へと突・・・・・き刺さっていた・・・・・・・


 確かに、下にはフレアスターがいたはずだった。けれども、彼の姿はそこから消えていた。


「でもな、俺たちヒーローは変わらない。決まった能力で怪人を倒し続ける。使う技は限られている、そんな中で俺たちは戦ってきた。どこぞの秘密結社が作ったような量産型の怪人とは、そこが違うんだよッ!!」


 フレアスターの声はアヴェンジャーの上から聞こえてきた。


「俺は最速のフレアスターッ!!その速さ、捉えることが出来るかぁッッッ!!」


 突如、アヴェンジャーの身体が浮き上がる。否、彼の身体は上へ押し飛ばされたのだ、名前の通り、その体を一つの星と化した、フレアスターの突撃によってッ!


「グウウウウゥゥ!」


 腹を重い何かで潰されたような衝撃が襲う。


 宙へ上がった彼の身体をまたも衝撃が襲う。


 横方向に吹き飛ばされた彼の身体は電磁バリアへと近づき、


「ガアアアアアァァァッッ!!」


 痛々しい悲鳴が響く。肉が焼けるような音を立てながら彼の身体はバリアに弾かれ床へと落ちる。


「もうまともに立ち上がることなど出来やしないだろ。これがGOTHの、日本を守るヒーローの力だ。このメテオバンカーを喰らって身体に穴が開かないほどに頑丈なのはすごいが」


 アヴェンジャーの手がピクリと動く、数度だけだが、その強烈なまでのフレアスターの突撃をまともに受けた身体はぼろぼろらしく、アヴェンジャーの腕や脚は小刻みに震えていた。うつ伏せに倒れていた身体を無理やり起こそうと頭を上げる。荒い息が、彼の限界を伝えているようだった。


「もう立ち上がるな、それ以上は苦痛しか無いぞ。俺は、お前をただ殺すだけだ。無意味な苦痛を与えて殺したくはない」


 肩で息をするアヴェンジャーは、そう声をかけるフレアスターを鈍色の瞳で睨むように言った。


「お前は、家族を失ったことがあるか?」


 その意外とも言うべき質問に、フレアスターだけでなく周囲のヒーローたちも困惑を見せた。おかしなことを言う、と言わんばかりの態度をとるフレアスターにアヴェンジャーは続けた。


「わたし・・・俺は、ヒーローに憧れた。街の平和を守るヒーローに、けれどそんな大層なもの、俺には慣れるわけは無かった。でも、俺には家族がいた。家族を守る、ヒーローになら、なることが出来るんじゃないか、そう思った」


 アヴェンジャーの話に、フレアスターは自分の妹である智里の姿が頭をよぎった。家族、妹、それは彼がもっとも大切にしていたものであった。目の前の怪人は確かに悪だ、けれど家族を語るアヴェンジャーの姿はどこか自分と似ている、そんな風にフレアスターは思い始めていた。


「だが、そんなものは俺の幻想でしか無かった。あるのは、すでにこの世からいなくなった家族の思い出と、お前たち、歪んだ正義を掲げる英雄への復讐!ただ!!それだけだァァァァッ!!」


 アヴェンジャーの身体がピキピキと音を立て始めた。危険を察知したフレアスターは大きく後ろへと飛び退いた。アヴェンジャーの背中がみるみる膨らんでいき、蜂の羽音のような音を上げ、やがて。


 大きな羽根が、その背中から生えていた。


 様子をうかがっていたフレアスターは、アヴェンジャーへ先程と同じように両腕両足のブースターを使い突撃した。

 身体をあれだけ痛めているのなら大したことはできないハズだと踏んでの行動であった。が、アヴェンジャーはフレアスターの予想を超える行動を見せた。


 アヴェンジャーは突撃しているフレアスターの真横から腕の鋭利な刃でフレアスターの脇を刺そうと迫っていた。


(ま、まさか。この俺の速度に追いつくのか・・・!?)


 咄嗟にブースターの向きを変え、脇に刺さろうとしていた刃を巨大なドリルで弾く。互いに距離を開けるため、後ろに飛び、再び宙へと飛び上がる。


 演習場は、先程までの一方的な戦いと違い、互いが互いの攻撃をすれ違いざまに弾き合うというような様になり、他のヒーロー達からはすでにドリルと刃が擦れ合ったときに出る火花だけしか目に映らなかった。


 お互いに致命傷を与えられずにいることに苛立ちを覚えたフレアスターはさらなる形態へと移行しようとしていた。


 それは最速のヒーローが最速である真の姿であった。


「メテオドリル、パージ!!」


 アヴェンジャーの刃がドリルに弾かれようとした、その瞬間の出来事であった。ドリルのみが下へ落下していったのだ。

 

 弾かれるはずの刃は宙を切り、地面へ着地しようとしたとき、


拳がアヴェンジャーの顔面を捉えていた。


 燃えるなどという生易しいものではなく金属をも溶かすような拳が、アヴェンジャーの視界に入り込んだ。


 羽根を大きく動かし、その場で回転するアヴェンジャー。拳は羽根を溶かし、バランスを失ったアヴェンジャーは地面へと落下する。



「さぁ、立って見せろ、怪人。こっからが第二ラウンドだッッ!!」



 拳を繰り出したのは、先程までとは少し異質な姿のフレアスターの姿だった。

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