第27話 Apnea3
門松は父を殺す動機が最も強かった容疑者だ、ミヤビはその容疑者の娘だった。
「ルドルお姉さんには、ミヤビちゃんが門松の娘だったこと、お見通しだったぞ」
ルドルはそう言い、ミヤビのおでこをちょこんと突く。
手合いが怪奇物じゃないと判った
ラウンジに集った皆は唐突な来訪者を物珍しがるように囲んでいる。
船は依然、
「一応、父親は沖田くんだったらしいし」
とミヤビは言う。
つまり、俺が二十年前、あの絶海の孤島で門松から受けた宣告は真実だった訳で、ミヤビは父が最後に残した子供だった。
それはつまり、
「つまり、俺の妹?」
ミヤビとルドルに交互に視線をやれば、ミヤビは頷いていた。
「うんうん、そうなると思うよ」
ミヤビが生まれる以前は下の妹弟が居なかったため、俺が末の子だった。
心境は困惑としている。
そのまま俺はラウンジから抜け出て暗がりな甲板へと向かう。
ケータイを操作する手は震えていた。
『しもしも?』
俺は母さんにミヤビの件を報告しようと電話を入れる。
――……すると、母と電話していた俺の後頭部を誰かが小突いた。
「気を付けな、あの人もこうやって殺されたのさ」
振り向けば、黒いレザーの衣装を身に付けたミセスが夜闇に溶け込んでいた。
船内灯が無機質に照らしている甲板には俺と彼女の二人きりだった。
「ちょっと今は」
『しもしも?』
母と電話する俺を彼女は見詰めていた。
彼女は――海賊王を殺した犯人を知っている。
彼の殺害状況まで詳細に、彼女は知っている。
「お兄ちゃん? いやいや、エースくんはエースくんよ」
「お姉様って呼んでくれてもいいんだ・ZO」
「遠慮しとくね」
次第にミヤビとルドルが歓談しながら甲板にやって来ては、ミセスと二人きりの状況を壊してくれる。ミセスは彼女達を目視するとジギルの固定席であるリクライニングシートに腰を下ろした。
「なんでよぉ~、なぁんでぇっ、なぁんでぇぇ~。いよっ、エース」
「母さん、このことをみんなに伝えておいてくれ、特に渚さんに、渚さんを通して
ミヤビが壬生沖田の子供だったことが問題なのではない。
ミヤビの母親が風祭門松だったことが大問題なのだ。
『にゃるほどな、にゃるほど……あぁわかった』
物悲しいが、俺は母との通話を名残惜しく切った。
「エースくん、これは運命だったんよ。エースくんと私は必ずこうなる運命だったんや」
ミヤビはその後狂信的な内容を口ずさんだ。
相手が運命論を唱えた場合、俺達は近藤教官から「聖人詐欺だ」と言われる。
「俺達のこと、門松から聞かされてたのか?」
「もちろん、だから私はずぅっと待っとったんよ」
「可愛いじゃないの。なぁエース?」
確かに可愛いよ。キモウトだよキモウト。
ミヤビはルドルが舌なめずりする程可愛かったらしい。
「ありがとう、エースくんも、恰好いいよ」
ミヤビから病的な愛情を向けられる。俺の心は半々に別れていた、「ミヤビイズマイン」か「オゥノォ~、オーマイガー」、ミヤビに引き継がれた二つの血筋の様だ。多分だけど、ミヤビには今後ともこの対極的な心情をもたげると思う。前者が『ガールズサイド』で後者が『ファミリーサイド』である。
「……ルドル、とミヤビ、悪いんだけど席を外してくれないか?」
それよりも問題は、彼女が犯人を知りながら黙っていることだ。
まるで仲間達が父を殺したことを黙っているかのように、訳がある。俺は父が死亡した事件の当事者だから、ミセスの気持ちが分かってしまう。船内灯で照らされていようとも、甲板には所々に陰があるから、内緒話するには丁度いい。
「ミセス、昼間の続きをしませんか?」
「何のさ?」
「貴方が悩んでるって言う内容にですよ」
「……海賊島はもう終わりさ。そうゆう話だ」
万が一にもないだろう、父とマクダウェルの死因が事故死や自然死である可能性は。彼女は出逢った当初から威厳を放ち、背反するように覇気が失せていた。俺は彼女のように諦めてない。
いや、それとも俺は諦めてしまった後なのか?
利己的な言い分で、親と周りを説得し、俺は事件の真相を闇に葬った。
「私達の存在を警戒してか、かつて海賊の宝石箱と呼ばれたあそこら辺は船の一隻も通らなくなっちまった。獲物の無い自然界の肉食獣はどうゆう運命を辿ると思う?
商船や漁船、海を知る人間が海賊に警戒を払ってない訳がない。
「海賊王の財宝ってデマで引っ掛けたトレジャーハンターがリークしたんだろう」
「財宝は実在するんじゃないのか?」
「その噂を流したのがシドーって男だよ」
釣られたのか、俺も……?
