小雪

第34話 小雪の選択 その一

 甲板に身柄をえ、岩窟に存在する絵画的な海賊達のアジトを傍観していた。

 何秒も、何分も、何時間も傍観を続けていれば当然日は傾き雲は流れる。


 そして次第に海賊島には夜が訪れる。


 俺は未だここの島民の暮らし、生活風景を知らず、憶測と希望では海賊達が和気藹々わきあいあいとビールを飲み干し海賊賛歌など歌い興じては頬を朱に染め……まぁ俺が顔出した所で連中は一斉に銃口を向けるんだろうな。


 俺は彼らに歓迎される理由がないよ。謀られる財力は持ち合わせているかも知れないが。欄干に手を掛けて屈んで、疎外感そがいかんを満喫中だ。


 ウェンディから聞いた話では俺と共に深海へと沈んで行ったミセスも無事救助されたらしい。

 彼女に面会しに行くか行くまいか逡巡している。しかし今は駄目だ。今行くと夜這いと誤解されそうだ。今日の壬生エースは敗戦上等と、明日の俺に期待しよう、ちなみに明日まで残り四時間程の猶予がある。


 船内に戻ると、小雪さんの表情がいちじるしく暗かった。

 彼女の視線は常に水面下にある。

「……あ」

 小雪さんは揺れた船体によろけてつまづいてしまった。


「おやおや、小雪はおばあちゃんだね」

 ルドルが皮肉交じりに小雪さんに手を差し伸べるのだが、小雪さんはその手を払い除ける。

「しかも意地悪だぁー。そんな人は醜いよね」


「……それって、貴方のことじゃない?」

 俺は咄嗟とっさに自然愛を彷彿とした。草花を愛し、隠れ蓑として愛用したい。ないか。

 俺の口から漏れる二酸化炭素を光合成してくれるような草木が欲しい。ないか。

「なぁエース」


「何だよ?」

「小雪さんって愚かだと思わないかい?」

「貴方にそれを言われたらお終いねルドル」

 本来だったらこの二人は共闘するほど絆が深いのだが……。


「小雪さん、何かありました?」

「そうだよ、絶対変だよお前。悪い男に弄ばれちゃった? 例えばー、絶対の信頼を寄せていた部下に裏切られた。みたいな?」


 心眼の体得者であるルドルは、小雪さんやマオやチュンリーの過去を覗いて、時にはこういう場面で引き合いに出す。まるで世界外交の縮図だな。聖地は時にルドルの立場を模して非難を受けたりもする。


 ルドルは小雪さんの核心を悪戯に引っ掻き回してさっさととんずらしてしまうし。

「ちょっといいですか?」

 怖いな、小雪さんは俺を手招いている。

 彼女に連れられたまま船長室へと通された。


「チュンリー、今から少し内密な話を彼としたいの、席を外してもらえる?」

 船長室ではチュンリーが勉強に勤しんでいた。他のメンバーの姿は見えない。小雪さんに打診された内容に首肯して彼女は速やかに退室した。これはチュンリーの長所で、彼女はこの船で一番素直で勤勉だった。


「まず、この話は貴様以外に聞かれたくない。その点は平気か?」

 今日の小雪さんは警戒心が強く、言い換えれば敵愾心が表層に出ていた。

 俺は五感を使って船長室付近の気配を察知し、誰も居ないことを彼女に告げた。


 すると小雪さんは瞼を閉じ、俯き加減になった。

「……っ、壬生沖田、彼を殺したのはルドルだ」

「……確かに、ルドルだったら本気でやりそうですね」

「嘘だと思うのか?」


 俺にはその真偽が判らないのだ。

 本当に嘘かも知れないし、嘘から出た実なのかも知れない。

 しかし、だ……俺にはその殺害状況が想像出来るんだよな。

「証拠があるんですか?」

 俺は顔を横に背け、上目遣いで小雪さんに尋ねていた。


「まぁそれなりにな。次は私かも知れん……あいつは、気まぐれと、思いつきで人を殺せてしまうような奴だ」

 それは一般的に愉快犯の類だろう。


「人は思いついたら、ついそれをしたくなってしまうのが本能だからな」

 すると小雪さんは訥々とつとつと、自身の過去を語り出した。


「エースは私の両親について何も知らなかったな」

 俺と小雪さんはそれなりに将来の約束を交わした仲だ。

 彼女は行方不明になって以来実家に帰ることを拒んだ。

 だから彼女の両親に紹介される、なんて関門を俺は通らなかった。


「私の母は鳳凰座ほうおうざ誠一せいいち、父のことは我が家ではタブーとなっている。だから私も父がどんな人なのかは知らないんだよ」

「そんな生い立ちがあったんですね」


「母は父のことを今頃どこかで野垂れ死んでいるだろうと言っていたよ。そんな私は幼少の頃から母に経営者としての素質の真贋に掛けられて育って行った――――」

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