第3話 初顔合わせ
「……6のダブル」
「……9のダブルなの」
テーブルの上に、カードが放られていく。向かい合っているのは少年と銀髪の幼女。カードの奥に隠されたその表情は真剣そのものだった。
「――Kのダブルっ」
「Aのダブル」
「……パスだ」
《ムラサキカガミ》のラウンジで、少年は銀髪幼女とトランプに興じていた。
奥の方から聞こえてくるのは、ママさんとマスク少女の会話。
『いろいろあるけど……どれにする? なんでも似合うと思うけど――』
『い、いやいやいや。ドレスとか絶対無理だから。ぜ、絶対にこっち!』
夜には‟島倉組”の幹部連中がこぞってバーに集まってくる手筈である。
それに向けて、ママさんも準備をしていたのだが――
普段は表に立たないマスク少女が、今回は手伝いたいと申し出たのだった。
滅多にない出来事にママさんが張り切って様々なドレスを用意するものの、『自分には似合わない』の一点張り。
「――で、結局そっちを選んだと」
結局、マスクで顔を隠したままスーツ、カウンターに入ることにしたようで、バーの更衣室から出てきたマスク少女は、すらりとしたシックなスーツを身に纏っていた。
更衣室の中では、ママさんがドレス片手に残念そうな――いかにも『いつか着せようと思っていたのに!』と言わんばかりの表情をしている。
「赤いドレスで出てくるかと思ったんだがなぁ」
「……いったい、いつの話してんだか。――で、何やってんの?」
「いや、思っていたよりも時間がかかりそうだったからさ。暇つぶしに――」
「――8切り。階段革命、7渡し、8切り。3のトリプル。5で上がりなの」
銀髪幼女が手持ちのカードを次々と、最終的には空になるまで出し続けてゆく。
的確なカード選択により、少年にパスかどうかを悩む暇さえ与えられることは無かった。
「……なぁ。そろそろ二人で大富豪するの止めないか?」
ゲームの中身は大富豪。
各地でいろいろローカルルールはあるものの――
新しくゲームを始める際、前回勝ったプレイヤーが前回負けたプレイヤーから好きなカード二枚を交換できるのは、どこで遊んでも変わらない。
問題は、複数人ならまだしも遊んでいるのが二人だけということである。
大富豪と大貧民しかいない――つまり最初のゲームに負けてしまうと、永遠に搾取される側に置かれてしまうのだった。
状況は言わずもがな、少年の連戦連敗。
待っている間に勝ちの目を見ることは一度たりとも無く。
「……この決して覆らない貧富の差を楽しむのが好きなの」
「こんなに性格の歪んだ幼女見たことねぇ!」
少年はお手上げと言わんばかりに、悲鳴を上げながらテーブルの上にカードを放った。
そして――夜。
「こんな何もない街にいたところで、何の得もありゃしねぇ。賢い奴ほど早くから時代の波に乗っかってる」
バー《ムラサキカガミ》に、野太い男の声が響く。
スタッフが相槌を打つ中で気分を良くした壮二郎は、さも上機嫌に地上げの順調な進み具合を語っていた。
「過去に縋って生きてる奴等の我が侭で、な? この街が足踏みしているのを、俺は見ていて我慢ならんのよ」
これまで自分達が過ごしていた商店街について、散々な言われようだったものの――
プロであるスタッフたちは、眉一つ変えずに相槌を続けていく。
「そこで俺らがな? ここらででっかいビルでも建ててもらうために、一肌脱いでるわけ――なんだ、あの娘は。マスクで顔が見えんじゃないか。おい!」
「…………」
――が、今日だけの臨時で入っていたスタッフ――マスク少女は別である。
マスクで口元は隠れているものの、目は口ほどに物を言う。カウンター内で、無意識に険しくなっていたその表情が、より際立っていたのだった。
「ちょっと取ってみろ、目つきは悪いがなかなかの美人だ」
「――へぇ。ワタシ、綺麗に見えます?」
「そりゃあ、俺ぁ女を見る目だけは確かよ――」
「あ、ごめんなさいねぇ、彼女ちょっと風邪引いちゃってて。とっておきのお酒を用意してるんだけど――」
完全に酔いが回っているのか、ぐいぐいと絡もうとする壮二郎から隠すように、ママさんが高い酒を出してはぐらかす。その陰でチラと様子を窺うようにマスク少女へアイコンタクトを飛ばし、少女もここらが頃合いだと判断して、静かに控え室へと引っ込んでいった。
「お疲れさん」
「……危なかった?」
控え室内で様子を窺っていた二人がマスク少女を出迎える。
少年の方はいつでも飛び出せるような体勢で、ドアの傍にいた。
「……何やってんの?」
「飛び掛かるのかと思ってヒヤヒヤしてたんだ」
「ん、ゴメン。ちょっとイラッとしちゃって」
「まぁ、あとは座っとけよ。こっからは俺の仕事だ――」
「なかなかの店だったな。さて、次の店に行くかぁ? まだ飲めるぞぉ、俺は!」
「へい、すぐに車を回させますんで」
「――ちょっと待っていただけませんかねぇ」
壮二郎が迎えの車を待ちながら煙草をふかしていると――
声と共に、街角の影がずるりと動いた。
「――あぁ?」
壮二郎が目を凝らすと、一人の少年が暗闇の中から歩み出てくる。
夜も更け人通りの少ない時間帯に、一人でうろついているのも奇妙だが、一回りも二回りも年齢が違うであろう自分に馴れ馴れしく話しかけてきたということが、尚更の不信感を煽っていた。
「なんだガキ。誰に向かってそんな口聞いてんだ?」
「すいません、組長さん。ちょいとアナタと
護衛についていた幹部たちが前に出るも、少年は一向に怯む気配を見せない。
「都市開発の件――居心地の良かったこの街が変わっていくのが嫌だと、そう言っている人達がまだ大勢いるんです。お金なら用意します。だから、この商店街からは手を引いて欲しい」
「『金なら用意できる』? 馬鹿を言ってんじゃねぇ」
「――できます。信じられないってんなら、前金に数百万出してもいい」
「ハッ」
少年の言葉を鼻で笑い飛ばし、壮二郎は濃いタバコの煙を吐き出した。
「金を積まれたぐらいでコロコロ意見変えてちゃ、ヤクザは務まんねぇんだよ坊主。それに、これは俺が望んでやっていることだ。そのために邪魔なものを全て取っ払って――」
そして自分こそが街の支配者だと、そう教え込むように。
ゆっくりと抑揚をつけて語る壮二郎に対して、今度は少年が薄い笑いをこぼした。
「――だから、自分の父親を手にかけたんですかい?」
「――っ!?」
「このクソガキ!」
幹部の一人が殴りかかるも、少年はすいとそれを躱す。
一歩下がり、再び夜闇にへと溶けていく。
「また近いうちに、お伺いします――」
最後に一言、そう残して。
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