第39話 ルドルのヒストリー その二
「止そうエース、つまらない話だよ」
「さっきの威勢はどうした? お前は言ったはずだ、俺は真実を知りたがっていると」
「……はぁ、お前は一体誰の味方なんだよ、別に聞かせてやってもいいが、本当につまらない話だ。お前も知っての通り、マドカの陰謀で鳳凰座小雪が失踪してな、私にその事件の調査の任命が下った」
☠ ✗ ☠
壬生マドカ、私に下った命令が彼の身辺調査だった。元々私達は沖田教を警戒していた。その中枢に壬生マドカの名前があった。彼は沖田教の幹部をまとめ上げ、門松と結託して部下に指示を下していたようだ。
最初は本当に、壬生マドカと接触したのは聖地朧町、私達の実家だった。彼は腹違いと言えど私の兄で他人よりは近しい立場の人間だ。だから私にその任が下った――
「先輩ちーす」
父の部屋で待機していれば、マドカの母親が来訪する。マドカが例え悪人であろうともこの場でどうにかしようと思わないだろう。エースも今後それぐらい頭使うんだぞ?
「それで、マドカくんはいつ頃やって来そうですかね?」
巴ちゃんや父さんにはマドカの件は伏せておき、表向きは私の初恋となっている。
「ん~、何か意味深なこと言ってたんだよな~」
「……何て言ってました?」
巴ちゃんは何かを仄めかす。
まさかいきなり核心に迫る内容だったりするのか、心臓が跳ねた。
「とにかく母さん達をびっくりさせる、つってたな」
巴ちゃんや父さんにはその発言の真意は推し量れないだろう。
「マドカァアアアアァァ――――! 僕と契約して魔法少女になってよ」
その時、唐突に父が絶叫する。私は彼の血を遺伝しているから、嫌になった。
そのせいで暗い学生生活を送り、周囲を見返す一心で研鑽を積み
恨むのなら壬生沖田、
妬むのなら壬生マドカ、
恋するなら壬生エースの三拍子でOK?
「こいつはこうじゃが、マドカの名前は私の名前、巴の字面から命名されちょる」
「……へぇ、男性にしては女性的な名前で、加えて彼は麗容な相貌なんですよね? だったらいいじゃないですか、名前負けしない立派なお人なんでしょうね」
一応、私はそのことを記憶に留めておいた。
その日はどんな些細なことでも見逃さないように集中している。
そう言えば私はエースが憧れている冒険王、
鳳凰座小雪、失踪直前の小雪と私はそこで出逢った。
「……初めまして」
座して待てば本命のご登場、さらにはオマケの小雪まで着いて来て。
その当時、鳳凰座小雪が壬生マドカの雇用主だった情報は既に掴んでいる。
(鳳凰座小雪、マドカの雇い主、マドカは彼女を紹介しに来たのか)
小雪の隣にマドカは
マドカの第一印象は――綺麗、だった。
少女漫画に出てきそうな程洗礼されていて。
まるで女形でも出来そうな、花形の様な男だと思えた。彼にそう声を掛けると。
「鳳凰座が俺をその様な男に洗礼してくれたんだよ」
母メノウが用意したお茶で一緒に寛いでは、聖衛官の常套手段である心眼でマドカの記憶を探っていた。しかし、マドカから見えてくる記憶に疚しい物はなかった。聖地の悪魔、私の姉、近藤が言っていた心眼の信用性の脆さを痛感したよ。
「――ッ」
小雪が早速父に唾を吐きかけていた。
目を離した隙に父は小雪を不快にさせたらしい。
「マドカ、話にならんぞこんな奴」
「申し訳ございません小雪様。生憎この人は有史以前からずっとこんな調子で、壬生家は彼のことに関しては諦めてるんです」
父はその時悄然とし、マドカを無言で見詰めていた、まるで冷視のような瞳でな。
「父さん、何かマドカくんと確執でもあるの?」
「マドカには――」
父がマドカに苦言か何かを言おうとした時、マドカは
「気を付けて欲しい、貴方が何を言おうとしたか知らないが、小雪様は俺の雇い主だぞ?」
やはり、マドカには裏がある。そんな確証を早々と取れてしまった。
「帰るぞ、今日はまったく……貴重な時間を棒に振ってしまった」
そして父に憤慨した小雪が席を立ち、マドカを連れて帰ってしまう。
マドカが立ち去ってから、早速父に先程言い掛けた話を問い質したよ。
「父さん、マドカくんには何か理由があるの?」
