第31話 そして真相は闇に葬られる

 翌日、ミセスに説明を求めるとこう言ったのだ。

「お前の目を、私に惹き付けたかった」


 ミセスは俺達のお宝探しに付き合ってくれる、言わばちょっとした恩人だ。

 だが彼女はみんなの貴重品が保管されている船長室に侵入を図ったのだ。

 これだけはいくら何でも看過かんか出来ない。


「……あの金庫には何が入ってるんだ?」

「みんなの宝だよ」


 俺が見かけた時、ミセスは船長室の金庫のロックを解除しようとしていた。

 だから俺は彼女を止め、何をしていたのか問い質した。という訳。


 そう言えばミセスは海賊達のボスだったんだなと、その一件で再認識する。

「あの金庫の中身が知りたいか?」

勿体もったい振るなよ。だけど焦らされるのも、ちょっといい」

 彼女を船長室から連れ出し、誰の目もはばからず、通路の一角で彼女と肉薄していた。

 彼女の双眸そうぼうには依然覇気が籠ってないが、それでも不思議な魅力がある。


「時間だ。私の我慢の限界だと言い換えてもいいかもな。正直に吐け、エース」

 しばらく考えたかった。ミセスを仲間に迎えるのかどうかを。

 だけど彼女自身にその気がない。じゃあ俺は一体何を迷っているんだ。

 それは、彼女とのこのキスで分かった気がする。


「海賊王マクダウェルの願いは二つ。ミセスの幸せと、犯人への復讐……あいつは、業が深い」

「業が深い……死んで当然と、お前は言いたいわけだ」

 妬みなど、聖人が持つような感情ではない。


 俺の口唇は彼女の唇に吸い付けられ、吸魂されたように離れ行く恍恍惚惚こうこうとつとつを惜しんだ。

「……痛いのか?」

 海賊王マクダウェルが致傷した部位が、俺に憑依ひょういしたようだ。

 ――頭と、――心が、痛い。


「まぁいい、なぁエース、昨日は」

 ――すごかった。ミセスはマオとどこか似ている。普段は図々しく高圧的で、時折男を扇情する。彼女達は一体男のどんな反応が見たくて敢えてそうするのか、甚だ疑問ではあるが、まさか母にそれを尋ねる訳にもいくまい。



 その後、俺は甲板に出て、日々の日課である母への連絡をしていた。

 父が亡くなった今、母さんの相手をするのは息子である俺の役目だと自負する。

『そう言やさエース』

「何だよ?」

『お前ブラッディーのことリスペクトしてるみたいだけど、あの人本当はもっと怖いんだぞ』

 だけど、俺は母さんに「だけど」と言葉を続けてしまう。


「だけど母さん、彼女が言ったから、俺は世界の最果てを目指してるんだしさ」


 ブラッディーが世界の最果てに希望を置いてきてくれたのだ。そこには俺本来の夢である『世界を一周する』ことも乗っかっている。しかしそれはまるでパンドラの箱状態。血紅のドレスを纏い、かつて聖人の宿敵だった彼女が希望だけを残しているはずがない。


『まぁともかく、先輩はブラッディーをずっとこう呼んでた――死神、ってな』

「だから――」

 その瞬間、俺の後頭部を誰かが小突く。振り返ればそこに居たのはミセスだった。


「言っただろ。あの人もこうやって殺されたってさ」

「……問題は、どうしてそれをお前が知っているかだ」

「どうしてだろうな」

『しもしも?』


 海賊王マクダウェルの死因を探る高度な方法があるのだとしたら、再現、してしまうことだったりするのだろうか? 彼は何者かに後ろから襲撃され、後頭部を裂傷した。そして犯人は海賊王の下腹部を抱え、海へ落とす。


 俺と母の会話を聞き及んでいたのか、ミセスは――

「エース、ここで夢を語った奴は必ず死ぬ」

「それ、一体何でそう言われてるんだ?」

「他愛のない、それがあの島の歴史だからさ。数々の奴がそうやって死んで行った、だからだ」


 ミセスは海賊島で夢を語った奴は必ず死ぬというジンクスを強調してくるのだ。

 あの島、海賊島が廃れている理由はそのためではないか? 

 そのジンクスにも俺はついいぶかしがってしまう。


 夢を語れず、浪漫を絶やし、希望を殺いでしまう。殺伐とし過ぎだろう。

 内心では海賊島に揶揄やゆを吐き捨てていた俺にミセスは冷視を送っては。

「こうすればいい」

 この口上から海賊島のジンクスと、海賊島の疑問点の関連性を示唆するのだ。


「声を荒げて自分は海賊王だと名乗る。するとどうだ、そいつにとって夢物語は夢じゃなく、現実の物となる」

「あの島で海賊王だと吹聴してる奴が多いのはそのせいか?」


 彼等はジンクスのために対策を張った。

 その結果が彼等の虚栄心に拍車を掛け、相次いで海賊王が続出しているあの島の背景だった。


「ミセス、もっと他に情報はないか?」

「もうない。後はあの人が最後残した財産ぐらいだ……予感はするよな、ここら辺にありそうな」

 再現してみよう、海賊王の最期を――――


 彼は甲板に顔を出し、アルコールを含んで欄干から身を乗り出して母に便りを入れていた。その時、安堵していた彼の隙を突いた犯人が背後から強襲、彼は海へと自由落下して。

 そして水飛沫を、誰にも気付かれない程度に上げて落水する。彼はあぶくを伴い、海上へ顔を出す。船の作る波に呑まれながら、事態を静観する。船体の淵を見上げると、そこに人影は……、そこには――彼の恋人の姿があった。だとしたら?


 彼は、彼女のために真相を黙った。

 彼女の裏切りを知り、全てを諦め、天を仰いで、自ら命を絶った。

 こんなにも辻褄が合ってしまうと、中々他の可能性を視野に入れ難い。


 奴は何て願った、――彼女の幸せと、――彼女への復讐だと。矛盾している。

「エースぅ~」「そこで何をしてるんです?」

 海上から声の鳴る方を見上げると、ルドルと小雪さんが船上から覗いていた。


「さっきミセスがここから落っこちたぞ~」

 ルドルにそう言われて気が付いた――海が赤くなっている。


「はぁぁ――っ!」

 肺を酸素で満たし、少し潜ると、血の跡を追って、俺はすぐにミセスに追いついた。

 ミセスはかけそくだが意識があるようだ、俺に抱きつく。


(――っ!? 何故……)


 すると突如として、体内からが発せられなくなった。何者かの手が俺の髪を掴み、海底へと重力を掛けるように引っ張っていく。俺は抵抗しようと、感触を頼りに体に纏わり付く引力を振り払うのだが、出来なかった。


「……――エース」

 ミセスと一緒に俺は深海へと、深い闇へと沈んでいく。

 このどうにもならない状況に、俺は覚えがあった。

 その時は父が死んだ。


「……――」

 肺に含んでいた酸素を、ミセスに口移しして送る。

 最後はずっと、ミセスと口付けしたまま螺旋し、闇へと沈んで行った。


 父を殺したのは、間違いなく彼女達の誰かだ。

 そう思うと、俺は海賊王マクダウェルの気持ちになれる。


 例えば、大切なものと、大切なものを天秤に掛けて。

 それぞれが失ってはいけないものだと分かった時。

 そしたら人は最後の選択を止め。


 そして、真相は闇に葬られる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る