第2話 コロッケ
燦々と日が降り注ぐ中、自転車がカラカラと音を立てながら道を行く。
少年は緩やかにペダルを漕ぎ、後ろの荷台にはマスクの少女が座っていた。
『お仕事だったら、二階ですればいいじゃない』
『こっちよりも、向こうの方が回線が安定してるし、情報も漏れにくいから』
と、いうのがバーでのママさんと少女の会話。
現在、マスク少女の仕事を行うため――
二人は自転車に乗って、ゆるりと目的地へと向かっている。
「なんとまぁ、こっちの方は少し見ないうちに閑散としたもんだ」
地上げの影響か、所々で閉店を知らせる貼り紙が目に付いていた。
「ここ数日で倍ぐらいに増えてるんじゃないかなー」
「手口が強引すぎるな。大型のショッピングセンターでも建てるつもりかねぇ。
そんなに焦ってからに」
古臭さの残った、良く言えば風情のある商店街だった。
長ければ戦前から、それぐらい歴史のある店が昔から並んでいる。
二人もこの商店街で過ごした時期は長く、顔見知りも多い。
今日も、道行くだけでたくさんの人から声をかけられていた。
「あらまぁ、坊ちゃん。今日は嬢ちゃんとお出かけかいねぇ。コロッケあるから持っていきな」
「ありがとうございまぁす」
「さんきゅ、婆ちゃん。いつもありがとな」
自転車を進める速度を緩めて、少年は手作りのコロッケ二つを受け取る。
普段からの顔なじみで、ママさんもよく買い物にいく肉屋だった。
急ぎの用事があるからと挨拶を手早く済ませ、礼を言い離れていく二人を――
お婆ちゃんは、手を振って見送る。
「やっぱり美味いな、あそこのコロッケは」
あっという間に一つ、運転しながらも器用に食べる少年。
――受け取ったコロッケは二つ。
少年と少女で一つずつ食べるかと思いきや、そのまま二つ目もペロリと平らげる。
少女はそんな少年の行動を非難するように――
落ちないように掴んでいた力を少し強めた。
「……帰りにも寄って、五つ買って帰るか」
「……うん」
「ここでよかったんだよな?」
「うん。ここの回線が一番安定してるしねぇ」
その店の前には、二十万、三十万という値札。
並んでいる店の中では、一際浮いている値段表示である。
少年がしばらく漕ぎ続けて辿り着いたのは、PCショップだった。
商店街の隅の隅。ここまで訪れる人などいないのではないのだろうか――とも思えるような場所に、その店はある。
「奥のマシン使わせてもらうよぉ」
「おう、ご苦労さん。足がつくようなヘマしなけりゃあ構わねえよ。好きに使いねぇ」
二人が奥のスタッフルームに入ると、分厚いディスプレイに巨大なハード。
店に置いてあるどのパソコンよりも高額そうな筐体が置かれていた。
「しかしまぁ、パソコンなんてよく扱えるよなぁ。俺にはさっぱり分からん」
「勿体ないねぇ。これさえあれば好きなものは大概手に入るってのに――はい、こっからは神聖な仕事場だから入らないでねぇ」
まるで昔話に出てくる鶴のように、少女は少年をスタッフルームから締め出す。
店長曰く、『人のパソコンを後ろから画面を覗き込むのはご法度』とのことだった。
少女を待っている間、少年は特にすることもなく――
手持無沙汰のまま、店内をうろつく。
そんな少年を見かねた店長が、水を持ってきて声をかけた。
「ゲームでもして時間を潰しとけよ。ただウロウロしてたってつまんねぇだろ」
ピンボール。ソリティア。マインスイーパー。
「……あんまり頭を使うのは得意じゃなくてね」
「こんなもん慣れだ、慣れ。分からないところは教えてやるよ」
仕方なく、店長にアドバイスを受けながら備え付けのゲームで時間を潰す少年。
しばらくそんなことをしていると――
一時間ぐらいしたあたりで、額に汗を浮かべた少女がスタッフルームから出てきた。
密閉された空間で、発熱している筐体と同じ部屋。
季節は秋口とはいえ、室内は相当な温度である。
アドバイスを受けてもなお散々の結果だった少年は、待ってましたと言わんばかりに少女に駆け寄る。
「どうだった?」
「んーやっぱり黒だねぇ。まぁ、内容については帰りながらでも」
「父親殺しも地上げも、ぜーんぶ黒。証拠は掴んだから、その気になれば内部を引っ掻き回せるけど、どうする?」
PCショップからの帰り道。
まだ日も高く、カラカラと自転車が走るその荷台から――
少女はプリントアウトされた紙を、懐から取り出しかざす。
その紙には、バーで見たときと同じ顔写真。
現‟島蔵組”組長、島蔵
「……いや、直接会って話をしようと思う」
「まぁそう言うと思って、ママさんの店に行くように手を回しといたから」
件の元若頭が夜な夜な街に繰り出しているのは、出回っている情報から少女は把握していた。あとは他のバーへの根回しや、幹部に届くまでの情報の操作、その他諸々をしておけば細工は流々である。
「流石、持つべきは優秀な情報屋だな」
「でしょ。コロッケ、忘れないでよね」
「ただいまぁ」
「……おかえ――いい匂いがする」
少年たちが帰ると、行きの時と変わらず銀髪幼女が出迎える。
少年の腕には、行きの時に寄った肉屋の名前が入った紙袋が。
二人は帰りも行きと同じ道を使い、道中でコロッケを五つ買って帰ったのだった。
「あぁ、ただいま。お土産買ってきたぞ。いつものコロッケだ」
「あら、ありがとねぇ。私もあそこのコロッケ好きなのよ」
少年はがさがさと袋の中から一つずつ取り出し、渡していく。
最後に自分のを取り出し、最後に残った一つをマスクの彼女に渡した。
「ほら、お前は二つだろ」
「あ、ありがと」
少女はおずおずとそれを受け取り――
全員にコロッケが行き渡ったところで、ゆっくりと頬張った。
「……おいしい」
「ん、そうか。そいつぁ良かった」
そっけない返事をしながらも、少年の表情は明るい。
まるでコロッケを食べている少女本人よりも、その時を待ち望んでいたかのように。
「よし、そんじゃあ全員が食い終わったら――準備を始める」
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