第24話 Apnea2

 ――翌朝。ルドルや小雪さんが早速この海賊島かいぞくとうに不満を零していた。

「ルドルお姉さんの、お早う……つってな」

「お早う御座いますエースくん」

 起床し、ラウンジに顔を出すと二人はいつものように談話していた。

「お早う御座います小雪さん」


「あれれ? ねぇエース、ルドルには挨拶あいさつしない、あれれ、ねぇエース、無っ視っしないで!」

 今朝は目覚めの余韻よいんが漂い、眠気眼に耐えに耐え、ルドルに出鼻をくじかれる。

 毎朝の様に彼女に弄られることが日課だよ。

 ルドルは「はぁ」とラウンジの食卓に突っ伏し嘆息たんそくを漏らしていた。


「もうさ、さっさとこの島出よう」

「えぇ、私もルドルに賛成します」

 ルドルは早くも海賊島から離脱することを提案すれば、小雪さんの賛意さんいを得る。


「奴ら外部の人間と見ると途端にぼったくろうとしかしないしな、ルドルお姉さんこれでも結構な気分やだから、つい手が出ちゃいそうになーる。はぁはぁ、く、あぁあっ、私の中に封印されている邪神龍ラドルフ・ヴィ・エーテ・焔がぁぁ、つってな」


 ラドルフ・ヴィ・エーテ・焔、その名は聖地において伝説として語り継がれているとルドルはうそぶく。だが、それでは不味いのだ。俺は今日ミセスとの約束もあるし、聖人としての義務もある。その点ルドルは聖人の資格を放棄したらしいから自由気ままなものだ。


 その後船のコック、マオがつくってくれた美食グルメをグルメ漫画やグルメリポーターのネタで美味しく頂いている。船内には結構グルメ漫画があって、マオが参考にしているのだ。ルドルが「これ、つくって、こーれ。出来るよね?」と高慢だ。たまに俺がメシマズカルチャーをフィーチャーするとマオはブチ切れる。料理に関してはプライドがあるようだ。


「でも、この島の珈琲コーヒーだけは認める。く、悔しくなんかないんだからねっ」

 つまりこの船で出される珈琲は劣るとルドルは言いたいのか?

 そう表立ってこの船の飲食を揶揄やゆするとやはりマオが切れる。

「値段も他とは違って良心的ですしね」

 小雪さんもあの喫茶店はこの島における唯一の良心だと言う。


 普段は女帝として、非情な小雪さんが言うのだから、言葉の重みが違う。

「海賊達はそんな露骨に値段を釣り上げてくるんですか?」

「エースくんって意外と世間知らずだったりするの?」


 小雪さんはそう言い、慈愛の眼差しを送って来る。照れてまうやろ。しかし、俺は一体何故照れている。世間知らずな自分を恥じてではなく、小雪さんから優しくされたから、照れてまうやろ。なんだ。こと、相手が閉月羞花へいげつしゅうかな彼女であれば、照れてしまう。


 閑話休題かんわきゅうだい、彼女達に俺の意思を伝えよう。

「まぁ、まだ待ってくれよ。今日はミセスとの約束だってある」

「ルドルお姉さん、あの女とエースがハメてそうって思ってる」


 下品だな。お前は下品なお姉さんだな。一部には需要あるぞ。

 人間、思ってても口に出せない言葉など星の数ほどあるだろう。

 俺が抱いた女性の人数は、下品だな。


 でも、もしかして昨日俺は彼女から言い寄られていたのか? 朝食を済ませた俺達はミセスの部屋に向かう前にあの喫茶店でモーニング珈琲でも、という話題になっていた。

 二人の美女、小雪さんとルドルを連れ立って海賊島のメインストリートを闊歩かっぽしていると、海賊達は俺達を睥睨へいげいし、ミセスの息が掛かっているのか遠巻きに眺めているだけだ。


 すると――、俺達の目の前に現れた十五、六ぐらいの青年がポロライドカメラのシャッターを切り、撮った写真を俺達に売り付けようと商談し始めた。これから行く先々で乞食こじきだったり、こう言う手合いは後を絶たないだろうなと深慮しんりょし、悩んでいたぐらいだ。

