第3話 アヴェンジャー

 街中に浮き出た影はときおりその形を変えつつ縦横無尽に街灯に、電気看板に、信号機に照らされ、その姿を晒す。腕からは鋭い刃が生え、長く伸びた尾、口元から溢れ出る謎の液体、丸めた背には無数の骨のような突起物、悪夢に出てきそうなソレはこの閑散とした夜の街で何をするのか、市外の一点をじっとその玉虫色の瞳で捉えていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


中国地方、広島県にある海沿いの街


「後少しなんだ!もう少しだ!今あいつらに捕まるわけにはいかねぇ!なんとしてでもあの場所に行かないと行けないんだ!」


 犬に似た頭部を持つ怪人は地面を這うように走る。その勢いは陸上選手とは比べ物にならないほど速く、複雑な住宅街を網の目を縫うように走り抜けていく。これらを空から追う者が2人、背部にジェットエンジンを積んだヒーローだ。彼らの着ているパワードスーツもまた怪人と同じような速度で飛行していた。しかし、網の目を縫うように移動する怪人と違い、空には障害物などほとんどなく暗い中でも視界を確保するための暗視モードに切り替えていたヒーローたちの方が有利な状況であった。


「こちらフレアスター、どうだ。対象は指定のポイントにおびき出せそうか?」


 1人のヒーローは通信機から音声を受信した。ヒーローは怪人が予定していたコースに現在突入していることを伝えた。


「よし、ご苦労。その調子で空から威圧をかけておけ。くれぐれも家屋などに攻撃を加えないよう、うまくやれよ」


 2人のヒーローは怪人がコースからそれることのないように手に握ったライフルを構え直した。


 その時だった。彼らのレーダーに警告音がなった。それは彼らが訓練時に数える程度しか聞かなかった、ある者の接近を感知した音だった。


「今の警告音、聞こえたか!幹部クラスが来るぞ!」


 一人のヒーローが声を荒げ、同僚である自分の隣を飛行していたヒーローに視線を送る。


「作戦本部に、至急連絡を入れろ!お前はそのまま犬型の怪人の追跡を続行、俺は相手の姿を捕捉しだいそちらに合流する!」


 そう言ったヒーローは反転し、力の開放を行うべくある言葉を叫んだ。


「ヒーロー、ストレグス!ファイターッ、モーーーーーッッッド!!」


 パワードスーツから機械音が聞こえてきた。


「ヒーロー、ストレングスの変身要請、許諾。ただちに怪人の殲滅に移行してください」


 マスクの下でニィっと笑ったストレングスは、続けて叫ぶ。


「チェーーンジ!!ストレングス!!ゴーーーーッ...オォ!?」


 突如、自分の体がいうことを聞かなくなった。と思ったのもつかの間。彼の胴から下が地面へと落下していくのを彼は


(あれ...?おかしいな...俺の体、だよな...嘘だ...こんなの何かの間―――ッ!)


 彼の意識はそこで消えた。彼よりも上空から降ってきた影によって、彼の頭がまるで水風船を割ったかのように中身をまき散らして、そのまま地面に落下し肉塊と血で下にあった住宅の屋根を赤く塗りつぶした。


「おい!応答しろ!ストレングス何があった!!おい!!」


 追跡を続行していたヒーローは同僚からの通信が途切れたことに不安を覚え、すぐさまフレアスターの居る作戦本部に通信を入れた。


「報告します、こちらディフェンダー!!幹部クラスの怪人の出現を確認!迎撃に向かったストレングスと通信不能!!繰り返します!ストレングスと通信不能!幹部クラス出現!」


 彼は通信を終え、ふと後ろを振り向くと。


 


 月の光に照らされ、


 玉虫色の目を輝かせた不気味な何かが、


 狂気的とも言えるまでに顔を歪めて、


 彼の足にしがみついていた。



「う...ッ!うわああああぁぁぁぁ離れろォォォォーーーーー!!この化け物野郎がぁあああAAAA!!!!」


 ディフェンダーは手に握ったライフルの引き金を引き、その化け物へ鉛の弾丸を浴びせかけた。が、化け物はもろともせずに後ろから伸びてきたその長い尾でライフルを巻き取りディフェンダーの腕ごとへし曲げ、銃口を彼の頭部へと押し当てた。

 引き金を引いたままだったディフェンダーはそのまま自分の頭に鉛の銃弾を何度も何度も弾倉が空になるまで撃ち込んだ。

 やがてその体はどんどん落下していき、「グギャリ」と音を立て道路に落ちた。


 上空を飛んでいた飛行音が無くなっていることに気付いた犬型の怪人は辺りを見回した。そこで突然声をかけられた。犬型の怪人は即座にその方向へと振り向き戦闘態勢を取った。 

 街灯の光に照らされ姿を現したのは昆虫型の怪人、犬型の怪人を追っていたヒーローたちを殺した怪人であった。


「君、奴らに追われていたんだろう。私が殺しておいた。もう安心していい」


 犬型の怪人は少し怪しみながらも答えた。


「あぁ、確かに俺は追われていた。さっきまで聞こえていたジェット音が聞こえないってことは確かにアンタがやったんだな」


 昆虫型の怪人はうなずき、こう質問した。


「こんなことを初対面の相手に聞かれてあまりいい気分にならないとは思うが、1つ尋ねたい。君には“帰る場所”はあるのかい?」


 犬型の怪人は、相手の質問の意味が最初はよく分からず唸ったが、しばらくしてこう答えた。


「同じ怪人、しかも命の恩人のアンタには言うが。俺には残してきた家族がいる。身内が怪人になっちまった人間なんてとてもじゃないが、今のご時世迫害だなんだ、気味悪がられるってもんだ。だからよぉ、俺ができれば守ったやりたかったさ。俺の帰る場所なんざ、こんな化け物になろうが年をとってボケようが、あそこだけなんだからよぉ」


 犬型の怪人はその人間とはかけ離れた顔から涙を流した。過去、人間だった時の日々を彼は思い出してしまったのだろう。それは怪人となった今では二度と取り返すことのできない、叶うはずのない日々だったのだから。

 落ち着いたのか涙で塗れた顔を拭った彼は昆虫型の怪人に言った。


「俺の名前は乾田いぬいだ ばんってんだ。アンタの名前は?」


 昆虫型の怪人は、何かを考えていたのか俯いた顔を上げ、こう名乗った。




「私の名前は...いや、など教えたところで意味はない。


 改めて、私の名前はアヴェンジャー、


 全ヒーローをこの世から殲滅するために蘇った男だ」


 突然、アヴェンジャーと名乗った男は何を思ったか急に股関節、膝関節を曲げ始め、地面を思いっきり蹴り上げ、空へと舞い上がった。

 

 そのとき乾田の目に映ったのは、怪人とは別の、人間性すらも捨てた復讐者と名乗る化け物の姿だった。


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