第16話 千年振りの虫の知らせ

 それは千年振りの虫の知らせだった。この世は摩訶不思議まかふしぎな世界だが、事実は小説よりも奇なりと言われるし、現実とは時にオナヌーの最中でも、心臓に冷風が舞い込んでくる。

 かつて俺はこの感覚を味わったから、よく知っていた。


「先輩ちーす」

 すると巴が俺の部屋に遊びに来た。巴のアイデンティティの八重歯とポニーテールは俺が愛したあの頃のまま変わりはない。巴はうずたかく積まれたエロゲ―を退かせて居場所を確保する。


 タイミングのいい巴に、早速胸に過った凶兆を報せてやる。

「巴、俺は今しがた心がス―スー、下半身がビュククっ」

「あぁあぁ元気か? おぉおぉ元気そうだな先輩は……でさ」

 巴の顔は気色が悪く、蒼白だった。


 巴は俺同様に過った虫の知らせを伝えてきた。

 ならば一つ判明したことがある。

 今回亡くなったのは壬生エースという、俺と巴の子だ。


 エースは子の中で唯一冒険家業に飛び込んでいった。

「エース、お前はもう逝ってしまったのか……葬式せなな」

 巴はエースの葬式を打診してきた。エースは無鉄砲な子だ、自分でもデキが良くないという自負の下、危険極まりない冒険家の世界に憧れたのだ。夢だけはでかかった。


「どうなんだろうな、目指してから早二年で死ぬと判ってたら」

 その時は能天気な俺達でも、あいつを止めていたのだろうか。

 あいつが夢を達成した、その様な世紀のニュースは報じられてない。

 まぁ逆に、訃報ふほうも届いてないんだけどな、俺達は何故か殺しに掛かってる。


 だが巴は虫の知らせを感じ、俺にもそんな兆しがあった。

 経験上、こういうのは本当にそうなってしまう。

 ならもう誤報でもいいから広めるべきだ、誤報であれば逆の感動が生まれる。

 エースは英雄の生まれ変わりと話題性抜群だったし、大した一発屋だ。


「ドイヒー過ぎるだろ、故人だぞ」

「故人と特定してるお前も相当だぞ」

 

 ミレニアム祭を前にして、俺は子を失ってしまった。

 俺はまた無力感にさいなまれている。

 だがそれでも、エースの場合は仕方がないと飲み込める。

 あいつが自ら望んで進んだ道だ、その顛末てんまつさえもあいつが望んでいたことだ。

 あいつにだって、そう言う悲観があったはず、危惧きぐもあったはず。


 それすら持ち合わせていなかったと言うのなら、両親を叱ってやりたい。

「つまりお前だな巴」

「お前にだけは言われたくねぇっ」

 あいつぐらいなものだ、両親が不仲な家庭は。

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