 結局、小雪さんが彼の言い値で支払って、事なきことを得た。


「小僧、これからもこの悪徳商法で食って生きたかったら相手をとりこにするほどの見事な一枚をすっぱ抜いてみろ。貴様が今撮った写真は無論……論外ですよ」

 女帝降臨!! 強い、このカードは皆が賞賛しレギュラー入り確実。

 気のせいか、文字通りのカメラ小僧、彼の目は、ルドルが潰していた。

「いやらしんだよ! いや! いやらしいのよ! つってな」


 地面で悶絶もんぜつしている彼に俺は「アディオスアミーゴ」と言って別れた。

「いらっしゃい。あらま、昨日のお姉さん達にエースくんやないの」

「おや、気のせいか? 語尾にハートマークが飛んでいる」

 喫茶店に入ると店主のミヤビが眉を開いて俺達を歓迎してくれた。

 ルドルが俺と彼女の仲を勘ぐっている。


「気のせいやって。別に、私とエースくん、昨日ちょっと手が触れあったぐらいで」

「お早う御座います、とりあえずホット三つね」

「はいはい、ちょお待っとってな」

 俺達三人はカウンター席に腰を掛け、ミヤビが珈琲を淹れる仕草を眺めていた。


「エースは女を見る時、まずどこから見る?」

 逆に、ルドルは男を見る時まずどこから? と質問する俺の意図は何だと考えた。

「姿勢かな」

 例えばルドルは足を組んで体躯をやや前倒しにしている。

 小雪さんも足を組んで頬杖をついていた。


 ミヤビはたおやかな身体をしている。清潔感あふれるYシャツの胸元を開け、くびれから下にすらりと伸び行く黒のスラックス。注文を受け付けてから即座に豆をき、デミタスカップに注いで出される。要は、ルドルの質問の意図って『もっと私のことを見て』というアピールなんじゃないか? そう考えながら、店内に居る異性をよくよく観察しようと視線を忙しなく泳がせていた。


「はいホット珈琲三つお待ちどうさま」

「ありがとうミヤビ……ミヤビって可愛いよな」

「ありがとう、他でもないエースくんから褒められれば嬉しいよ」


 それが俺の世辞だったか、迂闊うかつにも零してしまった心の内だったかは判らない。この数秒後、自分でも下手したなと悔いるのだが、この瞬間だけは多幸感に包まれ、ミヤビとの交流を育んだ。

 そして数秒後、俺は隣席しているルドル達の方を見やった。

 

「昨日初めて会った奴によくそこまで入れ込めるねお姉さん」

「面食いなだけよ」

 ルドルと小雪さんは意外と平静な様子を保っていた。

「話しは変わるけど、俺の面に関しては極悪と大評判だが、この島に限っては美醜びしゅう相俟あいまっているらしい」


「ほう、年下の自画自賛ほど、見苦しいものはないよ」

 女帝降臨! このカード、最強の割にはレアリティが低くないか?

「……美味しい」

 ミヤビから出された珈琲を小雪さんが舌鼓したづつみしている。

 舌触りがまろやかで飲み心地としては灰汁あくがなく、されど濃厚な味わい。


 マオには悪いけど、珈琲に関してはこちらに軍配が上がるのも頷ける。

 珈琲の味を確かめていると、ミヤビが嬉々とした視線を向けて来た。

「エースくん達はいつまでこの海賊島に滞在して行くつもりなん?」

「さぁ、まだ未定だよ。しばらくゆっくりして行きたかったけど」


「だけどここってゆっくり出来ないだろ?」

 ルドルは海賊島を非難する。

 きっと、昨日小雪さんと買い物に出かけた短時間に、スリにでも遭ったのだろう。

「ここは外部の人間にはちょっと厳しいかもね」

 その台詞はここの人間でもあるミヤビのなけなしのフォローと言った所か。

「それではこの島の将来が危ぶまれる、と言うのにね」


 もしかして、ミセスのお悩みとは小雪さんが今指摘した内容なのではないか?

「初見がそう判断出来るのなら、ここの島民はもっと痛感していることだろうよ」

 ルドルは時事やゴシップに目を通し嗜むのだが、大抵は投げりな反応だ。


 海賊島の住民が困窮こんきゅうしているのは先程のカメラ小僧の一件で十分把握出来る。

 あのカメコ、あの後でちゃんと視力回復したよな?

