第14話 憧憬との邂逅

 ――それから。

 俺達はこの絶海の孤島で黄昏たそがれを傍観して幾日いくにちを過ごした。


 ルドルは赤ワインを愛し、毎日の様に酔狂すいきょうすれば時折周囲の人間にちょっかいを掛けて嘲弄ちょうろうの餌食としている。


 小雪さんは特に俺と愛を育む訳でもなく、苦手意識を克服こくふくしようと島に訪れた幸運のペリカン、ドロップくんとたわむれるのが悦に入ったようだ。チュンリーがその光景に嫉妬したりしている。


 チュンリーとマオは引き続き、天候に恵まれれば俺の青空教室に付き合い知力を向上させている。チュンリーは誠心誠意、望むのだがマオは無気力で、それでも問題に正解する。

 どうやらマオにはそれなりの教養が身に付いている。


 そんなある日のことだった。


 ウェンディがずっと取り組んでいた砂のお城が、ある一定の建築物であるのに気が付いた。

「ウェンディ、そのお城って名前あるのか?」

「忘れてもうた、だから知らん。だがこいつは私の故郷こきょうの城じゃ」

 細部は常に変化しているが、本城だけはいつも同じだ。

 たまに凝り出す日があると、城下町まで造っている。


「お前の、稀人まれびとの故郷って?」

「覚えておけウンコ、私達は稀人なんて名称じゃない。それは聖人どもが勝手に言いまわっておるだけじゃ。だがの、そこらへんの真相を、全て彼女が闇に葬ってしまった」

 真紅色のヒューマンカラーが特徴的な英雄のめかけ、ブラッディー。

 彼女はあの夢以来見掛けていない。


「……」

 大抵、ブラッディーを語る時のウェンディは視野を狭める。

 それは子供がねている様相だ。

「のうウンコ、私には夢がある。私はいつか故郷に帰りたいんじゃ」

「帰れるさ」


 無責任だったかも知れない、それが表れるように即答してしまった。

 でも俺は、いつか彼女の故郷を訪れるつもりでいる。

 その時一緒に帰ればいいだけの話しさ。

 願わくば、その故郷が俺達の旅路の上にあればいいのだが。


 その日はウェンディと本音で語れたし、ある人と出逢えたので幸せな一日だった。


 おかしい、と思ったのは数瞬。どうした?

 痛いと思ったのは後頭部――――――――!!

「……事故だよ、万に一つの可能性の航空事故だよ。エェェスゥゥ~」

 ルドルの俺の身を案じる声が、重くて堅い障害物によってくぐもっていた。


 俺を押し潰していた何かから地を這いずって脱出する。

 聖人であればこそ可能だ。

 聖人であればこそ可能だ。

 注、大事なことだから二度言ったが、良い子のみんなは真似しないでねである。

 

 脱出後、外部からその物体を目視すれば、機体に撃墜マークが刻まれているプロペラ機だった。撃墜王げきついおう気取りかよ、文句の一つでも言ってやる。威勢いせいとしてはそのつもりだった、――しかし、プロペラ機から降りて来たのは痩躯そうくの男性と見事な白黒模様のパンダ。

 俺は彼じゃなく、その二足歩行のパンダを見て衝撃が走った。


「まさか、四月朔日わたぬきたまきさんですか? そっちは相棒のリンリン」

「や、ははは、ご、ごめんね?」


 彼の異名は冒険王。俺達、冒険家業の第一人者にして生きる伝説。彼の肖像は余り残されてないものの、彼がパンダのリンリンを相棒にしていることは有名だった。冒険王は照れ笑いしながら喜作に話し掛けて来た。

 彼と邂逅かいこう出来たことは人生一番の僥倖ぎょうこうだ、彼は俺の夢の体現者なのだから。


「ひょっとしなくてもオメエ、沖田のせがれか?」

 リンリン、彼女は独特のなまりがあって、パンダなのに喋る。パンダなのに二足歩行で生活する。一見パンダなのにパンダではない。彼女の学名は『パンダモドキ』、パンダではない。

 だが面倒だから聖地でも彼女のことはパンダと認識されている。


「えぇ。貴方達にお会いできて光栄です。俺の名は壬生エース……ずっと冒険王に憧れ、同じ道に入り、貴方の背中を追い続けていました」

「や、嬉しいな、そんなこと言ってもらえるの……思い返しても初めてだよ」


 彼の柔和な人柄に、聖地の人々は様々な感想を寄越す。軟弱な奴だとか、聖人詐欺のいいカモだなとか。俺からしてみれば、彼は聖人の見本となるような人だと言うのに。


「誇ってもえぇ」

 環さんはなまじ人間で、聖人の訓練を受けてないから飛行機を使う。

 だが彼の相棒のリンリンは最強のパンダと言う触れ込みだ。

「俺の母は壬生みぶともえですよ環さん」


 俺が彼にそれを伝えると、バツの悪そうな顔をしていた。

 母に聞いた話しだと、彼はその昔母と関係を持っていた仲らしいから。

「っー、よりにもよって巴さんのお子さんだったか」

「一時巷で噂になったでねぇか、英雄の生まれ変わりだって」


 環さんは伏し目になって、狐のように細い目をちらちらと俺に向けてくる。ナチュラルな無造作ヘアーで、痩躯で、母曰く、都会の狐。相棒は野戦馴れした最強のパンダ。


「う~ん、君はこんな所で何してるの?」

 彼にそう訊かれ、俺は孤島にやって来た経緯と現状を説明した。環さんであればこの状況を打開するのも可能、と言うのは決して過言ではない。冒険王として語り継がれ、書籍化までされた彼の数々の冒険は困難の連続なのだから。


「う~ん、俺そろそろ聖地に戻らないといけなくてさ、でもエンジントラブルでね」

「簡易的な修理だったら俺出来ますよ」

 そう言って、環さんの愛機の内部を見せて貰った。傍らでは最強のパンダ、リンリンに身構えている「アチョ~!」ルドルと、「食べられる前に食うしか」騙されたチュンリーが居た。

 二人は執拗にリンリンにスキンシップを図っている。


「俺も簡易的な修理ぐらいだったら出来るんだけどね~」

 俺は憧れの人の隣に立ち、よくよく環さんを観察していた。内心(ヤベェ、ヤ、ヤベェ)憧れの人と会話している余り気が動転(ヤベェェェェ)動転に次ぐ動転を起こしている。

 すると――


「任せてよ、ルドルの家訓なんだけどね? 斜め四十五度を、ペロペロするのぉ~」

 ルドルの唾液だえきがマシンの繊細な部分に掛かり、そして。

「マッズーいぃッッッ!!」

 咆哮ほうこうした瞬間、八つ当たりで飛行機に衝撃を加え物理的に大破させやがった。

 環さんはそんな蛮行ばんこう愚行ぐこうを犯したルドルを責めることもなく、消沈していた。

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