第42話 Apnea6
「俺とジギルのタッグはこの世に於いて最強」
「嫌だぞ」
海賊王の財宝を発見する前、その時は丁度レオポンがジギルに呆気なくも振られた瞬間だった。レオポンの失恋を分岐点として覚えておくのは可哀想だが、その時の俺も違う視点からやはり、レオポンが可哀想だと感想していた。
「ではどうする? レオは居残りジギルはこの船に同行する、という事でいいの?」
小雪さんが二人の顔色を丁重な姿勢で窺っている、彼女はもう一昔前の傲慢な女帝ではなかった。小雪さんに問われ、ジギルは舌打ちを繰り返す繰り返す、まだまだ舌打ちする。それで小雪さんが折れると俺は思わない。
しかし、俺は二人を海賊島に残すのに杞憂が在った。二人は俺よりも強いから思慮しなくていいのだが、海賊島は無法者の巣窟だから。そこから連想し、対策を講じると『身代金』という手立てが浮かんでくる。身代金に適うのは、海賊王の財宝だろうとも、もしくは小雪さん任せか、その二つだ。小雪さんの凄惨な過去に配慮すれば心労を掛けるべきではない、しかし鳳凰座に泣きつくのが安直な実利、海賊王の財宝などとの信頼性に欠けるものよりは。
などとの蒟蒻問答を想起しつつ、俺は操舵室に足を運んでいた。
「クッソウンコしてぇ」
「ウンコしたいかウェンディ、ウンコしたかったら協力してくれ」
「――ウンコに協力すれば、ウンコ出来るじゃと?」
ウェンディの狂言には適当に付き合い、俺も気が触れない程度に彼女の肩に手を置いた。
「ウェンディは、例の真・船長室を発見した功労者だろ? だったらその勢いで海賊王の財宝の在処に目星立てられないか?」
稀人はその昔、聖地と友好が存在した頃こう言われていた、『デウス・エクス・マキナ』彼女達の手に掛かれば場が白けるらしい、稀人とは超常の存在だと近藤教官は断じる。
「お、おう、ウンコじゃな、メガッサウンコじゃな……しかし私はその能力を、説明したようにブラッディーに奪われております、海賊王の財宝には見当が付きません」
「――――父は誰も信用しない、――父は」
オゥ、アミーゴ……、彼女の存在を忘れていた。彼女は自分の父、マクダウェルの性格を口ずさみながらカメラのシャッターを切り続けていた。そこで俺は失念していたことに気が付いた――彼の幽霊を。
「……ウェンディ、あそこの海域に向かってくれ」
「どこですか?」
「一番胡散臭い海域だ」
ウェンディは目を光らせ、アミーゴがフラッシュを瞬かせる。と言うかアミーゴ、お前はもう家に帰れ、まぁ、いいや「俺と一緒に行こうアミーゴ」そう言うと彼女は俺の手を取り、自分の乳房に当ててアミーゴ! 中性的な彼女は性別が女であることを証明していた。
「ぎにゃにゃ、ふ、伏兵であるぞ出合え出合えー、アミーゴ、恐ろしい子」
ルドルが彼女を牽制しているが、アミーゴとは俺が勝手に彼女をそう呼んでるのであって本名じゃない。
が、彼女の呼称はアミーゴというのが浸透してしまった。
海賊王マクダウェルの幽霊と遭遇した『一番胡散臭い海域』に辿り着くまで、俺はアミーゴからマクダウェルの人柄を訊こうと思っていた。しかし彼が亡くなったのは丁度彼女が産まれた年、という事で海賊王マクダウェルの謎はその時点では晴れなかった。
もう、大方予想は着いているんだよな……彼を殺したのはミセスで間違いない。
彼と遭遇した海域に辿り着くと、彼の幽霊は「……――居ないよ、居ない」マオに確認してもらったが居なかった。
「い、居ない? 居ないんだそっかそっか、べ、別にルドル、びびってぇ、びびってませぇん、けどさ、もういいじゃん、このまま次行こう、そっちの方が優先事項高そうだしさ」
ルドルは超人的な身体能力に自負があり、彼女はその反動から心霊的な内容には滅法弱い。けどルドルのことだ、怖がっている様相を恣意的に取り繕っている可能性も高い。俺はある意味、彼女を信用出来ないんだ。
彼女への不信から気持ちを切り替え、冒険王が駆け抜けた青い空へと意識を飛ばす。この空も果てがない。幾重にも連なる気流が
俺は彼女に、海の旅もいいが、たまには空の旅でもしてみないかと声を掛けようか迷った。しかし――そんなのはどうでもいい。
「ルドル、本当のことを言ってくれないか……誰が父を殺した?」
「……知りたいのか? だけど生憎だったな、忘れちゃった」
俺は彼女を疑った、今甲板に居る彼女を。断定的な視線を彼女に向けている。
二十年前、みんなの証言から彼が抵抗した証拠はなかった。
彼は静かに殺されたらしい。あの事件の直後、父の死の真相を闇に葬ろうとする指針に憤慨した人が居た、ネロちゃんだ。ルドルの母であるメノウさんに至ってはルドルが殺したと証言する始末だった。父の死は今でも世間からは隠されている、表向きは門松に拉致されたままとなっていた。
「本当に、それであってるんだな?