「マクダウェルの兄弟なんだ。だから生かされた。シドーだけが海賊王の財宝の在り処を知っている」
俺がその時感じた機微は、人によっては勇気を以て克服するべき壁だったと思う。
「……ミセスは、海賊王マクダウェルを殺した犯人を知ってますよね?」
俺は彼女の口から真相を知ろうとする。
その行動は聖人としての教訓が活力源だった。
「知ってるわけがない」
ならばもう、それ以上の詮索はしたくなかった。
ここから先を追及するのだとしたら、俺はとんだご都合主義者だ。
自分の知りたくない物――壬生沖田の死の真相――には
自分とは関係のない物――海賊王の死の真相――には好奇心で底を覗く。
そんな感じのだ。
「マクダウェルが生きて帰ってくるとしたら?」
「もっと建設的な話に切り替えよう。お前程の実力を持つ男は是が非にでも欲しいからな」
この状況は、俺が海賊王を自称している弊害だったりするのか?
海賊王を名乗ってるのは俺の遊び心でしかない。
冷静になれ、正気を取り戻せ、彼女の蜜を――
甲板の出入り口にはマオが佇んでいて、人差し指で俺を招いていた。
現状の俺を見て何かを察したらしい。
男の生理現象だったり、男の焦燥感だったり、男の下心をマオは気取った。
マオ、彼女は男を勃たせるのが上手かった。
☠ ✗ ☠
『――全員へ告ぐ。ウンコに辿り着いたど』
丁度
甲板から窺えるその海域には違和感があった。
「……お早う、エース」
もしかしなくてもこの時こそが、ミセスと初めて挨拶を交わした瞬間だった。
ミセスは俺から海上へと視線を移す。彼女の視線の先にはある一隻の船があった。
「ここら辺は
ミセスは右手を開閉して鮫に食べられたかも知れないシドーを皮肉っていた。
誰も乗ってない船、違和感はそれだけじゃない、一帯からは血の臭いがする。
「南無南無南無、成仏したまえ……頼むから、ルドルの前だけには化けて出てこないでっ」
「……」
小雪さんが甲板から俯瞰して海を覗いていた。財宝には目がないと見える。
隙ありと、小雪さんの背中をルドルが押し、海中へ突き落とせば。
「あは、落ちたね。じゃあルドルはちょっと救助してくるね」
「危険だぞお前等、海水浴するにしても場所を選べ」
今の声は俺じゃない、ミセスだ。
恐らく過去にやって来たトレジャーハンターの中にも鮫の被害報告は挙がっていた。
だけど、今俺の視界の中に、海賊王の財宝があるのか――――。
「貴様何をするルドル!」
「あっははははは、壊れたルドルには何を言っても無駄無駄無駄ぁ!」
ルドルと小雪さんが海面で遊んでいる。二人を観察していたミセスが
「ミセスはマクダウェルから財宝のこと特に聞かされてなかったのか?」
「周到な男だよ。一切の人間を端から信用しない」
財宝を、個人で隠匿する、という気持ちを俺は考えてみた。
「……マクダウェルは子々孫々と語り継ぎたかったんじゃないか?」
「一体何の話をしている?」
「彼は海賊王の財宝という夢物語を海賊島に残しておきたかった、だから」
だけど、隠匿するために乗組員を皆殺しにする必要性はない。
甚く、壮絶な浪漫。彼は残虐精神に裏打ちされた暗黒物語に魅了された。
「そんな感じかな」
「妄想力の
彼女の視界は俺だけを捉えている。
ミセスはそのまま上の空を仰いで、やはり覇気が失せた声音で俺に語り掛けてくる。
「お前は、あの島の将来をどう考える?」
「滅ぶも、活路を歩むも結局はミセスの判断次第なんだろ?」
「そんなことない、案外、お前の
ならば、俺が成すべきこと、やるべきことは唯一つ。
「ミセス、俺は意外と、ロマンティストなんだよ」
だから海賊王の財宝なんて話には目がなかった。
この感覚、胸が躍り、血が
これが人の夢だ――人が抱く大望は、俺を深海へと誘った。
「……なぁエース、海賊王マクダウェルの財宝を探し出した奴は――必然的に私の旦那になる。そんなお約束があるの知ってたか?」
それはまるで海賊王マクダウェルが最期目にした光景だった。
深い海の中では天地の方向を見失い、濃厚な青い
この事に二番煎じなど意味を成さない。最初に発見した奴のみに齎される栄冠だ。
(深い……どこまで行っても、底が見えてこない)
海賊王マクダウェルもきっと、海底のベッドで眠りたかったはずなんだ。
愛しい人、ミセスの幸せを祈りながら、彼の庭で穏やかに息を引き取りたかった。
「――――はぁ、はぁっ……はぁ」
「なぁエース、お前えらく長い間潜ってたな。お前は化け物か?」
「……――っ」
乱れた呼吸、酸素が不足している気管。海上を見上げると、ミセスが俺のことを俯瞰している。
陽光の影を作っている彼女の面持ちは、微笑んでいるように見えた。
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