第4話 猛火

「ジョーカーと……ハートの8頂戴な」

「……くそっ、持ってけ」


『また近くにお伺いします』とは言ったものの、流石に昼日中に乗り込んでいくわけにもいかず、少年はマスク少女とトランプをして時間を潰していた。

 ゲームの内容は再び大富豪。少年は別のゲームにしようと提案したものの、聞き入れられることもなく、ちょうど一回目の搾取が始まったところである。


「……お前も『覆らない貧富の差が――』ってクチか?」

「やだなぁ。わたしは相手の手の内が筒抜けになっているのが好きなんだって」


「大して言っていることが変わんねぇぞ、おい」

「情報戦を制するものが、世の中を制するって決まってんだから」


「……そういやママさんは?」

「買い物だってー。はい、8切り」


 何気ない会話を続けながら、カードを切っていく二人。時間が経つにつれて、テーブルの上にカードが積もってゆく。


「……そうかい。なぁ、やっぱり二人で大富豪はやめようぜ? せめて――」


 どっちかが戻ってきて、三人になってから――と言おうとしたところで、ガチャリと裏口のドアが開く音がしたのだった。


「おや、丁度いいタイミングで帰ってきたんじゃない」


 スタッフがこの時間に店に来ることは殆どないだろうし、ママさんならば帰って来た時には一言ぐらい何か言うだろう。となると、帰ってきたのは銀髪幼女に限られてくる。


「――! ――……!」


 ――が、しかし。裏口の方から聞こえてきた声は、聞きなれないものだった。


「あぁん……?」


 様子がおかしいと確認しに行こうとした少年だったが、声の元は裏口からまっすぐにラウンジへと近づいてきているようで、そのままの姿勢で侵入者を待ち構えていた。そして数秒もしないうちに影が見え、銀髪幼女が姿を現したのだが――


「おい、俺をどうするつもりだ!? 離してくれ、お嬢ちゃん!」


「げ……」

「うわぁ……」


 二人とも唖然として、手に持っていたトランプを取り落とす。


 確かに裏口から帰ってきたのは、いつものメンバーの一人である銀髪幼女だったのだが、なにかがその手にぶら下がり、ジタバタともがいていた。


 幼女に前足を掴まれ、吊し上げられていたのは野良犬――

 中型犬程度の大きさなのだが、特筆すべき点はそこではない。


 そこにあったのは、人間の顔――頭部が人間のものであること。それこそ街で噂になっていた、人面犬であることだった。


「ほ、本当に拾ってきやがった……」

「アンタ……それ、どっから拾ってきたの」


「…………?」


 頭を押さえる二人に、不思議そうに首を傾げる。その眼差しは『拾って飼おうって言ったよね?』という確認のようであり、そして何事もないかのように、あっさりとした様子で答えた。


「……どこからでも」






「とりあえず……その、犬? ――は、下ろしてあげようか。脱臼とかしちゃうらしいし」

「……わかったの」


 マスク少女に諫められたため、銀髪幼女はパッと手を離して人面犬を雑に下ろした。この《ムラサキカガミ》に来るまでに散々な扱いを受けたのか、ようやく自由に動けるようになった途端に、ブツブツと何やら言いながらそこらを歩き回り始める。


「ちくしょう、何だってんだまったく。こんな屈辱、今まで受けたことがねぇ……」

「はぁ……捨てて来いつっても無駄だよなぁ……」


 目の前の現実に、少年は冗談ではないと辟易としていた。


「……ね、飼お? ちゃんとご飯もあげるし、トイレも躾けるから」

「おいおい。どんなプレイだよ」


 銀髪幼女の中で、この人面犬は完全に犬としてカテゴライズされているらしく、首輪を繋いで世話をする気満々の様子だった。

 少なくとも、少年にとっては完全にオッサンの部類に区分されている。首輪を繋ぐのも、床に置かれた食事を食べさせるのも、ペット用のトイレで用を足させるのも、考えるだけで頭が痛くなる状況だった。


