第17話 二〇〇〇年祭

 俺達はエースの葬式を早急に執り行ってしまった。

 俺の親戚は大体近所に住んでいる。

 遺骨はないから、あいつが残して行った将来の夢という作文を代わりにべた。


 俺は簡易的な葬式を、ずっと注視していた。

 あいつのために泣いてくれる人を探しているのだ。

 巴はずっと「南無南無南無」と目を瞑っているし。

 生憎の俺はうに涙は枯れている、だが誰も泣いてやらないのは頂けない。


 冷蔵庫から刺激物を取り出して、俺の目頭や、巴の顔に――ぶっかける。

「「つぅー」」

 涙なんて、まだ俺にも出せたんだ。

「お前何しとるー、何を、目が、目がああ」


 ……嫌な予感がする。

 エースとルドルのインターバルを鑑みれば、その予感は強烈だ。

 エースの死を機に、壬生家はこのまま崩壊して行きそうな感じだった。

 それが起こりそうな特徴的な日が間近に迫っている。

 

 ミレニアムさいの時は絶対、何かが起こる。


 だがその前に俺達は救われた。壬生エースの訃報が誤報であると判明。

 俺と巴はエースの両親として詫びねばならない。

 

 それは知人の伝手を辿って届いたある一本の動画だった。

 その動画にはエースが映っていた。

 だからエースはまだ死んでない、死んでいないはずなのだが。

 俺はこの動画を受け取る時、巴と一緒に土下寝していた。


 何でもこの動画はエースによる狂言誘拐きょうげんゆうかいの脅迫状だった。

 古びた洋館を背景に、エースが天井扇てんじょうせんにしがみ付いていた。

 その周りの下で、美少女たちがエースをはやし立てるように追い回している。


 美少女その一、ツインテールのチュンリー。

 美少女その二、ボーイシューなマオ。

 二人は天井扇にしがみ付き大きく周回するエースを追っかけている。


 美少女その三、俺とメノウさんの娘、ルドル。

 ルドルはカメラ目線で腰に手を当て歯牙を剥き、挑発的な笑みを零していた。


 美少女その四、鳳凰座の跡取り娘。

 彼女は短機関銃たんきかんじゅうをぶら下げ、武力権力を誇示こじしている。


 美少女その五、名も知らぬ白髪の少女。

 彼女は重力を無視し、逆さまの状態でエースを追い回している。


 この狂言誘拐の映像では、彼女達がエースを誘拐した犯人らしい。

 それに――、この動画が狂言誘拐と断定されたのは犯人の要求にこそあった。

 映像はぶつ切れ、場面転換に差し掛かる。

『えー、すみませんすみません、僕は捕まってしまいました、助けてくれるよねぇ……だって、あの時は助けてくれなかったんだしさぁ』


 エースの顔を見たのは彼是かれこれ五、六年前のこと。

 その時のエースは無表情で、感情の起伏に乏しかった。

 母親の巴もエースは堅物で若干意固地いこじで、難儀していると言っていた。


 それが俺が知っている壬生エースだ。エースならばこんな状況で『……――』カメラに寄って、表情豊かに、諧謔的かいぎゃくてきに笑い見る側の意識を惹きつける蠱惑的こわくてきな人間ではなかった。


『俺達の要求はただ一つ』

 俺達って言っちゃったし、お前が人質の筈だし、俺そのせいで滅茶苦茶怒られたし。お前の拘束ゆるすぎるし、お前の顔なんかムカつくし、ってかお前――エースじゃないし。

『俺達の要求は、壬生沖田の身柄! ただそれに尽きる! カモン沖田くん!』


 この動画をくれた恩人も、俺も巴も分かっている。この動画に映っているエースはかつて聖地朧町で英雄と称賛され、大勢の人を救い、そしてまた泣かせた……荒儀あらぎだ。


「ほぅ、これは沖田くんが向こうに出張るしかないね」

「カドマっ……いつの間に来てたんだよカドマっ。久しぶりだなカドマっ」

 俺は自室でこの映像に見入っていた。俺の家は普通の二階建て。俺の部屋は普通の男部屋。ベッドがあってクローゼットがあって、趣味物が割と整頓されている。漫画、アニメ、そしてエロゲ―だ。


『チョーメチョメ! チョーメチョメ! チョーメチョメ!』

 この狂言誘拐の動画はこの後ひたすら荒儀の『チョメチョメダンス』が続くらしい、解析班かいせきはんはこれにも何か裏のメッセージがあるんじゃないかと、ご苦労様にも出勤中らしい。

 本当にご苦労様、門松も来たってことは二千年ももう間近ってことだ。


「先輩ちーす」

 巴もやって来て、他にも約束していた仲間がこれから続々とやって来る手筈てはず

 あぁでも、環くんはもしかしたら無理なのかな。

 にしても……。


 まかさ、本当にまさかと俺は自己嫌悪している。

 まさかまさか、門松の絶対領域ぜったいりょういきに生唾を呑み込む日が来るとは……!


