第7話 ただ目合うために

 それでは本題に入ろう。

 この際、彼女達も道連れにして世界の果てを目指す旅に出ようと言う提案だ。

 それぞれにシャワーを浴び、居間に集った女性陣の体は香り立っていた。

「提案がある、このままみんなも俺と世界の最果てを目指す旅に行かないか」


「どうやって?」「えぇ、どうやって?」

 マオが若干怒気をはらませ、小雪さんが再度言及する。

「それは駄目だよ、ルドルお姉さんは反対かな~」

「何故だ?」

 俺の提案にみんな難色を示していた。

 マオ、小雪さん、ルドル、三人の言い分は何だ。


「この中に、殺人者がいるから。だよ~」

 ――チリリン。

 ルドルの発言にチュンリーが過敏に反応をしたようだ。

 小雪さんの証言もあったが、確かにこの島に集った皆は訳ありなのだろう。

「聖人として放っておけない事件だよね、事件。ま、ルドルは鬼じゃないし、もうどーでもいいし、人生自棄っぱちだしね」


 沖田教の傾向をルドルが体現している。

 沖田教の大半が、人生において挫折ざせつを味わった人間だ。

 表向きにも沖田教の麻薬取引や、人身売買などが取り沙汰されている。

 だから沖田教の一部の人間は指名手配されていた。

「今、沖田教の教主が聖地に里帰りしてるんだよ」

「その話しは本当かルドル」


 沖田教の教主『風祭かざまつり門松かどまつ』はたぶん、聖地のブラックリストの最優先事項に載っている。何故ならば沖田教はかつて、聖地奪還だっかんを掲げ侵攻してきた歴史があるからだ。ルドルの情報は聖地にとって最重要機密に当たる。


 当然のごとく、聖人の一員である俺はその情報を聖地に伝えねばならない。

「放っておけって、門松は父さん達と旧知の間柄だし、そのために帰ったんだよ」

 携帯をいじってると、ルドルが止め立てた。

 彼女の言葉に促された訳ではないが、携帯はポケットに戻す。

 どうやらここでは繋がらないらしい。


「そろそろいい転機よね。貴方がここへやって来たことは吉兆だと思いますから」

 小雪さんは俺の来訪を吉兆と捉え、俺の瞳を覗き込んでいた。

 俺は意志力の強い彼女の視線に萎縮してしまう。

「……だって、そろそろミレニアムなんでしょ?」

 俺達が出逢い、遭難している時期としては二千年を目前としている最中だった。


                ☠ ✗ ☠


 その晩、二階建ての洋館の一角に仮住まいしている俺は「眠い、もう寝るな」と皆に伝えクラシックな階段を上り、自室へと戻った。下の居間からはルドルの独壇場と言わんばかりの歓談かんだんが聴こえてくる。ルドルは図体もでかいし声も大きい、胸も、立派だしな。

 自室でしばらく空虚くうきょな時間を過ごしていた。

 早めに切り上げたのは二日酔いの今、酒盛りに付き合うのが億劫おっくうだったからだ。

「誰か居るのか……?」


 それで俺は自分にまとわりついていた妙な視線に気が付いた。

 この島は大変胡乱うろんだし、もしかしたら居るんだろうな――幽霊、と言う奴が。

 英雄の幽霊だったりしてな。


 ――ギィ、と、部屋の扉がいびつな音を立てて開かれた。

「今晩は」

 扉の前に立っていたのは真紅のドレスを身に纏ったブラッディーだった。

 彼女はドレスの裾をたくし上げ、淑女に倣ったお辞儀をしている。


 彼女が頭を上げ、俺が今日は何用でここに来たのか尋ねようとすれば、先に開口したのは彼女だった。


「私の最終目的は壬生沖田の抹殺です。そのためにあの戦争を起こしたようなものです」

「…………」俺は口をつぐみ、彼女の発言をみ込むに、呑み込めなかった。信じようとしても、あんなくだらない人のために大勢の人が亡くなったなんて、信じたくなかった。


「どういう意味だ? 俺は彼の息子として、そんな価値があるとは思えない」

「遊びです。私にとっては児戯じぎにしか過ぎません、私にとっては――煉にちょっかいを掛けた壬生沖田に報復する一心です」

 ――今度は貴方を使って。


「教えて欲しいことがある、俺が幼い頃からずっと疑問だったことだ」

 英雄に人相が酷似こくじしている俺は、幼少の頃から期待を寄せられていた。

 そこまで言葉にするほど感じていなかったが、彼は俺のコンプレックスだ。

 俺の成績が芳しくないことで周囲は俺に失望していたのだろう。

「だから、俺は本当に英雄が輪廻転生した存在なのか知りたい」


「……――」

 彼女は不意にドレスの裾をひるがえした。

 そして局部を見せ付ける様に後ろ向きになって前傾している。

「話しを聞いてなかったのか?」

 それとも、稀人は話しが通じない所が共通して言えるのか。


 彼女はそれでも体勢を崩さなかった。

 彼女が俺にこうやって媚びていることこそが、その証明ではないのだろうか。

 俺は在りし日の彼の生まれ変わりで。


 彼女とただ目合まぐあうために、――生きてきた。

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