第4話 二人の稀人

 ルドルに小雪さん、マオさんにチュンリーさん、四人は無碍な時間を思い思いに過ごしているが、ろくに物もないこの孤島では退屈ばかりが彼女達の心中を占めている様だ。

 ここにやって来てまだ一日も経ってない俺だとてそうだった。

 だからか、現状の俺にはこの館において居場所すらない。

 

 とりあえず、壁にもたれ掛かり、居間にいる四人の動向を観察している。


「もう夜だねぇ、ご飯の時間だねぇ、だねぇ」

 ルドルに言われ気付けば、この名も無き絶海の孤島は闇夜に包まれていた。

「あんたの分はないからねルドル」

「なじぇっ」


 ルドルに飯抜きの罰則を言い渡したのはボーイッシュな彼女のマオさんだった。

 どうやらここでは彼女が炊事を担当しているらしい。

「なぁエース、ちょっとウェンディ呼んで来てよ」

「俺が?」

「そうお前が、何せお前はまだウェンディと顔を合わせてないだろ?」

「……本当に俺が?」


 ルドルの勝手な命令で、俺はこれから稀人という脅威と相対しなくちゃならない。

 稀人は特に聖人を歯牙に掛ける傾向にあるって習ってたんだぞこちとら。


 だから聖人っていうのは恵まれたものではない。


 洋館から闇夜の外に出れば、意外と周囲の景色を目で捉えることが出来た。

 その理由は空に浮かぶ月の明かりが、この孤島を照らしてくれるからだ。

「――……ウンコじゃ」

 ウェンディという稀人を呼びに、夜天やてんの砂浜へと足を運んだ。粒子が肌理細きめこまかい砂浜を踏みしめた感触は柔らかく穏やかで、潮と深緑の入り混じった匂いが洋館で交錯した彼女達の馥郁ふくいくを記憶から失くして行く。


「ウンコじゃ、ウンコじゃ」

 そこでは白いワンピースの水着を着た矮躯わいくの少女が……居るのだが。

「ウンコじゃ」

 彼女はしきりに、こう呟きながら、精密な砂のお城を造っていた。


「おうウンコ、何か用か、おう」

「初めましてウェンディ、俺の名前は壬生エース」

 綺麗な白い長髪を携えた彼女。彼女の汚い口語体と清楚とした外見の組み合わせが珍妙に思えた。彼女は確かに――稀人なのだろう。教官から仄聞そくぶんした稀人の特徴「稀人は変人、奇人、悪人の三拍子」と合致する。


「然様で御座いますか……それで、一体何の用じゃワレェ」

「夕ご飯の時間らしいぞ」

「そうですか、それはわざわざご苦労様です。今の作業に一段落ついたら向かいますから、おうウンコ、今のを寸分違わず復唱してみぃや」

 彼女はしわ一つない恭しさから、皺を寄せ集めた悪態へと転換する。


 態度をころころと変えやがって。伝えるべきことも伝えたし、館に帰ってウェンディの人となりを聞き込みしてみるか? それともう一つ、星の位置から判明した情報を皆に伝えてやるべきか……それにしても、この世界の夜空は煌々こうこうとして、綺麗だ。


                ☠ ✗ ☠


「ではでは、頂きますごっちそー様! はぁ」

 ルドルは食事を一口で頂くと、あからさまな嘆息たんそくを吐いていた。

 今晩の食事は一口で頂けるほど少量だったのが原因なのだろう。

 それと、食卓に添えられたのは赤と白のワイン。

 つい最近、俺が飲める年齢に達したことへの配慮なのだろうか。

「エースぅ、お前今いくつ?」

 俺のささやかな独り言ひとりごとにルドルが反応し、興味深く俺の年齢を知ろうとしている。


 ルドルは耳年増が確定したところで、俺は素直に現在二十歳であることを告げた。

「年なんて、いつから数えるの止めたかな……」

 と、マオさんは言いながら頬杖を突く。彼女は一見にして凛々しく、ルドルが説明したような娼婦しょうふだったとは到底思えない。それは幼さと、脆くもろく儚いはかない印象を覚えるチュンリーさんにしてもそうだ。


 チュンリーさんは今音楽に夢中になっている。

 渇望かつぼうを満たされ、心癒されている彼女の姿の裏に息衝くいきづくのは『不安』だろう。

 心配せずとも、俺は彼女からあのプレイヤーを奪ったりなどしない。


「エース、ワインだけは一杯あるから、遠慮なく飲んでいいよ」

「ありがとうマオ、ご馳走に預かる」

 日々の食糧難しょくりょうなんあえいでいる割には、ワインだけは勧められる。

 毎日貯蔵ちょぞうされるワインセラーが地下にあるらしい。


 ルドルが頑なに赤を勧めてくれば、小雪さんが誇らしげに白を勧めてくる。

「沢山あるから、たっくさん飲んで、ちょっとほろ酔いになってルドルといいことしようよ」

 ルドルは持前のセクシャリティを俺に向け、誘惑してくる。


 この孤島に男は俺一人だけしかいない。頼りになる助け舟も俺ぐらいしか候補がいない。必然的に、蓋然的がいぜんてきに、それとも偶然的にだったか、俺と彼女達の誰かが付き合うようになってもおかしくはなかった。


 ――その日の夜、彼女が現れたのは就寝しようとベッドに横たわっていた時だ。

「今晩は、今宵こよいいかがお過ごしですか壬生エース」

 その女の名はブラッディーと言う。

 彼女は真紅を基調としたドレスのすそを両手で摘まみ、淑女しゅくじょに倣ったお辞儀をしている。

 彼女は俺をこの孤島に叩き落としたその人だった。


 千年前、聖人と亜人の熾烈しれつを極める大戦の最中、両極に対して宣戦布告を申し出た稀人こそがブラッディーで、そこから聖人と亜人の戦争は勢力図を大きく変え、聖人と亜人は手を取り合い、ブラッディーに座して挑んだ。

 結果的に、その大戦は聖地の英雄の犠牲を伴いともない、終戦へと向かう。


 稀人の中でも彼女は悪名高く、二つ名は『平和への叛逆者はんぎゃくしゃ』。

 未熟な俺は、彼女に命乞いでもするしか助かる術はない。

 自身を惨めな振る舞いに陥れようとも、助かる方法は命乞いしかないのだ。

「ブラッディー、俺をここへ招き入れた理由は何だ?」

「貴方をここへ導いた理由など聞いてどうするので?」

 彼女はこの質問に答えたくないらしい。


 執拗しつように食い下がって、彼女の機嫌を損ねれば俺の首はねられジ・エンド。

 ならば、俺はこの境遇を僥倖ぎょうこうと捉えた。

 そして俺は彼女からを告げられ、不覚にも歓心かんしんを得てしまった。

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