第19話 そして真相は闇に葬られる

 意識が現世に戻れば、母である壬生巴が泣いていた。

 彼女は今、深い悲しみの最中に居る。

 父が死んでしまったからだ。


 俺は、懐疑的かいぎてきなあの『世界の終末』の様な光景に取り残され、身震いしていた。

「ウンコじゃ、ウンコじゃ」

 俺は何となく、ウェンディの下へ足を運んでいた。

「なぁ、ウェンディの目から見て、今回の件はどう思う?」

「これが稀人まれびとの手口です。稀人は人を使って遊ぶものなのです」


「娘であるお前すらも使って遊ぶのが、稀人の習性なのか?」

「その能力を持つがゆえに、私達は常に退屈としてしまう生き物ですから」

 ウェンディの造る砂の城は、まるで彼女自身の牢獄ろうごくを表しているようだ。

 きっとその塔の中にでも、彼女が幽閉ゆうへいされているのだろう。

「お前の解釈はウンコじゃ、ウンコじゃ、ウンコじゃ」


 俺は、この孤島に居る五人の彼女達を、少しは愛している。

 その彼女達が父を殺した最大の容疑者だと言うのだから……たまらなかった。


 意識が現世に戻った時、この島に居るメンバーの中に新しい顔ぶれが居た時点で、俺は状況をいぶかしがっていた。何よりもずっと会いたかった母さんが居て、酷く泣いている。

 何かったのかと尋ねれば、切羽詰せっぱつまった声音で父が殺されたと告げられた。


 俺は次いで「誰が?」と訊けば、母さんはわからないと答えた。

 その後父の遺体と対面して、余りにも酷な姿になった彼を、初めて哀れに思った。

 俺達は母さんの涙が渇くまで、この孤島で安静にしていた。


 俺は覚悟を決め、誰が彼を殺したのかみんなに問い詰めた。

 だがそれでも、犯人は特定できなかった。

 問題はもう一つあった――


                ☠ ✗ ☠


「偉いことになってもうたね」

 沖田教の教主、風祭かざまつり門松かどまつ。彼女は父、壬生沖田を殺す動機が最も深かった。

 独りで館の裏手にある巨樹を瞥見べっけんしていた時、その彼女から声を掛けられた。

「どうせ貴方がったんだろ?」

「へぇ、ほざくなや。僕やない……だって僕、沖田くんのことを愛しておったからね」

 彼女が父をここへ拉致して来たんだ。

 それ以前に彼女には様々な嫌疑けんぎが掛けられている。


 このまま逃しはしない。

「僕が、最後沖田くんと口付けを交わした。僕が、最後沖田くんと契った。どうやら僕は最後の賭けに勝ったようでね。ここにな、沖田くんの子種があるんよ」

 こんな時まであの人は性に倒錯とうさくするのか、そこには失望する。

 その後、風祭門松は煙のように消え去っていた。


 一体誰が彼を殺したんだ、俺の直感だと――門松ではない。

 夜になると、館は彼の喪中に包まれるようにまた、静かなものだった。

 父もそうして来たように、俺も自室で独り瞑想し、彼のため祈っていれば。

「貴方はもう自由にしてください」

「父を殺し、俺をこの島に縛り付けているのはお前だろ?」

 ――ブラッディー。

 目的を果たした彼女は俺に拙い別れを言い残しに訪れる。


「極当たり前のことです。人が死ぬということは」

「遅れてる考え方だ、今時の死生観しせいかんとは違う」

「ならばこれからはそうである様にしましょう」

 俺はもしかしたら、この世で一番多く人を殺してしまった聖人なのかも知れない。

 それは稀人とのほんの言葉遊びにしか過ぎなかった。


「何者かに殺された壬生沖田、貴方であれば彼を助けるのでしょう」

「……」

 それが――彼女のためだから。


「この世の最果てに彼を甦らせるただ一つの方法を残しておきました」

「本当だな?」

「時が来れば、仲間と共に目指してみてはいかがでしょう」

「全て俺のためだったと?」

 だがそれは俺の侮りにしか過ぎない、彼女の行動理念は全て。


「いいえ、煉のためです」

 この孤島で彼女と共に迎えた最初の晩、確かあの時もそのように言っていた。

 そしてブラッディーもまた姿を消す。


                ☠ ✗ ☠


「ウンコじゃ、ウンコじゃ」

 ウェンディに今回の件を問い質せば何かが分かると思ったのか? 彼女はこれが稀人の手口だと、稀人の性分を口にするだけで、答えではなかった。何もかも見透かされて、先を見越されている。