当時の状況を忘却してしまったと言うルドルに再確認を取った。
「本当だよ、みんなにも訊いてみな、みんな、忘れたみたいだぞ」
その証言に、ウェンディの経歴が相乗して信じるに足る。だがそれでも脳裏では、苦痛を拭えなかった。泣いていたかも知れない――――……涙を紛らわそうと、一縷の希望に懸けようと、俺は海中へと身を投げた。
海底に潜れば、冥界へと引き寄せられている錯覚を覚え、視界には黒点のような物まで映っていた。俺に死の影が射したのだろう。俺はそこで見つけたのだ。侘しい暗闇の中、ある一体の遺骸が海底に潜んでいた。その骸は骨だけだった、肉は腐ったか、又は魚に捕食された。白骨の両腕には『海賊王の財宝』が抱かれていた。
「今度は何か拾ってきたね、何それ?」
海中から獲物を抱えて船上に上がり、肩で息を吐きながら、俺の興奮をルドルに伝える。
「っやったぞ、本当にっ、っ海賊王の財宝を見つけたぞ」
「ふーん」
骸骨が抱いていた財宝を船上で広げて、小雪さんに鑑定を頼み込んだ。
その間俺はその骸の骨を全部回収しようと船上と海底の往復を繰り返す。
「ほらエース、お前の取り分だ」
海底から戻った俺に小雪さんは大粒のルビーを手渡す。
彼女は当然のようにダイヤモンドを手袋越しに摘まみ矯めつ眇めつ鑑賞していた。
「どうしてこれをミセスにあげないといけないのさぁ」
「……いいではないですか。さして珍しい物でもないだろう」
ごねるルドルを小雪さんが諭すと、ルドルは小雪さんの手を払って恐らく一番価値の高いダイヤモンドを海へ落としやがった。
「めんごな小雪、腹立った。めんごめんごー」
小雪さんは振り払われたダイヤを一度追って欄干に身を乗り出し、その後はもう女帝、鳳凰座小雪の唯我独尊が始まった。
☠ ✗ ☠
そうして今、ミセスの前に玉石混交の『海賊王マクダウェルの財宝』を差し出すことが適ったという訳だ。
「凄い凄い、お手柄だ、エース」
「意外にも貴方の歓心が軽くて、拍子抜けしてるがな、それと、きっと恐らくこの遺骸がマクダウェルなんだよ」
俺は手に頭蓋骨を持っていた。彼の致命傷である後頭部には
見れば、彼女の手からドラッグの吸引具が音を立てて落ちた。
「使ったのか?」
「勿論。とすると、お前はやったことないのか? 最高だぞ、お勧めしとく……っ、っ」
「いつから常用し始めた?」
聖人の授業にはドラッグの講義もある。聖人は社会悪の抑止力となるべきだから。
でも、時には染まっていく聖人もいる。聖人と呼ばれど俺達も人間だ。時には過ちを犯す。
「安心しろよ、これは強奪品の一部だ。だから、これでもう最後だよ」
ミセスは昂揚感に浸っていたのだろうが、俺の冷視に気付くと我に返っていた。
「一応、お前との気分を盛り上げるために、お先にやらさせてもらってたんだがな」
「生憎俺達は健康優良児でな、まずドラッグなんかには手を付けないよ」
「……お前ら、本当は海賊なんかじゃないんだろ? 聖人、それがお前等の正体だ、違うか?」
海賊島は俺達の地図にも載ってない海域に存在していた。遠方から遥々ここに辿り着けば、俺はてっきりこの島の連中は『聖人』という存在を知らないんだと思っていた。だけど、知ってしまったんだな。
「あぁそうだ、調べればすぐに判ることだ」
「お前らこの島に何しに来た?」
俺達が訪れた目的は彼女に伝えたはず、彼女ならば信じまいとそれきりだった。
「言ったはずだ。俺達は海賊王の亡霊を弔うためにここへやって来たと」
「……お前らの所にミヤビが居るだろ? そいつにでもいいから、マクダウェルがどんな奴なのかもう一度訊いてみろ」
再度、帰路の途中にあるミヤビの店へ尋ねに行く用件が出来た。
それぐらいの足労ならば問題ない。
「あぁ、そうするよ」
「だから、お前等は単なるペテン師だ」
海賊王マクダウェルの願い事は二つ、彼女の幸せはこれで成就したのか?
彼女への復讐とやらはいずれ果たされるだろう。
もうこの島は栄枯を迎え、現状は限界だった。
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