 門松は痩躯そうくで、蛇みたいな細目の『女』なのだが、世間ではこいつの悪名の高さからよく性別を誤解されやすい。俺や、今日ここに集う仲間達は有史ゆうし以前――朧町がまだ学生達の楽園でしなかった頃――から知っている。だから他と比べて畏怖いふの対象として見れなかった。


 俺達曰く、門松は三流の悪党。

「そう言えばお前結局生きてたんだなカドマっ」


 門松は俺の悪友で、腐れ縁で、こいつだったら年に一回は電話寄越したり遊びに来訪する。だがそれがここうん十年は音沙汰がなかった。ルドルが消息を絶った頃と時を同じくして。

 ミレニアムの時は全員集合して馬鹿騒ぎの一つでもやろう、と言い出したのは門松だったか? まぁミレニアムに限らず、我が家は大晦日元旦と、手打ち蕎麦が出てくる。ミレニアムだし、お節も豪華なものが出てくるんじゃないか?


「んにゃんにゃ、出来あい物を購入したが、美味うめぇーぞ先輩」

 巴が持参したお節料理を勝手に食い始めていた。

「ふぅ、沖田くんも相変わらずやなぁ、僕も久しぶりに生きた心地味わってるわ」

「つまり? カドマっ、は今までどこで何をやってたんだよ?」

 門松もベッドに腰掛けてリラックスしていた。


 俺に至ってはエロゲ―している。

 門松は巴のお節料理を手で抓み口に運んでいた。さぁ、見え……!

 門松のパンチラ見え!

「そう言えば沖田くん、君は結局将来をどう考えとるの?」

「将来? このまま自堕落じだらくに過ごして何が悪い。平和が一番だろ」

 俺が応えると、門松は立てた人差し指と首を横に振っていた。


「沖田くん、君のせいで僕がどれだけ退屈させられたと思うてるのよ。彼是六十年は殺伐とした不毛な孤島に閉じ込められたんやから。君の娘さん、ルドルちゃんにしいたげられとったんよ」

「……」

 門松がルドルの名を出し、俺に責任転換しようとしてるから、ここはスルーかな。


 椅子を回し、俺は再びパソコンに向かうと、俺の耳元に門松が口を寄せた。

「そろそろ、らしいで。ブラッディーがな、君を始末するって僕の前で言ったんよ」

 門松がそう言うから俺は「あ、あぁ……あぁ!」喘ぎ声を上げるしかなかった。

「沖田くん、僕と決着つけよう。僕を打ち負かすのは沖田くん以外相応しくない」


 と言うのが、俺と門松の仲なのだ。


 俺達は因縁めいた間柄で「あぁああ! あぁ! あ!」俺は現在門松に翻弄ほんろうされている。俺は、「ラメェエエエ!」こいつに負けてたま、カドマっ! 時には優しくされ、時には裏切られ、時にはイカされる。


 そして時計の針が零時を指すか指さないか。俺が門松にイカされるのか、っないのかと言う絶妙な時に、年越し蕎麦がやって来た。結局、門松を招いたせいで俺はまた厄介事に巻き込まれるのだが、まぁ以前から何度も遭ったことだし、今回も何とかなるだろうと高をくくっていた。


「沖田くん、もしかして眠いの?」

 あぁ……門松の問い掛けに返事出来ないほど、眠くなって来た。

「……沖田くん、寝入る前に一言だけ、ありがとう」

 そして俺は何者かに体を抱えられ、階段を下りて玄関を抜け外へ運び出された。


 その時、――――ッ!

 二千年を祝う花火が群青色の夜空に上がった。


 花火が大輪を咲かせ、大音量の爆発音が俺の鼓膜をつんざく度に明滅する意識が無理やり覚醒させられる。花火が鳴り、体が跳ねては、視界にぼんやりと光の芸術が映りこむ。


 極彩色ごくさいしきの光が、俺の網膜もうまくにこびり付いて、消えてくれやしない、だから。

 だから、花火の一発一発が煩わしくて……だけど綺麗だ。

「カドマツ……エ……ス」

 天に救いを求めるように上を仰ぎ、俺はずっと、千年に一度の絶景を傍観するだけだった。

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