 あの時、俺の耳にはズチョって聴こえたぞズチョって。


 ミヤビはルドルや小雪さんの顔を一瞥いちべつした後、再び俺を見詰めて来た。

「それがな、ほら、エースくんが気にしとった海賊王マクダウェルに面白い逸話があるんよ」

「笑かしてくれるんだろうな? ワクワク」

 俺はルドルに「無茶振りは止めろ」と言いたかったから、言ってやったポイズン。


「海賊王マクダウェルはここを一世風靡いっせいふうびした、言わば海賊の英雄や」

 そんな彼は裏切りに遭い、後ろから油断を突かれて亡くなった。

「だから彼には結構な財産があったはずなんや。文字通りの金銀財宝がな」

 笑いこそしないけれども、ミヤビの語る海賊王の逸話は俺に取って最高の愉悦だ。

「財宝っておよそどのくらいの?」


 こと、お金の話しになるとダイレクトに訊き出そうとする頼もしい女帝。

「さぁね。一説では某国の国家予算ぐらいあったんちゃうかって言われてるわ。海賊王マクダウェルはその財宝をある海域に隠して、その時同行していた乗組員を惨殺ざんさつして秘密にした。っちゅう噂やな」


「ふぅーん、何も海賊じゃなくても、トレジャーハンターとか集まって来そうだな」

「せやね。だから一説ではトレジャーハンターを誘き寄せる嘘やったって説もある」

 ルドルの推察がミヤビの口から新たな説を吐き出させた。

 前者『海賊王の財宝は実在する』として、後者『海賊王の財宝は真っ赤な嘘』だ。

 前者と後者では偉い違う。


「トレジャーハンターなんてケツの毛すらないのが大体だろうよ」

「下品だぞルドル」

 やっぱお前は下品なお姉さんだよ、一部には需要あるから安心しろ。


「でも、だからここはその昔結構にぎわっていたらしいよ。けど一時の話しやね」

「その件については今日ミセスに訊いてみよう。素直に教えてくれるかどうか分からないけど」

 ミヤビが淹れてくれた珈琲を飲み終え、お代をカウンターに置き席を立った。


「簡単簡単、ハメろ」

「気を付けて下さいね、念のため」

「またね」

 三者三様に出送られ、俺はミセスの部屋へと向かった。様々な思惑のせいか、俺はいささか緊張していた。そしてミセスの財力を確かめるように調度品や家具のグレードを小雪さんにならって査定している。


「…………」

 彼女は俺を視界に入れても、挨拶すらまともに交わそうとしなかった。

「昨夜の続きをしましょうかミセス」

「言っただろ」

 ミセスは短くため息を吐く。

 海賊の首領なのに彼女は覇気の代わりに色香を纏っていた。


「お前の本当の目的は?」

 俺は彼女に全く信憑性しんぴょうせいのない話しを信じて欲しいと願っている。

 俺にはミセスを騙すつもりはなく、たぶん、彼女達が最も理解し辛い善意だけで出向いている。

 海賊王エースと自称する俺がそうするのは余りにも不自然だった。


「ミセス、俺は貴方が幸せなら、彼にその朗報を伝えてやるだけです」

 愚直な態度を取ることで立場を一貫したい。

 それが現状の俺の淡い信念だ。


 そんな俺に、ミセスは黙した。

「今日、海賊王マクダウェルに関する面白い噂を聞いたんですがね。あの話って本当なんですか?」


「お前もマクダウェルの財宝を狙いに来ただけなのか?」

「まさか、今日初耳の情報ですよ」

「なら話しは早い。案内してやるよ」

 海賊王マクダウェルの霊魂が言っていた報酬の秘宝。

 彼が示唆しさしていた秘宝とは、このことだったのか?

 俺は立ち去ろうとするミセスの左腕を掴んで止めた。


「何だ?」

「昨日言っていた貴方の悩みとは何だ。俺はそれだけ解決出来ればいいと思ってる。俺もやらなきゃいけないことがあるんでな」


 ミセスは俺の手を振り払おうとして力を入れたのが伝わって来るが、彼女の腕力では土台無理だった。

「悩みの種が一つ二つだったら、こんなに悩んでたりしない」

 そしてミセスは空いている片方の腕で、俺の手を拭うように取り払う。


「根幹は? その悩みに纏わる抜本的な部分だけ言ってくださればいい」

「マクダウェルが不在なことが、それだろうな」

「彼が、よみがえる方法がこの世の果てにあるとしたら?」

「はぁ、お前強いらしいけど、頭はもう狂ってるな」


 海賊王の幽霊の話しといい、この世の最果てにあるとされている死者蘇生の秘法も、どれも全く信憑性がなかった。

 だからミセスが俺の神経を疑っている。


「何があった?」

「俺の悩みはある意味解決してしまっている」

 いや、それは希望的観測にしか過ぎない。

 俺達が世界の果てに辿り着けば、父が殺された理由は生涯不明のまま。

 その真相を闇に葬るために、俺達は世界の最果てを目指していた。

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