第9話 彼女達の諦観

 ウェンディを連れて戻ればマオが昼食を用意して待っていた。

 昨日に引き続き、大口一杯分の食料を出され、俺は空腹を手で癒す。

「なぁ、食料に困ってるんだったら、釣りでもして獲って来ればいいんじゃないか? 俺さっき沖合で巨大な魚を見たからさ、あいつを獲れば」


 するとチュンリーが「無駄です、無理でした」と釣果ちょうか報告を俺の耳に入れる。

 彼女達であれば、そのぐらいやってるか。

 でもチュンリーの目は口振りとは逆に「でも、釣りがしたいっす」と言っている。


「お前の分、みんなの量が減ってるの」

 とマオは言う。栄養失調の恐れはあるが、現状に耐えられるのなら問題ない。

「止めなぇやめなぇ、白なんて」

「こっちにしときましょう」

 赤ワイン党、党首ルドルと、白ワイン党、党首小雪さんの派閥はばつがある。


 後はマオがチュンリーのためにワインをフランベしてつくった葡萄ぶどうジュース。

 チュンリーがコクコクと喉を鳴らして飲んでいる。


 この間、俺は下戸だと知ったので、ワインには口を付けずにいた……それで心に湧き上がって来る情動は俺のなけなしのプライドと言った所か、俺はしきりに「俺だったら」こう念じている。


「俺だったら、今外に居るヌシを獲ることが出来る……と思う」

「やめねぇやめねぇ、彼の命が尽きたら最後、海が荒れるでのぉ~」


「そんなの迷信だ。ただ一言で突き返せないほど俺も騙されている。この世界は迷信めいている、そうは思わないか?」

 ルドルの反論には即答して、視線は最近気になり始めたマオに向かっていた。

「めいしん、って何ですか?」

 チュンリーは健気な瞳でそう訊いて来る。


 迷信という言葉に聞き馴染みがないほど、彼女は言葉を知らないのか。

「チュンリー、しばらく俺と一緒に勉強しないか?」

 チュンリーとマオ、彼女達の今後が心配だ。

 二人がこのまま帰郷しても救われないだろう。

 なれば、やはり俺と共に世界の果てを目指そう。


「聞いて欲しい、やっぱみんな俺と一緒に世界の果てを目指さないか」

 この世界の最果てに何があるのか、この目で確かめてみたい。その時共感し合える仲間が必要だ。その時、俺を支えてくれる恋人が居れば――最高だ。彼女達はそれぞれに返答を保留にし、小雪さんが言葉を続ける。


「私はそうしても構わないかも知れませんね……エースくん、つかぬ事を訊いてもいいかしら?」

「えぇ、何でも聞いてくださいよ」

鳳凰座ほうおうざは今でも私のこと、捜索してるの?」


 小雪さんは鳳凰座の大事な跡取り娘だ。彼女もその役目を甘んじて受け入れる姿勢だった。その鳳凰座が、七十年も行方をくらましていた小雪さんのことを今でも待望しているのか、それが問題だ。

「いえ、俺はここに来てから小雪さんのことを初めて知ったぐらいなんです。生憎」

 そう返答すると、小雪さんは微笑んだ。


「ありがとう、私的にも踏ん切りがついた気がします」

 俺は諦めてしまった人間を目にしたくなかった。

 ルドルは最早人生を諦めている。小雪さんもたった今諦めた。

 他三人も人生を放棄している、そんな素振りだ。

「私達、これでもエースくんには期待してるんです」

「そうそう、やっと廻って来た大チャ~ンス。女だけのこの島で男は貴重だからね」


 小雪さんは諧謔的かいぎゃくてきに微笑み、ルドルは蠱惑的こわくてきな視線を俺に送って来る。

 彼女達は俺が来るずっと以前から諦めがついていたらしい。

 それでも彼女達は五人で寄り添って生きて来た、最低でも七十年は。

 そんな彼女達がいつしか望むようになったのは、恋心だった。


 それがせめてもの希望で、せめてもの生き甲斐で、後はその恋に身を委ねてしまいたい。

 永きに亘って救助がやって来るのを待ち侘び、いつかはやって来る。

 そして出来れば、その人を愛せれば最高だって談笑だんしょうしながら待ち望む。

 彼女達はその恋心すらも――諦めていた。

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