「しっかし、泥だらけで汚いなぁ。シャワー出しっぱなしにしてきたから。自分で洗ってきてよ」

「お、おう……すまねぇな、嬢ちゃん」


 どこにいたのかは知らないが、まず間違いなく外をうろついていたのだろう。そんな人面犬がこまめに風呂に入ることなど、まずあり得ない。せめて店内をうろつくのならばと、マスク少女が声をかけた。


 本人も多少は気持ちの悪い部分があったのか、少女が出てきた先にある風呂場へと向かう人面犬。その尻尾は陽気な様子で左右にブンブンと振られていた。


「一丁前に尻尾を振るな。蹴っ飛ばすぞ」


 いい歳をした(?)オッサンが愛嬌を振り撒いているのを見て、少年は思わずそう言いざるを得なかった。






「さて……やっぱり本当にいたんだねぇ。人面犬」

「こいつが乗り気な時点で、嫌な感じはしていたけどな……」

「…………?」


 少年が目を向けたのは、風呂場にタオルを置きに行って帰ってきた銀髪幼女である。多少なりとも非難の色を込めて視線を送っていたのだが、幼女の方は全く気づく様子もない。少年は頭をカリカリと掻きながら、ため息を吐いた。


「とりあえず、どうするか考えとかねぇと……。何か身元が分かるような物とか持ってなかったのか?」

「……別になにも」


「本人が喋れるんだし、直接聞いてみたら?」

「……あー。そうするか……」


 人面犬が風呂場から戻ってきたところで、いろいろ話を聞こうとしていた少年だったが、ママさんが先にラウンジへと戻って来る。珍しく慌てて――というよりも、血相を変えて。


「ちょっと、大変よ! 商店街のお店からボヤが出たって!」

「え――」

「なっ……どこからだ!?」


「お婆ちゃんのやってた……お肉屋さん……!」

「――っ! 様子を見てくるっ」


 ラウンジへと戻ってきたママさん以上に慌てて――

 少年は自転車を取りにバーを飛び出す。


「待って! 私も――」

「――乗れっ!」


 座席に飛び乗るマスク少女。それを確認するや否や、少年は全力でペダルを漕ぎ始めた。現場に近づいていくにつれ、消防車のサイレンの音が大きくなっていた。

 商店街の入口からお婆ちゃんの肉屋まで、元々閑散としていた商店街だったために人も殆どおらず、二人はあっという間に現場へと到着する。


 ――商店街の一角が、紅に、煌々と燃える炎に染まっていた。


 店を遠巻きに眺める人だかり、まるで商店街中の人を集めたのではないか、というぐらいの規模である。

 既に消防車が到着して放水を始めてはいるものの、炎は未だ収まる気配を見せず、二階部分にある窓からは、炎と共に黒い煙が吐き出されている。


「婆ちゃん! 婆ちゃんは――!?」

「わっ!? ちょっ何してっ――!」


 居ても立ってもいられないと、自転車を乗り捨てる少年。荷台に座っていたマスク少女も、間一髪のところで飛び降り、怪我をすることなく着地する。


  マスク少女も初めて見る、少年の取り乱した姿。音を立てて自転車が倒れるのも構わない様子で、少年は辺りを一心不乱に見渡していた。そしてその足は、火事の中心となっている店へと向かっている。


「――ちょっと!? 店の中に飛び込むのストップ!」

「止めるな! 早く行かないと婆ちゃんが――!」


「お婆ちゃんいるから、待って! 待ってって!」

「え――?」


 マスク少女が指さす方向を見て、少年は僅かに平静さを取り戻す。その先には、既に消防士から火災発生時の状況を聞かれた後なのか、消防車の影に座っているお婆さんの姿があった。その表情は絶望に染まっており、音を立てながら燃えている店を見て涙をボロボロと零している。


「こりゃあ、ちょいとやり過ぎだぜあんたら……!」


 ぎりりと奥歯を噛み締める音。少年の瞳には、紅に燃え盛る炎が映っていた。

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