第22話 彼女は今幸せそうではなく

 その後ミヤビと別れ、船に帰り、ラウンジで談話しているルドルと小雪さんに今日の件を説明した。


「ふーん」

「事実無根ではないですか、海賊王など名ばかりで」

「まぁまぁ小雪、エースもその内の一人なんだから」

 かく言う俺も普段は海賊王エースと名乗っている。

 世間に聖人と知られるとちょっと面倒なことになるから。


「この島で買い物でも楽しもうかと思ってたけど、はぁぁ、期待外れもいいところ」

 ルドルがこの嘆息を吐いた時点で、海賊島の雲行きが怪しいと察せる。

「居並ぶ商品全て盗品でしたよ」

 その事実を受けて、小雪さんは失望の色を隠さなかった。

 賊は奪うか盗むかしかしない。

 合理主義の非合理的な横行が彼ら、海賊達の性分だ。


「はぁ、ルドルお姉さんもつい嫌気が差す。私達もその喫茶店なら今日行ったよ……なぁエース、その店主の彼女と何かやましいことしてこなかった?」


「彼女はこう言ってくれた。一目見た瞬間からファンになったと、彼女曰く、俺は間違いなく海賊王になれる器だそうだ」

「あの娘は鑑識眼かんしきがんに優れていたか」


 あれから二十年後、小雪さんはまた鳳凰座の歯車としてこの船から部下に指示を出す形で働いている。だけど以前と違うのは、小雪さんは鳳凰座に依存するのを止めたということだ。休日だって週に一日二日は取っている。


 では、その他のみんなはどうしているのかと言えば。


 チュンリーはあれから二十年、ずっと勉強に勤しむようになった。毎日のように読書に耽溺たんできしている。そしたら当然のように視力が低下して、今では近視用の眼鏡を掛けている。

 マオは家事を全般的に引き受けるようになった。今では料理のレパートリーが何万品目もあるらしい。マオは何気に俺のラッキースケベの被害によくっている。とどまることを知らない俺の僥倖ぎょうこうであった。


 他にも、新参のジギルとレオを加え、甲板では聖地の街並みを歌詞に取り入れた『おぼろブルース』が流れている。そのバックミュージックを聴きながらトランプするのが専らだ。

 今日も橙色の船内灯が切ったトランプの図柄を淡く示していた。


『ウンコに告ぐ、ウンコに告ぐ』

 海賊島に夜が訪れ、トランプですら負け越している俺が勝機を見出した時だった。

『おうウンコ、お前にお客じゃ』

「……客?」

 その夜、海賊王マクダウェルの恋人が俺を尋ねにやって来た。


 彼女がタラップを上がって来るのを俯瞰して、俺は頭を垂れ出迎えた。

「立派な船だな、これはあいつらが騒ぐのも無理はない」

 海賊に襲撃された時は、船体に傷が付くのではと焦っていた。

 だが何事も無く過ぎ去ってくれて良かったと今は胸を撫で下ろしている。


「この船は俺達に取って大事だから……この船は俺達に夢を乗せているんだ」

「お前死んだな」

 それが例え純真無垢で非力な少女であろうと――お前死んだな、と言われればあれこれと思考が混乱してしまう。ミセスのかんさわる汚点が今の俺の応対にあっただろうか?


「どうしてだ?」

「この海賊島のジンクスでな、夢を語った奴は近いうちに必ず死ぬ」

 彼女は海賊王マクダウェルのに服しているのか、全身黒装束で、彼女の声音から雰囲気に至る印象の全てに覇気が籠ってなかった。彼女の腹部からは形が整ったほぞが覗けている。


「一概に馬鹿に出来ないからな」

 何しろ、俺達の目的がおとぎ話を掴むような内容だったから。

 俺は海賊島のジンクスとやらを疑い軽んじ、蔑視べっししたりしない。

「あの人を殺した犯人を見つけてどうしようって言うんだ?」

「真相を彼に教えてやるさ。どうして自分が殺されたのか、理由ぐらい知りたいものだろ?」


 じゃあどうして、父は殺されたのか――俺にはその真相に迫れない。


「俺もそうだ、俺の父親も誰かに殺された」

「復讐か?」

 そう言えば、彼女には俺達が海賊島へやって来た経緯を伝え忘れていた。

 彼女は信じてくれるだろうか。

 海賊王マクダウェルは霊魂となった今でも貴方の幸福を願っている。


「……あの人の霊が、それを望んでいるのか? 馬鹿馬鹿しいな、まったく、馬鹿馬鹿しい」

「ならどうして俺がマクダウェルのことを知り得たと思う?」

「誰かがお前に情報を売った。お前らを襲った奴らの誰かがさ」

 俺を彼女の下へ案内した戦闘員は俺達のことをどう説明したんだろうか。


 ミセスが俺達を訝しがるのも無理はない。

 俺達は出逢ってまだ一日と経ってないのだから。


「私は騙された、お前がいい男だから。すっかりな」

 海賊王の願いは二つ。

 俺の目の前に居る人の幸せを願った。

 その想いを伝えただけでも俺は、ある種彼に報えたと思う。

「お前の本当の目的は何だ?」


「この類の話しは、一度疑われたらそこでもう終わりだろ」

「あぁ、そして信じるとしても今さらだ」

「ミセス、貴方は今幸せなのか?」

「返答に困る内容だ」

「何か、困ってることでもあるのか?」


 この世の摂理せつりだ、人は何かしらの悩みを抱えている。そんなの、無限に発生して行くだけで、聖人から見れば仕事が増える一方だ。聖人の職業病を知っている悪党はそこに付け込む、それが聖人詐欺だ。

 

 ミセスは虚空に漂わせていた視線を俺に戻すと。

「明日、また私の所へ。その時話そう」

 彼女は明日も落ち合う約束を切り出すのだった。

 この海賊島の人間も、聖人と見たらどんな行動に出るか。

 言い得て聖人詐欺をしてくるのが妥当だろう。


「イエスなのかノーなのか、返事ぐらいしろよ」

「また、明日」

 そう言われると確かにそうだった。


 ミセス、彼女は今幸せそうな表情ではなかった。

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