第23話 ラブコール

 二十年間、俺達は世界の最果てを一心に目指していた訳じゃない。

 時にはある人達の水先案内人を買って出たし、時には――

「やっぱお金は何かと入用だよねぇ」

 ルドルが旅の資金繰りを思案する一言を講じた時だった。


「心配することはない。それならばこの鳳凰座小雪が居るではないか」

 聖地朧町を出立した当初、金策面を不慮ふりょした俺達の船に『金の力』というバックボーン、超強力な威厳いげんを持参して女帝『鳳凰座小雪』は瞬く間に復活を遂げるのだった。

「そろそろ私も、淑女しゅくじょの皮を脱ぎ捨てるとするか」

「ぎにゃにゃ、女帝鳳凰座小雪様のご降臨どぅあ~」


 小雪さんは乗組員をラウンジに集めると、半眼を向け、各人の見積もりを査定する。チュンリーとマオは小雪さんから将来性を高く買われ、小雪さん曰く、二人にはたゆまない援助を贈ることもやぶさかではない。一方で俺やルドルの査定額は「聖人ということで」と、妙な差別化を図られた。聖人ハブだ。


 そして時には――

「ルドルお姉さんの、今日の気分。かき氷が食べたいんです」

 ルドルがマオにかき氷を注文した時だった。


 小雪さんもその話しにそそられたようで「ふむ、頼めるかマオ」と言い、小雪さんから援助を受けているマオは渋々とその話しを了承するのだった。俺もその波に乗ろうと「あ、じゃあ俺も」と、その日のタイミングの良さに若干浮かれていた。


 その時の記憶は今でも鮮明に覚えている。天候にも恵まれて、船速も軽やかで甲板に居た俺達に海風の祝福もあったことで、世界の最果てはもう目前だと俺は己惚うぬぼれていた。

 

「ふあ~、いい風だ……なぁエース、世界の最果てに着いたら、ふああ~」


 ルドルが発言を途中で切り上げて、意味深長にしていれば小雪さんは甲板のリクライニングシートに寝そべって、一時の休息を取っていた。適温の気候の中、微睡まどろんでいればマオが「はい、お待たせ」と、赤、青、黄、三色のかき氷を持って来た。


「マオちゃん、この内のどれかはウンポコって落ちはないよねぇーえ?」

「下品だぞルドル」

「――三色の、ウンコじゃと?」

 ウェンディに謎の集中線が入る。

 今にして思えばこの時のウェンディの様子は変だった。

 その日、俺達の船が一向に世界の最果てに辿り着けない理由が判明した。


「んねぇねぇ、さっきから……同じ所を回ってるだけのような気がするな」

 俺達はルドルの指摘で発覚したその事件を『ぐーるぐる事変』と呼び、三六〇度大海原での方向感覚の錯覚さっかくの恐怖をとくと味わった。


 そして時には――

「……ム、ウンコの、気配が、する。ウンコの気配じゃ野郎共!」

 あの事件がったにも関わらず、俺達はウェンディに舵を任せっきりにしていた。

 それは聖地朧町を出立して七年目の時だった。


「ウンコの気配じゃあ言うとろうが!」

「何だよ、そのウンコの気配――」

 って、と言おうとした時、船体が大きく震動した。

「ふにゃああああああ!」

「な――!?」

 船内に居たみんなは震動によって体勢を崩す。


 すると、

「動くなお前らッッッ!!」

 その日、ジギルとレオのタッグが俺達を強襲して来たのだ。

「ね、姉ちゃんじゃないか」

 ルドルの一声で、怒声を荒げ乱入して来た人物が俺の姉であることが判明する。

「……誰だお前?」


 しかし向こうは知らない様子、俺も彼女を知らない様子、ルドルだけが知ってる様子。

「メノウの娘だよ私は。んで、こっちのイカした男が巴ちゃんの息子。イカスでしょ? 私のカッコよくて、自慢デキル、ふああ~」


「ふーん……平気でしたか小雪様」

 彼女は初対面の妹弟よりも、小雪さんの身を案じていた。

「え、えぇ。一体、何の用事でしょうか?」

「鳳凰座は貴方の身柄を確保したいようです。私共は小雪様を迎えに上がりました」

「あぁそれなら、結構です。私は家に帰るつもりはありませんから」

 瞬間にして、小雪さんはジギルを煙たそうにしていた。


「その様な訳にも参りません」

「――待ってくれ。俺はこの船の責任者だ、そして俺はみんなの代表だ」

 あの時の俺は話しがこじれそうな雰囲気に、仲裁役を買って出たもんだ。船体を膂力りょりょくで強引にき止めているレオの裏で、ジギルが隠密に小雪さんを救出する電撃作戦だった。


 二人のお目当ては小雪さんに懸けられている懸賞金だった。

 だから小雪さんは二人をお金で雇い入れた。

 そして彼女は二人を家との緩衝材クッションとして船に置いておく形でその場は落ち着いた。


『ふんむ、うむす、で?』

 俺は母さんに電話を入れて、二十年の経過報告を兼ねてラブコール。

 俺は自他共に認めるマザコンだったらしい。


『ふんむ、うーむす、んで? オマイラはいつになったら辿り着くんだよ。それとも……エースは現状無理してるのか? 自分でも、無謀な冒険をしていると思い、それで』

 受話器越しにさとして来る母さんに、俺は郷愁きょうしゅうの念を一切出さなかった。


 聖地朧町、彼の地は父が愛し、母が愛し、ジギルが愛し、皆が愛している。

 だが俺は――……今さら帰ることも出来る訳がない。


「いや、俺は」

 そこで言葉に詰まってしまう。

 

 俺は好きで旅している、と言えば無責任の程が伝わって、母さんから愛想あいそ尽かされる。それが怖かった。だから俺は無心でこう口にする「俺が聖地に帰る時は、――」そう言うと、母さんは電話を切った。



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