 そんな超常の能力を持った稀人に、俺は興味を抱いた。


「なぁウェンディ、稀人の現在人口は?」

「そんなに多くないはずです」

「……父さんを助ける方法が、この世の果てにあるらしい」

「行くのですか?」


 母さんにはもうすでに伝えた。

 俺の夢は世界を一周すること。

 前人未到のこの世の最果てへ、一番に辿り着く。

 それは業界の生ける伝説、冒険王の背すら追い越して。

 今度こそ、母さんの前で口にした所信表明を貫き通す。


「絶対な」

「では私もついて行きます」

「そうしよう」

 軽い感じで俺と口約束を交わすと、ウェンディは再び砂のお城を造り始めた。

「ウンコじゃ、その世界の最果てにあるものってウンコのことじゃ」


「そうだったら俺はちょっと切れるぞ」

「お前は単細胞のウンコじゃ」

 もしかしたらブラッディーの詭弁きべんだったかも知れない。

 だが俺にその話しを持ち掛けたことには、必ず意味がある筈だ。

「包茎によくあるウンコ思想じゃ」


「ルドルお姉さんの、セクシークエッション。これに答えられたら後でルドルから嬉しいご褒美があります……んん、エースの本命は?」

「さてと、問題はいつ旅立つかだな」

「旅立つ? どこへ?」

 後はこの話しをみんなに持ち掛けるだけだ。


 浜辺に居たウェンディやルドルも一旦洋館に集め、俺から彼女達に説明した。

「では、やはり行くしかないのですね」

「小雪さんには帰る家がありますよ、ですから……」

 けど、そうじゃないよな。彼女には俺の本心を伝えればいいんだ。

 俺は父とは違って恋愛経験が未熟だから。

「小雪さん、俺と一緒に行きましょう――世界の最果てへ」


 小雪さんはその時も微笑んでくれた、今後こそは自嘲や自虐的な意味じゃない。

「私もついて行ってもいいですか?」

勿論もちろんだ、チュンリーやマオも一緒に行こう」

 チュンリーは自ら賛同してくれた、だけどマオは難色を示している。

「……んぁ~、分かった。私も行くよ」

 不安や杞憂きゆうを心の中に止め、マオには一言お礼を告げておいた。


「よーしエース、お前はやれば出来る子」

 母の教育論は褒めちぎって伸ばすことだ。

「そう言えばあんた知ってた? ここって煉の最期の地なんだよ」

「そうなのか」


 今まで歴史の謎に包まれていた英雄の死地を、マオが教えてくれた。

 英雄の最期は誰も知らない。

 するとどうだ、その日から空白だったこの館の表札には『荒儀』と刻まれていた。


 ――そして出立の日。俺と母は二度目の別れを惜しんでいた。

「うぅ~む、お前ちょっと見ない間に大きくなったな」

「計ってないから何とも言えないけど」

「んにゃんにゃ、背丈のことじゃない、男としての器量のことを言うとる」


「……母さん、またしばらく会えなくなるな」

 だが今度は今生の別れなんて決して思ったりしない。

「絶対、夢を果たす。世界の果てに行って……あの人を生き返らせてくるよ」

「うんうん、頼んだぞエース。やっぱ大きくなったな」

 誰からか自分の成長を認められると、それが身内贔屓びいきでも嬉しかったりする。


 父はその点、俺のことを認めてなかっただろう。

 そんな彼のために俺は苦労を背負い込まなければならない、聖人詐欺だ。

 俺達は門松が使用していた船を鹵獲ろかくして、聖地の港から多様な人達に見送られた。


 大体は英雄、荒儀煉と交友を持っていた人達だ。

「にゃーにゃー、ルドルお姉さん行ってきます、必ず、必ずにゃー」

 ルドルは見送りに来た母親のメノウさんを一切見ようとはしなかった。


 こうして、俺達は父、壬生沖田のため、今は世界の最果てを目指している。

 まぁこの世は果てしなく広いから、当分辿り着くことはないだろう。

 俺の仲間はルドル、小雪さん、マオ、チュンリー、そしてウェンディだ。

 いつかは父や英雄よりも仲間を増やしたいものだ。


 次第に、辺りは闇夜に包まれて、近海にはこの船の残響だけが存在していた。

 俺は暗がりの甲板に出て、夜の風に当たり気分を癒していた。

「父に壬生沖田みぶおきたを持ち、母に壬生巴みぶともえを持つ俺の名は――壬生エース。夢は世界を一周すること」

 船内から漏れてくる灯りを頼りに、旅の記録を音声にして残す作業をしている。


 そして俺は父が殺された当時のことを、振り返っていた――


「……エース、何か……言って」

 ルドルは俺からの言葉を待っている、俺は彼女に何事か伝えようとしていた。

 だけど、その時の俺は気持ちの整理が追いつかなくて、ただ黙していた。

「でないと、――殺したくなるだろ」


「鳳凰座は壬生沖田の身柄を確保したがっている」

 小雪さんは鳳凰座の計画の一端を話してくれた。

 潮騒の音が彼女の発言に現実味を持たせなくて、俺は軽視していたんだ。

「だから、もしもの時は貴方にお願いするかも知れません」


「壬生沖田ってさ、あんたの父親」

 マオは愚痴るように父への不満を零す。

 マオは時々虚空に向かって話しかければ、彼女の胡乱な雰囲気に拍車を掛ける。

「煉を死地へ送った張本人なんだよね」


「怖いです私」

 チュンリーは得も言われぬ罪悪感から不安に駆られていた。

 彼女の精神は船内で一番幼く、発作を起こしては俺達を不安にさせた。

「――ッ、もう、あそこは嫌ッ!」


「そもそも壬生沖田がウンコなんじゃ」

 ウェンディだけは容疑者から除外されてしまう。

 だけど、素性を考えれば、彼女が父を弄ぶように殺した可能性はある。

「もう私は何するかわからんどー」


「……以上にて、本日の記録を終える。さっきから彼女がこっちを見てるんだ」

 彼女は暗がりで海風に当たっている俺にずっと、視線を送っていたようだ。

「もう俺は彼女から目を離さない、目を離したらどんなことをするか……だけど」


 だけど、彼女も掛け替えのない、大切な仲間だから。

 ならこの真相は、俺の胸中に秘めて、闇に葬り去った方がいいのだろう。

 それほどに、俺は父を殺したあの娘のことを、愛していたのだろうか。

 だから俺はこうして、彼女を胸に抱き、許容して。


 また彼女と、寝ているのだろう――

 

 そして真相は闇に葬られる。


 

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