第33話 だから彼女は決して
ただ、その幻想的な人里に住む人間までは悠然としてなかった。
俺は鬱屈としていた気分を切り替えるために、船を抜け出し、情緒ある海賊島の石畳のメインストリートを歩けば無粋な海賊達が銃口を突きつけ強盗未遂を俺に仕掛けてきた。
「いらっしゃい」
銃声がニ、三発と鳴り響き、海賊達の蛮行とその報いの悲鳴が上がった後でようやく素知らぬ顔してミヤビが営む喫茶店に辿り着いた。
「あらエースくん、元気になったみたいで、ほっとしたわ」
彼女にも先程の銃声は聴こえていたと思うが、数瞬思慮してそれきり、放置した。
「アイス
「了解よ」
この店も今や俺の行きつけだった。
今日はミヤビと眼鏡属性に付いて語らいたくなった。
「眼鏡っ子って、初めて眼鏡を掛ける瞬間こそが何よりも最高だよな」
「ふーん」
ミヤビは眼鏡トークに対する関心はなさそうだったが、俺は食い気味に話を続ける。
「元々それなりに視力あった子が、熱心に勉強した影響で悪くなってな、近視用の眼鏡を街まで買いに行ったんだ。俺達みんなで」
俺達はいつも行動を共にしている。この二十年ずっと続けてこれた。だから今ではこんな確信がある、二十年も、千年もそんなに変わらない。ならば、俺達はいつまでもずっと一緒に居られることが出来る。そう思える。
今日の話題の中心はチュンリーだった。
絶海の孤島に居た頃の彼女とは違って、今では程々に博識と呼べる。
元々チュンリーに学力コンプレックスなんてなかっただろうけど。
「なんや、チュンリーちゃんってあの船では影潜めてるやない? 何か
「そんな訳ない」
いや、そうなのかも知れない。ミヤビには即答で否定したが、チュンリーの私生活の側面を邪推すれば、膂力で敵わないと分かってるから、彼女は知力を培う。その細腕にしたって、父を殺すには十分だったんだ。
――チリンチリン、喫茶店のドアベルが鳴り、かつての薄幸で憐れだった彼女を思い出させる。努力するチュンリーを憐れむのは最低であり俺の関心を買う。その自覚は俺を忸怩たる思いにさせてくれた。今の俺は彼女よりも無知で馬鹿だ。
「……もしかして迎えに来てくれたのか?」
噂をすれば影が差す、喫茶店に入ってきた客はチュンリーとマオの二人だった。
「そんなわけないでしょ、ちょっとね」
「これは姐さんの意地なんです」
マオの意地、それは一種の美徳に足り得た。マオは意地っ張りで、特に俺、俺に対しては強情だ。二十年前よりはマオと親密だと確信出来るが、彼女の意地の張り様は時に堪らない。簡単に言えばツンデレ、余り多用したくないが一言で言えばツンデレだ。
「とりあえず……珈琲とカレー、二つずつね」
マオが先導して二人は鷹揚に空いている席に腰掛ける。
ここにも彼女の意地は垣間見られる、何故か彼女は俺と少し距離を取る。
「悔しい……んだよね」
「悔しいって何かあったのか?」
マオにもしばしば料理人としてのプライドがあったらしい。
「珈琲とカレー、この二つだけは海賊島で出される方が美味しいらしい。そんなの、悔しいでしょ」
「あぁじゃあミヤビ、俺にもカレー一つ、食べ比べしよう」
「ッチ」
マオは常に反抗的である。だけど、そんな彼女と時々蜜のように甘い時間を過ごすことがある。それはマオの方から誘ってくるのが多い。恋人で言えば、ツンとデレと二面性の彼女を持っている気分になれる。
もしもマオに父を殺す動機があったとしたら、男に耽溺する意図があってのこと。
「はいお待ちどう様、海賊カレー三つね」
マオの顔を見ると親の仇のように睨み付けている。使われている香辛料の匂いを嗅ぎ分け「あれとあれと、あれか」と海賊カレーの調味料を指で数え調査していた。俺が彼女への好意から企業秘密と主張して視界を遮れば。
「うるさい黙れ……はぁ」
と一蹴される。それでこそ俺の知っているマオだ。
「姐さんはため息好きだね」
「……なんで私は……エースには風当たりキツクなるんだろ」
などと俺の耳に入れる。この時点で『気分転換する』という目的はもう叶った。最初こそ海賊に発砲され危険を感じて心中が一杯になったが、止めよう、思い出すのは止めよう。
海賊島特製の珈琲とカレーを頂いた後はマオ達と一緒に船へ戻った。道中マオは俺を足蹴にし、チュンリーが瞳を怪しく光らせて「勧善懲悪」と俺を悪代官にキャスティングしていた。
「お帰りエースぅ~」
ルドルの声がする方向は上からだった。港には海賊船が居並び、俺達の船は港の一番端の桟橋に停泊している。今時の海賊は
幻想的な
チュンリーやマオはタラップから帰っていったが、俺だけはサンデッキまで飛び乗った。
「ただいま」
そこではいつも通りジギルが愛聴している朧ブルースが流れている。
「大変宜しい元気だこと、お帰りエース」
俺は一つ間を置いてから、直視したルドルに躊躇いを覚えていた。その内容は期限を『こう』決めてある。
世界の最果てに辿り着いたら、その時は彼女に――プロポーズしよう。彼女の双眸が俺を見詰め、まるで俺の心を見透かしている。たぶん、ルドルは俺のその決意を知っているんだと思う。
彼女はその時を待望している筈なんだ、「――」でなければ、彼女は俺にこんな挑発的な微笑みを見せることはない。
この際、彼女との誓いなど無価値な物なのかも知れない。それよりも彼女の愛を信じることが大事なのかも、俺の心の霧は世界の最果てに着くまで晴れてくれない。だが、俺は彼女に愛されていると信じろ。
俺は彼女を愛していると、信じるんだ。
「……いけないなエース、私とお前は姉弟なのに。父さんから怒られるぞ」
だから、彼女は決して父を殺してないんだ。
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