「……マドカが、なんかそれを訊かれたくなさそうだったからな」
それでも私も仕事だ。どうにかして訊かないと。
「教えて欲しい、私にもちょっと事情がある」
「どんなぁ?」
「……仕事だ。聖衛官の」
「……なら、俺の言いたかったこともそっちで調べればすぐに判ることだ。ただ、マドカの周りには門松の影があるみたいだったから」
「ありがとう父さん」
しかしそれは既に私達が知っている情報だった。
マドカには様々な嫌疑が当時からあった。
まずマドカの初犯には、兄弟を殺害したとされる疑いがあった。
☠ ✗ ☠
「はい、おしまいおしまい」
「そんな馬鹿な、犯罪の実態なんか何一つなかったじゃないか」
「ここから先は私に取っては悔しい思いさせられたからな、ただそれだけだった嗚呼、ルドルお姉さんの黒歴史」
ルドルの昔話はそこで打ち切られた。釈然としなかったが、誰にだって。
――誰にだって、知られたくないことの一つや二つあるものだ。
だから俺は彼女達を許容したんじゃないか。
だから彼女達を誘って、世界の果てを目指している。
ルドルや小雪さんが一目で美青年と認める壬生マドカ、彼は今頃何処に居る。
兄の消息を案じていれば、
小雪さんは船長室で仕事に励み、マオは調理場で料理を研究しているのだろう。
彼女達の様に俺にも現状与えられた役目がある、海賊王の財宝探しだ。
「ルドルお姉さんの、寝返り、ルドルお姉さんの、寝返りシーズンツゥ~」
「ほうっ。いやらしい形した便器だ。ふん!」
ルドルはウェンディと相も変わらず戯れていた。
「ルドル、そろそろ手伝ってくれないか?」
そろそろ、と言うのは海賊島で過ごした時間と成果の挙がらない海底浚いの回数が積もりに積もったから言うのだ。俺一人では限界を感じてならない。
「ヤだよっ」
ルドルは顔を背け、即答で拒めば、気分屋で小悪魔という自称を証明していた。
「……愛してるから」
この言葉には、彼女と恋慕を交わした二十年の歳月が払拭した恥を含んでいた。
ルドルは口を噤むと半眼で俺を見詰めていた。
「偶然とは素晴らしいね……昔マドカからも言われた台詞だ。だから余計にドキっとしてしまったよ、ルドルお姉さんは」
「マドカと何かあったのか?」
「あぁ、散々利用された……」
マドカはルドルに甘言を用いて利用し、小雪さんには嘘偽りのない愛とやらを詐称していた。一言で言って、悪魔の様な男だ。それが俺の実兄だという事実が重く圧し掛かる。
「壬生マドカ……」
甲板では水着姿のジギルがリクライニングシートでずぶ濡れになっていた。その恰好で甲板に居続け、雷雨に曝されようとも動じなかったらしい、素晴らしい豪胆且つ無精だ。
「ジギルはマドカを知っているらしいな、何でも戦友だったって」
「当然だ。愚兄愚妹愚弟と、愚かな弟妹達は特に可愛がってやってる」
俺は「はいはい」と流し、ルドルも「あっそ」と流した。
「エースはマドカの実の弟だったな、はっ、似てない似てない」
まぁこれで、壬生家で一番ハンサムなのは誰なのか決定された、そう、ジギルだ。
「マドカの方がお前よりも数倍かっこよかったぞ」
「壬生家で一番ハンサムなのはジギルだろ」
ジギルを悪く言うと、彼女に惚れているレオポンがゆらりと動く。
「エース、ジギルを愚弄、侮蔑、嘲笑と無下にすると言うならば」
――殺す!! というレオとジギルの定番のやり取りで思い出したのだが。
「なぁ、今日って確か父さんの命日じゃないか?」
彼の命日は終戦日であり、新年が明けて短日の頃だった。
二〇二一年一月三日、俺達は亡き壬生沖田に向けて。
「ではでは、壬生沖田に五分間の黙祷」
天国でもない地獄でもない『あの世』、其処で父は英雄と一緒に時を待っている。
黙祷はいいが……この中に父を殺した人物がいることを忘れてはならない。
みんなが瞼を閉じている最中、俺はルドルの様子を窺った。
お尻が痒かったようで、掻いていた。そして――
「……――」
彼女が一瞬、父の位牌代わりに向けて親指を逆さに下ろしていた。
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